5−35 穏便に済ませる気はありませんけれど
「来てみたは、いいものの。……この状況、どうします? ルエルさん」
「どうしようかしらね。まぁ、こちらも穏便に済ませる気はありませんけれど」
ウィンドトーキングを使って、地下への隠し通路を見つけたまではよかったものの。ルエルが見事な回し蹴りで破った扉の先に広がるのは、物々しい雰囲気の廊下だった。きっと、突然の敵襲に慌ててやってきたのだろう。見れば……見張りと思しき男達が臨戦態勢を取っており、それぞれに武器を携えている。
「この私に武器を向けるなんて。ふふっ……仕方のない人達ですこと。そんなにお仕置きされたいのかしら?」
「えっと……ルエルさん? とりあえず、話を聞きましょ……は無理ですよね、これ」
相手も敵意剥き出しならば、天使様も戦意剥き出し。しかも、リオダチームの兵士達も士気が高いと見えて、騎士団長以下、全員が既に鞘から剣を抜いている。
「……ディアメロ様。私達は隅っこにいましょうか……」
「あ、あぁ……そうだな。ミアレットは参戦しないのか?」
「はい……一応は、か弱い魔術師枠なんで」
荒事は大人達に任せるに限る、というワケではないが。普段から暴れ足りないと見えて、意気揚々と先陣を切ったのは他でもない、ルエルである。それなりに広さがある廊下を一気に駆け抜けては、あっという間に最前線へ躍り出た。
「セイッ! ほらほら、私の脚線美に見惚れるのは、程々にしなさいな。防御に徹しないと、腕ごと持っていきましてよ!」
「うわぁ……」
自分の足技を脚線美と言えてしまう、自信過剰も去る事ながら。スカートを大胆に翻し、強烈な回し蹴りを披露してくださるルエルの勢いは、もうもう誰にも止められない。よくよく見れば……彼女のブーツは側面にまでスパイクが付いており、冗談抜きで相手の腕を抉りそうである。現に腕まではいかないにしても、たったの一撃で剣やら槍やらを真っ二つにしている時点で、破壊力は抜群だ。
「ひえっ……!」
「団長、どうします……? 私達もあれに加勢する……で、いいんですよね?」
「う、うむ……。そうしたいところだが……こうも狭いと、ルエル様の邪魔になりそうな気がしないでもないな……」
士気は高くとも、天使様の襲撃に兵士達は及び腰である。しかも、彼女の周りの壁にも切り傷やら、陥没やらが大量発生している時点で……近づくことさえ難しいだろうし、巻き添えを喰らうのも目に見えている。
(邪魔になりそう、じゃなくて……あの状態のルエルさんに近づけない、が正しい気がする……)
先方も必死に応戦しているが。相手がたった1人でも、ルエルにマトモに攻撃を当てられる者はいないらしい。一方的に武器を破壊され、ジリジリと後退していく様を見つめては……ミアレットはむしろ、相手のピンチにご愁傷様と言ってやりたくなってしまう。
(ルエルさん、意外と武闘派なのね……。カテドナさんよりもアグレッシブかも……)
それでも、流石に処理場を守る精鋭部隊といった風情で……いよいよ武器での攻撃を諦め、後衛の魔術師と思しきメンバーがルエル目掛けて魔法を放つ。展開スピードも速いため、向こうの魔術師勢もかなりの手練れであることは間違いなさそうだが……。
「地より出でし抱擁の息吹を持って、大地の剣振り降ろさん……サンディエッジ!」
「紅蓮の炎を留め、舞い散らさん! 空を焦がし、焼き払え! ファイアストーム!」
「ふふふ……アハハハハッ! この程度の魔法で、私を止められるとお思いですのッ⁉︎」
きっと防御魔法を展開する……と見せかけて、ルエルのお口から出るのは詠唱の呪文ではなく、高笑いと煽り文句だけ。驚いたことに、ルエルは「自慢の脚線美」から放たれる足技で、攻撃魔法を次から次へと蹴破っているではないか。
「嘘でしょぉ……? こんなの、アリ?」
……人の子にとっては、ナシであるが。天使様にかかれば、この程度はアリの範疇だ。
こんな非常識が許されるのは、天使という想定外の塊だからこそ……ではなく。単純に、ルエルが装備しているブーツが特殊であることに加え、日々の鍛錬の賜物だったりする。
「あぁ……そういうこと、ですかぁ。ルエルさんは、そっちにも力を入れているんですね……」
「ミアレット、それ……どういう意味だ?」
「多分ですけど、ルエルさんは肉弾戦も得意なんだと思います。もちろん、私よりは遥かに魔法も上手でしょうけれど……意外と、魔法って使えなくなる事も多いんですよ。口を塞がれていたら、詠唱もできませんし。だから、魔法が使えなくても大丈夫なように、鍛えているんじゃないかと」
それでなくとも、エレメントの相性によっては、魔法効果が十分に発揮されない事も珍しくない。エレメントの相性が悪い相手と対峙するとなった時に、肉弾戦をこなせるか否かで勝率は大幅に変わってくるだろう。
(そう言えば、マモン先生も武器の鍛錬も欠かしていないって、言ってたっけ……)
あの大悪魔様は、別格も別格だが。ルエルも既に、ミアレットにとっては規格外になりつつある。
ルエルの生き生きとした姿に、戦う手段は魔法だけではないのだとミアレットは思い知らされた気もするが。しかしながら……足だけでここまで大暴れするのは、やはり想定の範囲を超えている。そして、同時に思うのだ。……これもできるようになったらば、とっくに人間を辞めているんだろうなぁ、と。
【武具紹介】
・マーシレスソラレト(水属性/防御力+32、魔法防御力+25)
魔界・コキュートス産のフロストサイトを装飾に用いた、ショートブーツ型の鎧靴。
神鉄を薄く伸ばし整形しているため、重々しい見た目に反して、非常に軽い。
基本的には防具に分類されるが、フロストサイトで作られたスパイク部分は魔法遮断効果を引き継いでおり、キックで魔法を打ち消す等という離れ業を可能にしたりする。
神界と魔界の和睦に伴い、共同開発された武具の1つ。
【魔法説明】
・サンディエッジ(地属性/中級・攻撃魔法)
「地より出でし 抱擁の息吹を持って 大地の剣振り降ろさん サンディエッジ」
無数の研磨した砂礫を対象へ飛ばすことで、数多の擦過傷を与える攻撃魔法。
指南書では「鋭利な紙やすりで相手を擦るイメージ」と説明されるが、実際には強烈な擦過に伴う熱が凄まじく、火傷のステータス異常を与えることがある。
攻撃媒体が非常に細かく数が多いため、一気にダメージを与えるというよりは、手数の多さでダメージを蓄積させるタイプの魔法。
構築難易度もそれなりに高いため、中級魔法に分類される。
・ファイアストーム(炎属性/中級・攻撃魔法)
「紅蓮の炎を留め 舞い散らさん 空を焦がし 焼き払え ファイアストーム」
ファイアボールの派生魔法で、魔法陣上の対象を焼き尽くす攻撃魔法。
ファイアボール・フレアレインよりも効果範囲と攻撃力が飛躍的にアップしており、汎用性も非常に高い。
数ある炎属性の攻撃魔法の中にあって派生先が多く、特に最上位魔法・レッドインパクトの構築概念の参照先となる魔法のため、炎属性の魔術師は習得必須とまで言われる重要な魔法である。
・レッドインパクト(炎属性/上級・攻撃魔法)
「焔王の名の下に 勇猛を力に変え 父なる情熱とならんことを 全てを紅に染め 焼き尽くせ レッドインパクト」
四大エレメントの魔法にあって、最高威力を誇る炎属性の最上位魔法。
魔法名に「レッド」と付いてはいるものの、実際には激しい閃光による爆発を伴い、炎色は赤と言うよりは白に近い。
生身で苛烈な灼熱に耐えられるのは、魔法防御に優れる竜族のみとされ、それ以外の者は遺灰すら残す事を許されない。
爆発の派手さから、見る者全てに「衝撃」を深く与える魔法ではあるが、ベースエレメント中最強の攻撃魔法だけあって、威力や構築難易度、魔力消費量も桁外れである。