5−31 素敵な筋書き
「それはそうと……もう1つの気になることですけれど。少し離れた場所から、大量の匂いを感じます……。ただ……」
ナルシェラが屋敷内にいない可能性が高いのであれば、別の場所を探した方がいいだろう。しかしながら、ヒスイヒメが感じた2つ目の「気になること」は、相当に大きな問題のようで……。ヒスイヒメがおずおずと、縋るような瞳でカテドナを見上げている。
「ただ? どうしたのですか、ヒスイヒメ」
「はい……人の匂いに混じって、血の匂いもするのです。しかも、この濃さは1人や2人じゃありません。大勢の人達が、どこかに囚われているのではないかと。ナルシェラ様を追うのを優先するのは、もちろんですけれど。……こちらの人達も、助けて差し上げた方が……」
「処置場」でどんな事がされているのかは不明であったし、肝心の処理場も入り口だけであれば、綺麗なもの。しかしながら、ヒスイヒメの訴えからしても、多少なりの流血沙汰が起こる場所でもあったらしい。
(確かに、ナルシェラ様を探すのが優先……いや。この場合は、ここにいる人達を助けるのも大事よね)
潜入にしては、人が多すぎる気がしていたが。今となっては、大所帯である事が有利に働く。ミッションが増えたとあらば……ナルシェラ捜索と人員救助とを、手分けをしてこなせばいいだけだ。
「でしたら、ラウド様。あなた様のチームには、ナルシェラ様の捜索をお願いしても?」
「承知しました。では……兄上のチームがこちらに残留となりますか?」
「えぇ。リオダ様のチームと一緒に、私が処理場の調査を担当致しましてよ。それと、カテドナ」
ミアレットと同じことを思ったのだろう。ルエルがテキパキとチーム分けを提案し、各人に指示を与え始めた。普段の恋愛脳から察するに、ルエルはナルシェラ捜索をしたがると思ったのだが……ミアレットの予想を裏切り、自分は処理場の調査を担当すると言い出したではないか。
(ルエルさんも、頼りになるわぁ。こういう時に、スパスパっと決めてもらえるのは、楽だわね〜)
リーダーが優柔不断だと部下が苦労するのは、どこの世界でも、いつの世でも同じこと。理不尽な決定でない限りは、多少は強引な方がコトの運びがスムーズである。
「あなたはヒスイヒメを連れて、ラウド様達についていってあげて頂戴。ナルシェラ様を探すのに、ウコバクは必須でしょうから」
「承知しました。しかし、ルエル様は水属性でしたよね? 探索には不向きではないかと……」
ルエルの決定に理不尽は感じないものの、メンバー選考について懸念があるらしい。カテドナが冷静な意見を述べるが、果たして、その通りで……ルエルのベースエレメントは水属性。工夫次第で調査は可能かもしれないが、探索に便利な魔法は使えないと考えていい。しかも、天使の身体能力は翼がある以外は人間とほぼ変わらないし、悪魔のような特殊能力も持ち得ていない。ルエルも、ヒスイヒメがいない場合はターゲット探しに苦労するはずである。
「別に私じゃなくとも、他の方の魔法も含めて考えればいいのよ。まず……兵士の皆様の中に、風属性の方はいらっしゃる?」
いつになく冷静なルエルが、リオダチームの兵士達に声を掛ける。すると、彼らも協力を惜しむつもりはないと見えて……すぐさま、3名の兵士がサッと手を挙げた。
「うふふ、よろしくてよ。それじゃぁ……手を挙げてくださった方の中に、ウィンドトーキングを使える方はいるかしら?」
「え、えーと……自分、一応は使えますが……広範囲の探索は難しいかと」
「右に同じく……。騎士団では戦闘寄りの魔法習得が優先されますので、ウィンドトーキングはあまり練習しておりません……」
「僕も同じです……。申し訳ございません、天使様……」
しかし、手を挙げたはいいものの。ルエルが指定した「ウィンドトーキング」は得意ではないようで、兵士達が申し訳なさそうに俯きがちに答える。
(でしょうねー。ウィンドトーキングは能力向上系の補助魔法でもないし……)
普段から迷宮などの探索任務が多いのなら、ともかく。城の警備や王族の護衛が主な任務の彼らにしてみれば、ウィンドトーキングは軽視されがちなのも、仕方のないこと。むしろ、ウィンドトーキングをバリバリ使えます! ……なんて、言った日には。「探索魔法を何に使うんだ」と、別の含みを勘繰られること、請け合いである。
「あぁ、安心なさいな。ウィンドトーキングを使えないからと言って、責める気はこれっぽっちもなくてよ。ウィンドトーキングが使えないのは、私も同じですし」
答えは芳しくないものの。萎れている兵士達にニコリとエンジェルスマイルを向け、ルエルのご気分は非常に麗しいご様子。しかし、一方でミアレットは彼女の上機嫌の原因をそこはかとなく予測すると、思わず戦慄する。
(もしかして……兵士さん達にわざわざ魔法について聞いたのは、逃げ道を塞ぐためじゃ……?)
そして、クルリとこちらに向き直ったルエルの笑顔に、ミアレットは思い至るのだ。この天使様は任務を優先すると見せかけて、恋愛イベントをガッツリ鑑賞するつもりなのだ……と。
「そういう訳で、ミアレット。風属性のあなたなら……もちろん、使いこなせるわよね? ウィンドトーキング」
「は、はひ……一応は。えっと、それじゃぁ、ディアメロ様はラウドさんと一緒に退避を……」
「そんな訳、ないでしょう! ここは王子様の指揮という名目で、人命救助をするべきですわ! ミアレットとディアメロ様はセットでいてくれなくては、困りましてよ!」
「えぇぇ……? それ、何が困るんです……?」
「愛を深めるチャンスなのに、離れてどうするの! それでもって、困難を一緒に乗り越え……うふふ。我ながら、素敵な筋書きですわ……!」
あっ、これはダメなヤツだ。ルエルさん、暴走ルートにお入りになられた模様。
(あぁぁ……どうして、天使様は揃いも揃って、肝心な時に乙女暴走するんだろう……!)
ミシェルが同行してくれた時も、こんな感じのやり取りがあった気がする。とは言え、ミシェルの場合は「イケメン探し」目的だったので、ミアレットに直接的な被害は出ていなかった。しかし、今回はルエルプレゼンツの風評被害が発生しそうで……ミアレットはもうもう、遠い目をするしかない。
「……ミアレット様。カテドナはお側を離れようとも、ご健闘をお祈り申し上げておりますわ。……頑張って下さいませ」
「えぇぇ〜……カテドナさぁん、行かないでぇぇぇ!」
「ルエル様の決定を覆すのは、無理ですわ。……諦めた方がよろしいかと」
「そんなぁ……!」
ご愁傷様ですとばかりに、首を振るカテドナ。そんな彼女の薄情さに、ミアレットは肩を落とすと同時に……隣から変な声が聞こえてくるのにも気づいて、いよいよ頭も痛い。
「愛を深めるチャンス……! 一緒に困難を乗り越え……よし、行ける!」
「ディアメロ様? ディアメロ様⁉︎ 行けるって、何がです? 一体、どんな妄想してるんですかッ⁉︎」
天使様の暴走もノンストップならば、王子様の妄想もノンストップである。逃げ道を塞がれたついでに、恋愛ルート爆走も待ったなし。
(うわぁぁぁん! どうして、こうなるのよぅ〜!)