1−16 完璧なる超危険任務
Dark Impulse within Vicious Eddy……黒い衝動を生む悪意の渦、通称・DIVE。そして、メモリーリアライズの魔法道具効果によって、深魔の「心迷宮」が具現化した事象を「DIVE現象」と呼ぶ。
魔法道具の構成として、ダークラビリンスという闇属性の魔法(なお、禁呪である)をベースにしているため……構造の複雑さに程度はあれど、対象者の深層心理が生み出した個性豊かな迷宮になっているのが特徴だ。そして、メモリーリアライズの持ち主……つまりは、「特殊祓魔師」の任務は「心迷宮」の中に潜入し、彼らが深魔になってしまった原因となる「負の感情の発生源」を突き止め、そこに巣食う「漆黒霊獣」を祓うことである。
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(なーんて、言われましても……)
無事にそんな「心迷宮」に潜入できたまでは、よかったものの。マモンから頂いた説明に、やっぱり面倒な事に巻き込まれていると、自覚せざるを得ないミアレット。今回はエルシャを助けたいのと、セドリックに腹が立っていたのもあり、勢いで同行を了承してしまったが。……これはどう考えても、完璧なる超危険任務である。
「とまぁ……ミッションはこんな感じか。で、早速だが……うん、今回は大サービス。報酬は山分けモードにしておくな?」
「山分けモード……ですか? えぇと、それは一体……何が、山分けされるんでしょう?」
シュルシュルと心迷宮の入り口が背後で縮んでいくのも、意に介さず……マモンが「アレを出して」とミアレットに魔術師帳を見せてくれと促す。そうして自分の魔術師帳も取り出すと、ミアレットの魔術師帳に何かのデータを送り始めた。
「ホイホイ、トップページに必要な項目を追加したから、確認してみ?」
「あっ、確かに。タブが増えていますね……えぇと、ナニナニ? 特殊任務実績記録……?」
その字面に、またまた嫌な予感を募らせるミアレット。恐る恐る、「特殊任務実績記録」とやらのタブをタップすれば……あからさまに、ミアレットを深魔対策の一員として認めたらしい項目が、ズラズラと並んでいる。
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発生対象:人間(幼体)
発生日:人間界暦 2722年 287日
発生レベル:★
報酬分配:シェア
迷宮性質:レジスト・水属性
深度:★★
担当者編成
責任者:マモン(クラス:ダークジェネラル)
同行者:ミアレット(クラス:メイジ)
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(……これ、ナニ? ちょっと、待ってよ。私がメイジって……しっかり、魔法使いっぽい扱いをされてるし……)
訳の分からないファンタジー要素てんこ盛りの内容に、ミアレットは軽く目眩を覚える。記載の雰囲気からして、ミアレットは「メイジ」というクラスに分類されており……間違いなく、戦闘要員としてカウントされている模様。いくら何でも、ぶっつけ本番にも程がある。
「おっ、ミアちゃんは支援向きタイプなんだな。ウンウン、風属性ならば順当だな」
「へっ? あのぅ……これ、もしかして……魔法使いにも種類があったりするんです?」
「うん、一応な〜。字面的には全部“魔法使い”なんだけど。得意な魔法パターンで、初級クラスも4種類あるんだよ。んで、メイジは支援魔法系統が得意っていう扱いなんだ〜」
「そ、そうですか……」
マモン、曰く。意味合いは全部「魔法使い」になるそうだが、チーム編成の際に参考にするとかで、ある程度「初級クラス」も適性によって振り分けられるのだと言う。
攻撃魔法が得意な「ウィザード」。
状態異常魔法が得意な「コンジャラー」。
支援魔法が得意な「メイジ」。
防御魔法が得意な「エンチャンター」。
しかしながら、これらのクラス分けは一種の「パフォーマンス」のようで……。ハッキリとした違いや、差はほとんどないらしい。
「何と言いますか。こういう雰囲気的なものがあると、みんな喜ぶもんだから。もちろん、中級クラスや上級クラスもちゃーんとあるから、上を目指して頑張ってくれよな」
「アハ、アハハハ……そっすね」
後から適性の変遷があった場合は、クラスも柔軟に変化・昇格もあるらしいが……ミアレットが気にしているポイントは、そこではない。
「そんで、さっきの山分けって言うのは、この心迷宮で得られたイメージ経験比率をフラットで等分にすることなんだよ」
「それじゃぁ、山分けされるのは……経験値ってやつですか?」
「う〜ん……まぁ、そんなもんかなぁ? ちょいと意味がズレている気もするが、概ねその解釈でいいかもな。そんでもって、今回はシェアモードにしてあるから……現実世界に戻った時に、ミアちゃんの魔法イメージソースが増えることにもなって。魔法の習熟度がちょっぴりアップするんだな」
「えっ? それって、つまり……」
「ハイ、そういうこった。心迷宮で実戦を積めば、魔法を上手く扱えるようになるってことだな。……心迷宮は現実よりも、想像力が物を言う空間なもんで。この中で体験したイメージ具現化は、現実世界で体感するそれよりも……より深く、ダイレクトに魂に残る」
意外な朗報に、ミアレットはようやく「勢いでやってきてよかったかも!」と思っていたが。いよいよ、背後の入り口が閉まったところで、急激な閉塞感に襲われる。
(あっ、出口がなくなちゃった……これ、脱出できるのよね?)
じっとりと広がる、仄暗い空間。そんな暗闇にミアレットが焦っている一方で、マモンは相変わらずの余裕を見せていた。そうしてどこか、辺りを窺う素振りを匂わせながら……尚も「心迷宮」探索の解説を続ける。
「さて……もうちょいかな。で、話の続きだけど。そのソース還元量を平等にするか、貢献度換算にするかを責任者側で設定できるんだ。まぁ……フツーは寄与度分配の“レシオモード”になっているんだが、折角だ。戦闘部分はちょっとしたチュートリアルのノリで、参加してくれるだけでいいぞ」
(ゔっ……やっぱり戦闘的なもの、あるんだ……)
マモンから一通りの「心得」を解説いただいたところで、入り口が「プツン」と音を立てながら、完全に閉じられる。そして、一瞬真っ暗になったかと思った、刹那。次の瞬間には……周囲が一転、眩いほどに明るくなり、ミアレットは見たこともない宮殿らしき場所に立っているのにも気づく。そうして、繁々と周囲を見渡しながら……マモンがフッと、皮肉めいた息を吐いた。
「……心迷宮のイメージ定着が終わったな」
「イメージ定着?」
「うん。メモリーリアライズはDIVE現象を発生させる魔法道具なんだが、心迷宮はそんなメモリーリアライズが暫定的に作り出した攻略用の空間でな。……チンタラ説明がてら待っていたのは、定着を見計らっていたからなんだ」
なお、メモリーリアライズを経由せずとも、深魔を弱らせれば心迷宮に入り込むこともできるそうだが……それはオススメしないと、マモンは嘆息する。メモリーリアライズは深魔となってしまった対象者を助けると同時に、探索者がスムーズに「漆黒霊獣」まで辿り着けるようにお膳立てをする側面もあるのだと言う。そして……メモリーリアライズを使わずに心迷宮に踏み入り、帰らぬ人となった魔術師も非常に多いのだそうだ。
「……深魔を鎮めると、たまに貴重な魔法道具素材が手に入るからな。……さっきのセドリックとやらも、それが欲しかったんだろうさ」
そんなことを呟いて、更に深いため息をつくマモン。それでも、気分を切り替えなければと思ったのだろう。一旦は先に進もうと、ミアレットについてくるように促す。
「とにかく、行くぞ。戦闘は手伝ってくれなくてもいいが、何か気づいた事があったら、すぐに教えてくれよ? 心迷宮の攻略は、戦闘だけじゃ完遂できない部分があってな。……特殊ギミックがあった場合、お知り合いがいないと先に進めないことがある。……こればっかりは、場数を踏んだ俺達でもゴリ押しできないもんで」
そして、そのギミックを解くには、何よりも対象者を「助けたい」という気持ちが大切なのだそうだ。
(そう言うこと……だから、セドリックじゃなくて、私をお供に選んだのね……)
友達になってから、まだ1日しか経っていないが。ご一緒したランチの際に、エルシャが深い悩みを抱えていたことも聞いていた手前……確かに、彼女を「助けたい」という気持ちはセドリックよりはあるかも知れない。いや……むしろ、この場合はセドリックを同行させることが最悪手にもなり得る。
だからこそ、マモンはセドリックの同行は拒絶して見せたのだろう。……エルシャを助けるのではなく、討伐すると言っていた時点で、彼は役に立たないだろうと踏んだのだ。
【魔法説明】
・ダークラビリンス(闇属性/禁呪)
「純白の希望 漆黒の絶望 汝が魂 迷いて彷徨い 恩寵の苦痛を与えん その悲嘆を聞かせておくれ ダークラビリンス」
闇属性魔法・禁呪の1つ。悪魔言語・ヨルム語による、悪魔専用の種族限定魔法。
悪魔が魂を見定め、理不尽に「お仕置き」をするための魔法で、対象者の魂を術者固有空間の闇迷宮へと放り込む。
肉体と魂が分離されるため、肉体側は強制的に仮死状態になるが、魂側が迷宮を踏破し、戻って来れたのなら「元の存在として」再起は可能である。
しかしながら、迷宮で迷子になっている間に肉体側が滅んでいると復活は叶わず、そうして取り残された魂に付随する魔力と記憶は、術者に丸ごと吸収される。
術者にとっては「欲しい知識」を対象者の記憶ごと取り込むことにもなるため、「お仕置き」の意味合いはなくとも、知識欲を満たすために使われることも。
構築概念が非常に複雑で、発動には「固有空間を形成できること」、「魂を見定めることができること」、「固有空間と現実空間の時間軸・空間軸の乖離を把握できていること」等の条件を満たしている必要がある。
魔力消費量も飛び抜けており、「記憶の読み込み中」は魔力を消費し続けなければならないので、行使可能な術者は限られる。