5−36 関係者以外の立ち入りは、ご遠慮いただきましょうか
「な、なんなんだ、この女⁉︎」
「とっ、とにかく、キュラータ様を呼ぶんだ!」
武器も魔法も、キックだけで一蹴するルエルを前に、見張り番達の戦意はガリガリと削られた挙句に、臆病の向かい風まで吹き荒れる始末。それでも……彼らは防衛を諦めていないと見えて、我先とばかりに「キュラータ様」なる人物を呼びに走り去って行った。
(うーんと……あの人達を逃しちゃっても、大丈夫なのかなぁ? キュラータ様って人が強かったら、どうするんだろう)
しかしながら、ルエルがいるならば戦闘面は心配しなくても大丈夫か……と、思い直し。自分ができる事をしましょうと、ミアレットは追加のウィンドトーキングを発動する。彼らが逃げて行った方向に上司らしき人物がいるのは、間違いなさそうだが。こちらのチームの捜索目的は人命救助。相手を蹴散らすことではない。……多分。
「誰が来ても、同じでしてよ。この程度で敵前逃亡なんて……本当に、つまらない人達ですこと」
逃げ惑う男達を追う訳でもなく、ルエルは余裕の態度を崩さない。仁王立ちで、不敵な笑みを浮かべているのを見ても……ここで迎え撃つつもりらしい。しかし、ミアレットはあることに気づくと、すぐさまルエルに先へ進むべきだと提案せずにはいられなかった。
「それはそうと……ルエルさん、先に進んだ方がいいと思います。多分、この風の流れは……」
ウィンドトーキングが伝えてくる風の流れに、ミアレットはアンジェの心迷宮を思い出していた。それもそのはず、ぶつ切りの風の流れは例の地下牢エリアにそっくりなのだ。その事からしても……「妙に区切られている」のは鉄格子によるものだろうと、ミアレットは予測する。
「このまま待つのでも、いいのではなくて? 迎撃する方が、手間も省けるでしょう?」
「それはそうなんですけど……実は、そっちの角の先に大きめのフロアがあるみたいなんです。で、妙に区切られているんですよね。多分、ヒスイヒメちゃんが言っていた人達が捕まっているエリアなんじゃないかと……」
「まぁ、そういう事ですの? でしたらば……そうね。人命救助を優先すべきね」
いくら暴れ足りないとは言え、流石のルエルも当初の目的を見失っていなかった。意外にもミアレットの意見を受け入れると、クルリと方向転換をすると同時に、リオダ達にもついて来るように声を掛ける。
「しかし、素晴らしいですね」
「えっ?」
そんなルエルの背中に続けと、足を早める合間に……リオダがそっとミアレットに話しかけてくる。どうやら……先程までのやり取りに、思うところがある様子。
「素晴らしいって……あぁ、ルエル様ですか? そうですよね! キックだけで、相手を制圧しちゃうんですもの。格好良すぎて、痺れちゃいますよね!」
「ま、まぁ……ルエル様は無論、素晴らしいのですけれども。私が感動しておりますのは、ミアレット嬢の手腕の方ですよ。ウィンドトーキングをここまで使いこなすとは……このリオダ、感服し切りです」
「あ、ありがとうございます? でも、使いこなしていると言うよりは、使わざるを得なかった……が、正しいかもです。ウィンドトーキングを使えないと、困っちゃう場面に遭遇してきましたので……」
「ほぅ、そうでしたか」
素直にリオダの褒め言葉を受け取りつつ。ミアレットは風属性であるというだけで、何かと損な役回りを強いられている気がすると、余計な苦労も思い出してしまう。
霊樹ベビー戦に、心迷宮攻略。そして、今回の処理場探索。
ウィンドトーキングがダンジョン攻略に便利な事もあり、ミアレットはその魔法が使えるというだけで、色々と危険な場所に駆り出されている。それもこれも、転生時に女神様のオススメに従って、風属性を選んでしまったから……だろうか。
(風属性なだけで、ナビ代わりにされるなんて……。そりゃぁ、転移魔法を使える風属性がオススメなのは、分かりますけど……。なーんか、シルヴィア様に騙された気がするぅ……)
第一、初級魔法1つ使えるだけで探索(に付随する荒事)に巻き込まれるなんて、聞いていない。しかも悪いことに、「女神の愛し子」や「魔法学園の優等生」という要らぬ評判が、ミアレットの出動回数マシマシに拍車をかけているのだ。平穏に魔法を勉強したいミアレットにとって、この過大評価は迷惑千万である。
(……って、いけない、いけない。そんな事を考えている場合じゃなくて。今はとにかく、捕まっている人達を助けなきゃ……って、あれ?)
周囲の過剰なヨイショ加減も振り払い、ミアレットが改めて視線を前方に移せば。ミアレット達の行手を阻むように、1人の男が立っているのが目に入る。
「この先は関係者以外の立ち入りは、ご遠慮いただきましょうか」
丁寧な口調に、ピシリと真っ直ぐな姿勢。紫と藤色が入り混じった髪をしっかりとまとめ上げ、礼服を着込んでいる様は執事のような風体ではあるが。彼の鋭い眼光に、俄かにミアレットの背に緊張が走る。
(この感じ……多分、あの人は普通じゃない……。これは、そう……)
マモンやカテドナが怒った時に発していた、魔力の圧。ミアレットが男の空気に触れて思い出したのは……悪魔達の威圧感のそれだった。
「ご遠慮? どうして、この私が遠慮なんぞをしないといけないのかしら? とは言え……あなた、人間じゃなさそうね。もしかして、キュラータ様とやらかしら? まぁまぁ……見た目も貧相過ぎて、甚振り甲斐もありませんわね」
ミアレットが密かに怯えている一方で、天使様の強気な態度は相変わらず。ルエルはさも愉快と、挑発を止めようとしない。
「……なるほど。あなた様も、人間ではなさそうですね。お察しの通り、私がそのキュラータとやらですよ。……以後、お見知り置きを」
「……なかなかに冗談がお上手ですのね。この私に覚えられる事を望むなんて……ふふ。そういうの、嫌いじゃなくてよ。いいわ……そこを退くつもりもなさそうですし。私の邪魔をすると言うのなら……覚えてあげると同時に、後悔もキッチリさせてあげるわッ!」
そう宣言すると同時に、翼を広げるルエル。しかしながら、彼女の両手に何やら物騒な鈍い輝きが追加されているのにも気づいて……ミアレットは戦慄と一緒に目眩も禁じ得ない。
(あれって……メリケンサック、ってヤツだよねぇ……?)
もしかして、拳でボコるのか? あの物騒な拳で……遠慮なく、ボコボコにするのか?
「ミアレット!」
「はっ、はひっ⁉︎」
「あなたはリオダ様達を連れて、囚われている人達を助けに行きなさい! こいつの相手は、このルエルに任せなさいな!」
「あっ……。はい、了解ですッ!」
バチっとウィンクをし、ニコリと微笑むルエル。きっと、ミアレットがキュラータの存在感に萎縮しているのにも、気づいたのだろう。ルエルは物騒な得物を構えつつ、ミアレットに役目を与えると同時に……ここから逃すつもりらしい。
「そちらに行かれると、困ると言っているでしょうに! 先には行かせません!」
だが、しかし。当然ながら、関係者以外の立ち入りを良しとしないキュラータが黙っているはずもなく。先に進もうとするミアレット達の行手を、いつの間にか携えていたメイスで阻もうとするが……。
「清き乙女の涙を掬い、我が祈りとせん! その悲嘆を、羽衣と纏え! ラクリマヴェール……トリプルキャストッ!」
ルエルの防御魔法がキュラータの攻撃をしっかりと受け止め、ミアレット達の退路を確保する。しかも、時間を稼ぐつもりと見えて、ルエルが更に拘束魔法を発動。キュラータの動きを見事に封じて見せた。
「まだまだッ! 清廉の流れを従え、我が手に集え! その身を封じん……アクアバインド、ファイブキャスト!」
「ルエルさん!」
「……ふふ。心配しなくても、すぐに追いつきましてよ。私の事は気にする必要、ありませんわ」
力強く頷くルエルに、ミアレットも頷き返すが……どことなく、ルエルの表情に焦りを見つけ出しては、不安を募らせる。
(……ルエルさんも気づいているのかも……。あのキュラータって奴が……普通じゃないってこと……)