0−2 人生は最初からやり直し
「魔法を……作る?」
「そうですよ、マイさん。この世界……ゴラニアではご本人の才覚さえあれば、新しい魔法を作ることもできるのです」
「新しい魔法……ですかぁ……?」
そこは元の場所に帰れる魔法があるから、それを使えるように頑張れ……って言ってもらえた方が、よっぽど嬉しいんですけど……。多分、金髪の女の人の様子からするに、現段階では元の世界に帰れる魔法はないっぽい気がする。だけど、このままじゃ私の魂は消滅してしまって、元の世界に帰る以前の問題らしい。だとしたら……望み薄だろうと、何だろうと、自分で魔法を作るしかないのかもね……。
「……分かりました……。だったら、私……魔法を作る方向で頑張ってみようと思います」
「おぉ! そうか、そうか。では……早速、準備に取り掛かろうぞ。と……あっ、そう言えば。自己紹介がまだだったな。妾はマナ。このゴラニアの主神であり、神界の女神ぞ。そして、こっちが……」
「名乗るのが遅くなりまして、申し訳ございません。私はシルヴィア。今からあなたが転生されようとしている、人間界の女神です。普段はこうして、マナ様のお仕事を補佐しております」
あぁ、なるほど。緑の方(マナ様)が偉そうだったのは、こっちの世界(ゴラニアと言うらしい)で一番偉い神様だったからか。それで、標準的な方(シルヴィア様)の対応が丁寧なのは……うん。多分、マナ様がちょっぴり強引なのをフォローしているからだと思う。
「それで……マイさん」
「は、はい?」
「大変、申し訳ないのですが……実は、あなたをそのままの姿で送り出すことはできないのです……」
「えっ? それって……どういうことですか?」
「転生である以上、あなたの人生は赤子……つまり、最初からやり直しとなります。それで、本来は魂に付随する記憶は全消去されるのが、通常の対応なのですが……あなたの未練は相当根深いらしく、消去できないようなのです。しかし、肉体側は滅んでしまっているため、どうしても誕生の瞬間からスタートとなります」
嘘……だよね? 今、人生は最初からやり直しって言った? しかも……肉体側は滅んでいる、ですって?
「……すみません。1つ、質問しても?」
「えぇ、どうぞ?」
「それって要するに、私は元の体には戻れないってことですよね? えぇと……それだと、元の世界に帰れても意味がないと言うか……」
元の世界に帰るのは、大前提として。私の本当の目標は帰るだけじゃなくて、KingMou様のライブに行くことなんですけど。
今時、ライブチケットは顔認証システムを導入しているんですよ? 顔が変わっていたら、ライブ会場に侵入できないんですよ? つまりは、ライブに参加できないってことでして……。
「やっぱり、絶望的じゃないですかぁぁぁ! 顔が変わってたら、折角のチケットが使えないじゃない! グスッ……! どうして……どうして、私がこんな目に遭わなければいけないの……?」
「あぁ、マイさん、泣かないで……。もちろん、あなたが何1つ悪くないのは、私達も十分理解していますよ。ですけど……こればっかりは……」
「うむ、それはお前を巻き込んだユウトを恨むしかあるまい」
「へっ? ……ユウト? あの、そいつは誰でございましょう?」
「……マナ様、それは伏せておくべきなのでは?」
私を慰めようとしてくれるシルヴィア様の横で、渋〜い顔をしながらマナ様が教えてくださるところによると……そのユウトという奴が私を「異世界転生」に巻き込んだ諸悪の根源であり、元凶らしい。そして、そいつは一足先にこの世界で異世界転生を果たし、ちゃっかりと女神様達から「魔力チート」なるものを受け取っていて……。
「ユウトの方はあまりにも嬉しそうだったものでな。妾はてっきり、マイも魔術師になる事をすんなり了承してくれるものと思っていたのだ。何でも……そなたが元々いた世界には、魔法帝なる職業があるらしいな?」
「は、はい?」
いやいやいや、そんなファンタスティックな職業、ニッポンにはございませんよ? 経済は色々と破綻しているし、政治家はちょっと無能すぎやしないかと思う時もあるけど。総じて「平和ボケ」しているニッポンでは、「チュドーン、ズババババン!」みたいな世紀末的趣向はございませんけど……。
「おや? 違ったかの? ユウトは妾の申し出に2つ返事で応じた上に、“魔法帝に俺は、なるッ!”……と息巻いておったが……」
「そうでしたね。ふふ……ユウトさんは非常にやる気と才気に溢れたお方でした。きっと、素晴らしい魔術師になってくれると、私も期待しております」
……すみません、女神様達。そこで、嬉しそうに盛り上がらないでください。多分、そのユウトさんとやらは……ちょっぴり痛々しい方だったのではないかと思います……。
そういうセリフは漫画の中で主人公達がバシッと言うから格好いいのであって、リアルで言ったらそれこそ、白い目で見られるパターンです。間違いなく、彼の心で燻る中学2年生が暴れた結果かと。そもそも……何だか、変に混ざっていますし。
……それぞれの漫画家さんに、とにかく謝れ。まずはそこからだ。
「なる、ほど……? こいつは……その厨二病患者に一発、お見舞いしてやった方が良さそうですか……?」
「およ……? マイ、どうした? そんなに怖い顔をして……」
「よし、決めた! 私……まずは、そいつをぶっ飛ばすことにします! それで、絶対に元の世界に帰ってやるんだから! だから、シルヴィア様!」
「は、はいっ!」
「私にも、その魔力チートを下さいッ! それで……魔法をバンバン使いこなせるようになって、何が何でも、元の世界に帰ってやる!」
だって、このままじゃあまりに悔しいじゃない。ユウトさんが何を思って自殺を選んだのかは、定かではないけれど。でも、私は完璧に巻き添いを喰らっただけだし。だったら、可能性があるうちは頑張ってやろうじゃないの。
「分かりました。とは言え……魔力チートとユウトさんはおっしゃっていましたが……この世界では魔力を溜め込む能力だけあっても、魔法を使えることにはなりません。その辺りは重々、ご注意を」
「へっ?」
「まぁ、簡単に言うと、だ。この世界では魔力があることが、そのまま魔法を使えることにはならんのだ。……ゴラニアの魔法は馬鹿でも使えこそすれ、本当の意味で使いこなせる代物ではない。その辺は転生してからでも、じっくりと実感できるであろうし……今からねちっこく言う必要もなかろうて。して? マイはどのエレメントを選ぶのだ? 折角だから、四大属性も好きなものを選ばせてやるぞ?」
「あの、そう言われましても。そもそも、どんな種類があるのか知らないんですけど……?」
その前に……。今、マナ様の方が妙に不穏な事を仰った気がしたけど。
魔法は馬鹿には使いこなせない……? 魔法を使いこなすには、たくさん勉強しないといけないって事なのかな……?
(学校の成績も極々平凡だったモブに、更にそんな試練は与えないで欲しいんですけど……?)
そうして、私の重すぎる不安をサラリと流すように、女神様が更なる不安要素をぶち込んでくる。マナ様によれば、ゴラニアでは魔力を持つ者は自動的に「エレメント」と呼ばれる属性も持つことになるそうな。そして、4種類の炎・水・風・地のいずれかに所属しなければならない上に、自分が持っているエレメント以外の魔法は絶対に使えない仕組みになっているらしい。
……マジですか? いや、元の世界に帰る魔法を作ろうって時に、属性が合っていないからやっぱり帰れませんでした……では、オハナシにならないんですけど。しかも、それを今選べって……いきなり、究極の選択を吹っかけ過ぎやしていませんか?
なに、この変に世知辛いファンタジー世界。ファイナル的なファンタジーは、ファイアもサンダーもブリザドも1人で使っていましたよ? 今、マナ様が言っていることは、その魔法のうちのどれかしか使えないから、我慢してね……って言っているようなもんですけど? 攻略もへったくれもないよ、それ! ボスの弱点を突けなくて、序盤で詰むタイプのクソゲーじゃないですかぁ‼︎
「そこで迷うとなると、お前は随分と謙虚な性格のようだな……。ユウトは迷わず、全部と言ってのけたが……」
「えっ? 全部っていう選択肢、あるんですか?」
「無論、ないぞ?」
「ゔ……そういう期待を持たせるような事を言うの、やめてください……。第一、初めにどれかを選べだなんて、無理ですよ……」
「でしたら、マイさん。あなたの目標から察するに……風属性がオススメですよ」
「そうなのですか?」
「えぇ。転移魔法など、移動に関する魔法は殆どが風属性の魔法です。元の世界に帰る……つまり、空間の移動を叶える魔法を構築しようとするのなら、転移魔法の概念を流用する可能性が高いかと」
「そうなのですね! だったら、うん。風属性でお願いします!」
お優しくて、気の利くシルヴィア様に導かれ。目的にも合致しているらしい風属性を選んでみるけれど。一応、どの属性にも攻撃魔法と補助魔法はそれなりに揃っているらしい。だけど、それぞれのエレメントには明らかに得意分野が設定されているとかで、私が選んだ風属性は補助系統の魔法が充実しているタイプなんだそうだ。
「えっと……因みに、ユウトさんはどれを選んだんですか?」
「格好良く活躍したいからと、攻撃魔法が豊富な炎属性を選んでいったな」
「……さいですか」
なるほど。もう1人の転生者さんは、こっちの世界を炎上させる気なんですね。ますます、ぶっ飛ばして現実を見せてやった方がよろしゅうございますね。
沸々と私がそんな事を考えている間に……女神様達の方は必要な話も済んだと、どこか安心したような顔をしている。
徐々に薄れていく視界、無情にも切り離されていく手足の体温。そうして、自分がバラバラになるような感覚に襲われて……初めて、「自分が死んだらしい」実感が湧いてくる。
あぁ、本当に私、死んだんだ……。ライブ、行けるようになるかなぁ。というか……こうなる前に実家のワンコ(柴犬)を思いっきり、モフっておくんだった……。
【登場人物紹介】
・マナ(の女神)
マイが迷い込んでしまった世界・「ゴラニア」の主神であり、かつては唯一神でもあった最強の女神。
神界の霊樹・マナツリーを母体に持つ。
唯一神であったが故に非常に傲慢な性格だったが、その性格が災いし、混沌の元凶を作ってしまった過去がある。
現在ではかつての過ちを恥じ、補佐役として女神・シルヴィアを迎えてからは、随分と落ち着いた性格になった。
下界に降りる事はあまりないが、たまに「化身」を遣わせて、情報収集をする事があるらしい。
・シルヴィア
マナの補佐役にして、ゴラニア世界の「人間界」に聳える霊樹・オフィーリアの女神。
元々は「少しだけ特殊な人間」であったが、古代の女神・クシヒメの魂の受け皿として覚醒後、そのまま女神として昇華。
それ以降、何かと短絡的なマナの隣で、しっかりと彼女の独走をフォローをしてきた。
尚、お気に入りの香油を欠かさず使っているらしく、常に清々しい香りを纏っている。
・クシヒメ
オリエントに君臨していた古き龍神を封ずる役目を帯びていた巫女であり、古代・オリエントの女神。
諸事情によりオリエントからゴラニアへと落ち延びてきたが、在来の女神・マナに大敗を喫し、魂を善意と悪意とで分断されてしまっていた。
その「善意側」が人間だったシルヴィアに宿る事で、現在のオフィーリアの女神が誕生する結果となったが。
……彼女の「悪意側」の魂は、未だ行方知れずである。