5−40 死なれると困るから、目を付けられている
「それはそうと……ここにいるのが、全員じゃないって事ですよね」
きちんと情報を寄越したサニーが、約束通りに兵士に伴われて歩みを進める一方で……ミアレットは彼女の証言をグルグルと頭の中でこねくり回していた。サニーの証言通りならば、鉄格子の部屋から連れ出された人がいる……つまりは、元々はもっと大勢の人がいた事になるが。
(……どうしようかなぁ。これ以上の調査はちょっと、難しいかもぉ……)
確認できる範囲で、鉄格子の中にいたのは16人。いずれも衰弱しており、補助なしでは歩けそうにない。対するリオダチームの兵士は25人。それぞれに鍛えられている兵士達であるため、彼らを抱き上げての移動も可能ではあるが……そうなると、16人は人々の移動で手一杯の状態となる。調査の続行をするにしても、残り9名では追加の人命救助は難しいだろう。
「一旦は退くしかないでしょう。明らかに、救助側の体制が不十分です」
「そうですね。他に困っている人がいそうなのは心残りですけど……残りはカテドナさん達が来てからにした方がいいかもです。それに……ルエルさんも心配です」
すぐに追いつく……はずだったのに。ルエルは未だに、合流できず終い。それでなくとも、ミアレット達を見送った時のルエルの表情がとにかく、気に掛かる。彼女は何かを感じ取っていたらしく……明らかに、焦っていた。
(あのキュラータって奴が、予想以上に強かったのかも……!)
だが、そのキュラータもこの部屋に来ていないのを見るに、ルエルの敗北が決まった訳ではない。
……キュラータが立ち塞がっていた廊下は、1本道。途中に別れ道もなかった以上、ミアレット達の行く先はここしかないし、処理場の責任者らしき彼であれば、この部屋が行き止まりなのも心得ているはず。ルエルを降していた場合の追走は、非常に容易いだろう。
(もし、ルエルさんがピンチだったら助けなきゃ……! でも……どうやって……?)
今いるメンバーの中でルエルが一番強いのは、疑いようもない現実である。人間と高次魔法生命体でもある天使とは、そもそも生物としての次元が違う。ミアレットが勇んで加勢したところで、彼女を追い詰めているかも知れない相手に、どう立ち向かえと言うのだろう。
「どうした、ミアレット」
ルエルの助力について悩み始めたミアレットに、隣からディアメロが気遣わしげに声を掛ける。そうされて、ミアレットは情けないとばかりに、萎れた様子で答えるが……。
「ルエルさんが負けそうだった場合は、手助けしたいんですけど……。ルエルさんが苦戦するような相手に、私が出て行ったところで、無意味な気がする……」
「確かに、そうかも知れないな……。しかし、どうする? どっちにしろ、さっきの廊下は通らなければならないぞ?」
「そうなんですよね……。他に迂回路もなさそうですし……」
もちろん、ルエルが窮地に陥っている可能性があるのも、問題ではあるが。それとは別に、帰り道も同じ廊下を通らなければならないのだ。もし、ルエルが苦戦していた場合……その相手、キュラータとの遭遇も必至である。
「そうだ! こうなったら、奥の手を使っちゃいます!」
「奥の手……?」
「はい。ルエルさんの上司でもある天使様に、助けて欲しいって連絡してみます」
そう言うが早いか、ミアレットは天使長・ルシフェルの羽ペンを取り出し、虚空に文字を書き始める。前回も実力だけは確かなミシェルが来てくれたし……天使であれば、回復魔法も行使可能なはず。万が一、ルエルが負傷していても、すぐさま治療してくれるに違いない。
「これで、よし……と! きっと、天使様達が助けに来てくれるはず……!」
羽ペンで綴った文字の末尾に、しっかりとピリオドを打ち込んで。文字がサラサラと光と共に書き消えるのを見届け……ミアレットはとりあえずは一安心と、胸を撫で下ろす。
普段から超多忙なルシフェル相手に、気軽に相談しすぎている気がするが。今回も緊急事態なので、きっと許してくれるはず……と、ミアレットは「これは致し方なし」と今回も強引に割り切った。
「天使様を呼べるって……お前はやっぱり、凄い奴だったんだな……」
「うーん……そういう訳じゃないんですけど……。魔術師として勝手に期待されているせいか、保護も手厚い……あっ、違いますね。勝手に死なれると困るから、目を付けられているが正しいかもです」
「そ、そうか……。それはそれで、凄いと思う。……僕はミアレットに相応しい存在になれるよう、頑張らないといけないな」
「……いや、ですからぁ。私はそんなに大した存在じゃないですって……。たまたま魔法が使えるだけの、ごくごく普通の女の子ですよ?」
こんなやりとりを、ナルシェラともした気がする……と思いながら、そのナルシェラはどうしているだろうかと、ミアレットは虚空を見上げる。
そもそも、処理場へやってきた理由はナルシェラを探すためだった。ナルシェラが処理場にいないらしい事が分かっている時点で、ミアレット達が今すべき事は一旦の撤収と、救助体制の立て直しではあるが。カテドナ達の状況が見えないため、ミアレットはなかなかに不安を払拭できないでいる。
(ルエルさんも心配だけど、ナルシェラ様も心配だわぁ……。変な所に連れて行かれて、窮屈な思いをしていないといいけど……)
ナルシェラの捜索については、カテドナやヒスイヒメを始めとする、アドラメレクとウコバク達が動いてくれている。彼女達に任せておけば、問題ないだろうと思い込もうとしてみるものの。……そこはかとない嫌な予感が拭えないと、ミアレットは人知れず身震いしていた。