5−49 恋愛模様は四面楚歌
「いずれにしても、皆さんのご協力のおかげで、スムーズに事が運びましたね。感謝しますよ」
キュラータの処遇が歪ながらも、決まったところで……仏頂面に無理やり笑顔を乗せたような顔で、アケーディアが騎士団の面々に謝辞を述べる。どうやら、こちらの大悪魔様は冷たい表情を崩せないようで、弟のように破顔することはできないらしい。
「いえ……我々はただ、人々を運んだだけです。しかも、身柄もお預かりいただくとなれば、あまり出る幕もなかったように思います」
「そんな事はありませんよ。直接ポータルを開いたとは言え、1人で向こうに運ぶのは難しかったでしょうし。何より、彼らは観察対象としても、非常に貴重なサンプル。ふふ……僕の研究も捗ります」
しかし、素直に笑えないにしても……不気味な笑顔は作れる様子。今度はアケーディアが心の底から嬉しそうに、邪悪な笑みを浮かべているが。
「左様ですか。しかし……研究とは、一体? 差し支えなければ、ご説明があると嬉しいのですが」
悪魔の笑顔を前にして、リオダが臆する事なく質問を投げる。収容されていた人々がグランティアズの国民も含む事を考えれば、彼らの処遇を心配するのは当然であろう。それに……アケーディアの笑顔は完璧にアウトな部類である。
(これは……マッドサイエンティストの顔だよね。リオダさんが心配するの、無理ないわぁ)
ティデルからはアケーディアに関して、「平気で残酷なこともできちゃうタイプ」で「以前はかなーり、マッドな研究もやってた」等と教えてもらったが。「今もマッドな研究をしている」の間違いではなかろうか。
「僕が打ち込んでいるのは、魔力適性を培養する研究ですよ。魔力適性に恵まれなかった人間でも、魔力を得るための研究ですが……彼らは聞く限りですと、魔力適性を奪われたのだとか。ふむ。魔力適性を奪う技術があったなんて、非常に興味深い……あぁ、失礼。いずれにしても、悪いようにはしません。彼らに魔力適性を戻してやれるよう、こちらとしても尽力しましょう」
リオダの不安にも、しっかりと気づいたらしい。アケーディアは皮肉っぽい苦笑いを浮かべつつ、更に「自分の研究」について述べる。
アケーディアが研究しているのは、「魔力適性を持たない相手に、魔力適性を授けるための技術」であり、「他者から魔力適性を奪う技術」ではない。そのため、「処理場」で行われていた実験には興味を示しつつも……心底、軽蔑している反応も見せる。
「魔力適性を奪い、他の者に付け替えるだけなんて……能が無さすぎて、呆れてしまいますね。僕だったらば、ハナから生産性のない事はしません」
有限の物を取り合うのは、低脳で野蛮なだけ。そんな原始的な方法に縋るくらいなら、研究なんぞ止めてやるとまで、アケーディアは豪語するが。
「僕は有限なものを、無限にする研究をしているのです。魔力然り、寿命然り。特に、君達人間は有限の塊ですからね。それに、魔力はしっかりと利用して循環させなければ、淀んで瘴気へと変貌します。利用者が多い方が停滞を防げますし、瘴気発生も抑えられるというもの」
瘴気を糧にできる悪魔らしからぬ発言ではあるが。マッドサイエンティストと見せかけて、アケーディアが明かした「研究」は意外にもマトモであった。……どうやら、邪悪なのは笑顔だけらしい。
(……アケーディア先生、笑顔で損している気がするわぁ……)
だが、そんな笑顔も引っ込めて……アケーディアがリオダを更に安心させましょうと、言葉を重ねる。相手を慮るのであれば、笑顔の方がいいのだが。デビルスマイルしか浮かべられないのだから、寧ろ仏頂面の方がマシである。
「ゼロから何かを生み出すのは、時間がかかるものでして。魔力適性は血に依存する要素であり、更によろしくないことに……人間の血液は複雑ですから。各人に適合する様に、試行も重ねなければなりません。まぁ……命をとるような真似はしませんよ。そこはご安心を」
「左様でしたか。それを聞いて、安心致しました。また……不躾にも疑うような事を申しまして、誠に失礼致しました」
「別に構いませんよ。最終的に理解を得られれば、なんら問題ありません」
いくら悪魔と言えど、そこはオフィーリア魔法学園の副学園長である。天使様肝煎りの魔法学園で要職に就いているだけあって、彼は彼で、意外と世界の事もちゃんと考えている様子。目的と手段が合致していれば、寛大な態度で接することもできるようだ。
「あぁ、そうそう。ミアレット。新学期からは、そちらのディアメロ君と一緒に登校して下さいね。少しばかり、調べたい事があるので」
「……はい?」
研究熱心なついでに、アケーディアが非常に迷惑な事を言い出す。何やら、救助活動の一幕で副学園長様はディアメロに興味を持ったらしく……彼の血筋や魔力適性について、探究したいのだそうだ。
「えぇと……副学園長先生、ディアメロ様は王子様ですよ? 私なんかと一緒に登校したら、大騒ぎになりますし、誤解が生まれそうな気がするんですけど……」
「おや、そうなのですか? あなた、ディアメロ君の婚約者なのでしょう?」
「えっ……?」
何がどうなって、そうなった。ミアレットはまだまだ婚約には乗り気ではないし、ナルシェラが行方不明な中で、前向きに検討する気にもなれない。しかし、悲しいかな。またも、ミアレットのお気持ちなどお構いなしに、恋愛イベントは強行路線を突っ走る模様。
「ディアメロ君も可能であれば、他の皆さんと同様にリルグで経過観察をしたかったのですが……僕とて、王子という人種がどういったものかは把握しているつもりです。おいそれと身柄を預かれる相手ではないでしょう」
「い、いや……それはそうなんですけどぉ……」
「それに、ミアレットはグランティアズ城から、本校へ登校する予定なのでしょう? でしたらば、一緒に登下校をすればいいではないですか」
誰だ、そんな事を吹き込んだのは。
恨めしげな視線で、ミアレットが元凶を探せば……すぐ隣で満足そうに頷くディアメロの横顔が目に入る。
「……ディアメロ様? 抜け駆けも、先走るのも、よくないですよ?」
「別に抜け駆けするつもりはないんだが。……折角だし、僕も魔法学園に行ってみたくてな。ミアレットについて行く口実として、婚約者だって言い張った方が、体裁もいいだろう?」
「えぇぇ……?」
それは体裁の問題なのか? ミアレットには今ひとつ、理解ができないが……ルエルや騎士団の皆様は嬉しそうな顔をしているし、ルシエルも「確かに、丁度いいな」と首肯している。しかも……。
「ミアちゃん、グッドラック!」
「……ハーヴェン先生。グッドラックで済ませないでください、色々と」
副学園長先生とは別方向のキラキラスマイルで、ハーヴェンまで無責任に激励してくるではないか。ミアレットの恋愛模様は四面楚歌。魔法の勉強に加えて、恋愛イベントをねじ込まれるのは不可避である。
「それはさておき……さて。カテドナ達はどんな状況でしょうか」
ミアレットの苦境も「それはさておき」と横に置いて。アケーディアがふむふむと、自身の魔術師帳を覗き込んでいる。どうやら、カテドナから何かしらの報告があったようだ。しかし……。
「あっ、そう言えば……ナルシェラ様、見つかったんでしょうか……」
「……いえ、もう1人の王子の発見には至らなかった様ですね。それに……これは少々、由々しき事態です」
素早く報告内容を目で追うアケーディアであったが、視線が下へ下へと移動するたびに……彼の表情も険しくなっていく。もしかして……。
「ま、まさか、カテドナさんに何かあったんですか……⁉︎」
「いいえ、そうではありません。もちろん、カテドナを始め……アドラメレクやウコバク達は全員、無事ですよ。しかし……彼女達もまた、非常に厄介な相手に遭遇した様です」
「厄介な相手、ですか? アケーディア様」
「えぇ。カテドナ達が遭遇したのは、あなたと同じ、大天使だったと記載があります」
「なんですって……?」
そんなバカな……と、ルシエルは動揺を隠せないが。彼女の焦燥も敢えて無視しながら、険しい表情のままのアケーディアが淡々と、報告にある大天使の特徴を読み上げる。
「8枚の翼に、投げナイフ。アドラメレクの猛攻を凌ぐ程の防御魔法に、俊敏性に優れる小柄な体躯……この特徴、あなたなら心当たりはありますね?」
「大天使・ミシェル……でしょうか」
もし、それが本当だった場合……確かに、由々しき事態ではある。カテドナ達が匂いを追って探り当てたのは、ナルシェラを拐かした一味と行動を共にする、大天使・ミシェルらしき存在との事だったが……。
「……それはあり得ませんよ、アケーディア様」
「おや、どうしてです?」
「……ミシェル様は今、謹慎処分真っ最中です。神界から一歩たりとも出られません」
だが、しかし。ミシェルには完璧なアリバイがあるのだ。……謹慎処分中という、情けないアリバイが。
「……なるほど。ミシェルはまた、謹慎処分になっているのですか……。もしかして、任務よりも恋愛を優先しましたか? あのお花畑天使は」
「また、謹慎処分になっている」と副学園長先生に言わせている時点で、彼女のフリーダムさは筋金入りである。しかも、お花畑天使で通っている時点で……彼からの評価も微妙な様子。
「えぇ。ミシェル様は任務よりも趣味嗜好を優先し、適切な報告さえしなかったことから、勤務怠慢を理由に謹慎処分中です。……ですので、カテドナが遭遇したのはミシェル様ではないかと。とは言え……」
「ミシェルの偽物がいるかも知れないという事ですね。……この件も、ルシファーと話をしなければなりませんか。ふぅむ……面倒事が一気に増えましたねぇ」
カテドナが遭遇した相手が、ミシェルではないとは言え。それに準ずる実力者が「向こう側」にいるのは、紛れもない現実。アケーディアの言う通り、「面倒事」でしかない状況に……ミアレットもまた、不安を覚えずにはいられない。