5−39 吸い取れるのなら、注入もできる
ミアレットにはディアメロの怒りは理解できるし、リオダの忠誠を否定するつもりもない。しかし、状況を把握するのは「調査」において最も大切な事。カタルシス欲しさに仕返しをするのは、目的達成の観点からすれば、あまり得策ではないだろう。
「……そう言えば、お名前を聞いていなかったかも。えっと……メイドさん、お名前あるんでしょ?」
「私の名前なんか知って、どうするのよ」
お偉いさん2名に拒絶され、不貞腐れてしまったらしい。元メイドはミアレットには相変わらず、忌々しげに睨みを利かせてくる。しかし、同じように臍を曲げるのは大人げないと、ミアレットは屈んで彼女の目を見つめながら話しかけた。
「ここで何があったのか、教えて欲しいんです。メイドさん以外の人達は、喋る元気もないみたいだし……。それに、メイドさんも辛い目に遭わされたんじゃないかな、って思うんです」
「ミアレット? もしかして、こいつを助けるつもりか?」
ミアレットの意外な提案に、ディアメロが目を丸くしている。もちろん、ミアレットだって彼女にいい印象を抱いていないし、平民呼ばわりされては理不尽に見下されたのだから、憎らしいに決まっている。だが、人の命がかかっている場面で、簡単に切り捨てるのは違うのではないかとも思うのだ。
「そのつもりですよ。もちろん、タダで助けるつもりはないですけど」
「えっ?」
「私達はこの処理場に、調査で来ているんでしたよね? だったらば、ちゃんと被害者の証言は集めなきゃ。……ですから、情報を寄越せば助けてあげる、って事にすればいいじゃないですか」
ミアレットの提案に、驚くディアメロだったが……すぐさま、ミアレットが言わんとしている事を理解したのだろう。納得した様子で、それもそうかと頷く。
「……確かにな。フン……感謝するんだな。ミアレットの言う通りにすれば、助けてやってもいい」
腕を組み、ぶっきら棒に言い放つディアメロであったが。ミアレットの提案もしっかりと聞き入れてくれるつもりと見えて、リオダに条件付きの命令撤回も言い渡し始めた。そうされて……対するリオダは、嬉しそうにニコニコと応じている。おそらく、彼はディアメロとミアレットの仲がより深まったのだと思っているのだろう。……小声で「ルエル様にご報告せねば」と、不穏なこともおっしゃる。
「……サニー」
「えっ?」
「私の名前よ。元はサニー・アフィアと言ったけれど。今はタダのサニーよ。……魔力適性がなくなちゃったから、アフィア家には戻れないわ」
観念したように、元メイド・サニーが力なくポツポツと事情を呟く。
ミアレットへの嫌がらせに失敗した彼女は、ステフィアの怒りを買ってしまい、やはり「処理場送り」になっていた。そうして運び込まれた彼女は最初に、血液採取をされた後に、奇妙な機器に左腕を吸い取られたそうで……。
「……黒い、ワニの口みたいな形の機械だったわ。それで左腕を上下からパクって、挟まれて……意外と、痛みはなかったけど。でも、もの凄い勢いで何かが搾り取られる感覚があったの。……処置が終わった後、左腕はこの状態。……力も入らないし、動かすこともできなくて……」
彼女達の左腕が異様なまでに細いのは、「何かを吸い取られた後」だったから……とのこと。
それはそうと……サニーはさっき、リオダ相手に「魔法を使える貴族同士」なんて、言っていた気がするが。萎れた彼女の証言からするに、魔力適性もなくなってしまっているらしい。ともなれば……「吸い取られた何か」は魔力適性だと考えて、ほぼほぼ間違いないだろうか。
「そうだったんだ。他の人達も同じなのかしら?」
「多分、ね。ただ、私はまだ1回目だから、そこまでじゃないけど。他の2人は、私よりも魔法が上手だったから……何度か挟まれたみたいで。腕輪の色が薄くなったら、別の部屋に運び込まれていったわ」
「腕輪の色が……薄くなる?」
サニーの話によると、人によっては何度も「左腕を挟まれる」処置が施されていたのだそうで。彼女の腕に嵌められている腕輪は、挟まれるたびに色が薄くなっていったのだと言う。
「私の腕輪が緑なのは、多分……地属性だからでしょうけれど。ほら、まだしっかりと緑色をしてるでしょ?」
「確かに、綺麗なグリーンですね」
「……そこで綺麗とか、言わなくていいのよ」
純粋に褒められたわけではないと分かっているのだが、ミアレットの反応はサニーにしてみれば、少しだけ絆されるものがあった様子。ミアレットが素直に腕輪の色を「綺麗」だと呟けば、サニーは少しばかり照れたように俯いた。
「それはともかく……例えば、だけど。そっちの人の腕輪は、なんとなく緑だったのは分かるけれど……大分、色は薄くなっているわよね?」
「本当ですね。それじゃぁ、もしかして……」
「えぇ、そうよ。……この腕輪の色が真っ白になったらば、他の場所に連れて行かれるの。そして……私と一緒だった2人も含めて、連れて行かれた人達は帰ってこなかったわ」
「……」
絶望の色を滲ませて、サニーは残念そうに首を振っている。「連れて行かれた人」がどんな目に遭わされたのかは定かではないが……サニーと一緒にいた他の2人は早い段階から、何度も腕を搾り取られ、あっという間に他の場所へ連れて行かれたのだと言う。
「だとすると……処置の回数は何か、基準があるのかしら? サニーさんの腕輪はまだまだ綺麗な色をしているのに、処置は1回だけだったんですよね? でも、他の2人はサニーさんよりも早い段階で、何回も処置が施されている……で、合ってます?」
「そうね。でも……この腕輪は、ただ嵌めているだけでも、色が薄くなっていくみたいなの。この部屋にいるのは、1回か2回だけ搾り取られた人みたいね」
しかしながら、たった1回の処置でも魔法は使えなくなったと、サニーは悲しそうに沈んだ表情を見せる。……魔力適性がない貴族は、貴族として生きていけない。例え、命が助かったとしても……元の生活に戻ることはできないのだ。
「……でも、魔力適性が吸い取れるのなら、注入もできるんじゃないかしら」
「えっ?」
何のために、この処理場で魔力適性を集めているのかと、聞かれれば。きっと、他の誰かに魔力適性を移す目的があるのか、或いは、純粋に魔力が必要だから……のどちらかだと思われる。しかしながら、おそらく後者はないだろうとミアレットは考える。
魔力は非常に流動的で、長時間同じ場所に留まることはあまりない。魔法発動時も、魔力は現地調達が基本。呪文の詠唱によって魔力に語りかけ、都度都度、空間に漂っているものを集めるのが普通である。多少は魔力を貯めることはできるとは言え、全ての魔法を魔力で賄うことは難しい。そんなことができるのは、魔法生命体……つまりは、人間以外の種族に限られるのだ。
「魔力適性の実験についても、魔法学園に報告を上げてみます。その上で、皆さんに魔力を戻してあげられないか、調査を依頼しましょう」
「そ、そんな事ができるの……?」
「……まだ、できるって断言はできないですけど。確か、副学園長先生が魔力適性の培養について、研究していたはずです。魔法が使えない人でも、魔法を使えるように……が、研究の目的みたいですし。可能性はあるかも知れません」
ミアレットの意外な申し出に、サニーが驚いた後……少しだけ、表情を和らげる。
もちろん、魔力適性を戻せるかどうかについては憶測の域を出ない。それでも……少しでも、魔力適性を取り戻せる可能性があるのなら。研究する価値は大いにあるだろう。
【登場人物紹介】
・サニー(地属性)
サイラック家の息がかかった、男爵家出身のメイド。
ステフィアのメイドとして仕えていたが、彼女に命じられた「平民への嫌がらせ」ミッションに失敗し、「処理場」送りになっていた。
辛うじて魔法は使えたものの、やや不得手な部分があった上に、爵位も低めだったため、ステフィアのメイド達の中でも下っ端だったらしい。