1−15 一応は友達ですもの!
ミアレットの不安さえも、カラカラと笑い飛ばし。マモンがいよいよ、「マスター版」だというメモリーリアライズを起動しようとする。しかし、そんな彼らの任務に待ったをかける者があるではないか。
「待ってください! 僕も……僕も、連れて行ってくれませんか!」
ミアレットが縋るような声の主を見やれば。どこか必死ささえ感じられるセドリックが、息も切れ切れに肩を揺らしていた。
「妹の……妹の最後を見届けたいんです……!」
しかし、彼の口から出てきた言葉に、ミアレットは忽ち違和感を覚える。……エルシャを助けたいのではなく、最後を見届けたい? その言葉からするに、彼は既にエルシャを死んだものと考えているようだが……。
「あぁ。お前さんが、噂のエリートお兄さんか?」
「はい! セドリックと言います!」
「んで? 何がどうなって、そんなトチ狂った事を言ってんだ?」
「えっ? だって、身内から深魔が出た場合、縁者であれば討伐に参加できるんですよね……?」
「……」
「縁者」の部分を強調しながら、前のめりにそんな事を言い放つセドリック。一方で、ミアレットの位置からはマモンの背中しか見えないが……彼を取り巻く魔力がピリピリと険を帯びていくのを感じては、危機感を募らせる。
(マモン先生、怒っている……?)
表情こそ、窺い知れないが。彼の立ち姿には、先程までの温厚な雰囲気は微塵もない。しかしながら、悪い事に……マモンの「心変わり」に、肝心のセドリックは気づいていない様子。尚も、一緒に連れて行って欲しいとマモンに言い寄る。
「ハイハイ。……君の言いたいことは、よ〜く分かりましたよ」
「そ、それじゃぁ……!」
「宵の淀みより、生まれし深淵を汝らの身に纏わせん。時空を隔絶せよ、エンドサークル……っと」
「えっ……?」
一緒に連れて行ってもらえる……そんな期待に緩んだセドリックの顔が、マモンが魔法を発動したと同時に、困惑に歪む。
「何故……何故ですか⁉︎」
「さぁて、何故だろうなぁ? その理由……お前さん自身がよぉ〜く分かってんじゃないの?」
「……!」
ドスの効いた、低音ボイス。何もかもを見透かしたようなマモンの言葉に、セドリックはしばらく茫然自失としていたが……。
「とにかく……ここから、出せ! どうして僕が閉じ込められないと、いけないんだ⁉︎」
意外と、セドリックは精神的には逞しいものがある様子。校長先生さえも怯えさせたマモンの迫力に負けじと、エンドサークルの中で喚き始めた。
「出せ……! 出せってば! 僕には、エルシャの討伐に参加する権利が……権利があるッ!」
「あ? お前さん……何を勘違いしてんだ? そんな権利、最初からねーっつの」
「なんだって……?」
「大体さー……誰が討伐するだなんて、言ったよ? この程度の深度なら、エルシャちゃんはまだまだ助かる。……子供は精神的に早熟な分、深魔になったところで、鎮めるのに苦労しねーんだわ。……兄貴なら、妹を簡単に見捨てるなよ」
そう見放されるように言われて、今度は身の程知らずにも、マモンを睨むセドリック。彼の歪んだ視線に、ミアレットはそこはかとない狂気を感じては……ブルルと身震いする。
(もしかして……セドリックはエルシャを見殺しにしようとしたのかしら……?)
でも、どうして? いくら仲が悪いとは言え、エルシャは紛れもないセドリックの妹である。それをいとも簡単に見捨てようとする、セドリックの神経がミアレットには理解できなかった。それでなくても、エルシャも頑張ろうとしていたのを、ミアレットはちゃんと知っている。彼女は、これから頑張るところだったのに。それなのに……。
(こんな事で人生サヨナラだなんて、寂しすぎる……。これじゃぁ、まるで……)
幸せの絶頂で理不尽に人生を奪われた、かつてのマイみたいではないか。
「……あんなの、妹じゃない。成績も性格も悪くて、血が繋がっているだなんて考えるだけで……吐き気がする」
しかしながら、続くセドリックの言葉にミアレットはいよいよ確信する。セドリックは本気で、エルシャを見捨てようとしているのだ、と。そのあまりの冷たさに……ミアレットは冷めるどころか、沸々と腹が熱くなるのを感じていた。
もちろん、ミアレットはセドリックとエルシャの関係性を隅々まで知っている訳ではないし、部外者には分かり得ない、家族ならではの苦労もあったに違いない。だが……そんな内部事情はミアレットは預かり知らぬこと。だからこそ、ミアレットは純粋にエルシャのために怒れてしまうのだろう。
(うわ……やっぱり、超感じ悪ッ! こいつ、クッソムカつくわー……!)
こうなったら、エルシャを何が何でも助けてやろうじゃないの。
高慢ちきな兄上様を、一緒に見返してやらねば気が済まないと……ミアレットは負けじと、セドリックを睨む。そんなミアレットの視線に、セドリックも驚いた表情を見せるが。すぐさまフンと不機嫌そうに鼻を鳴らしては、睨み返してくるのだから、まぁまぁ生意気なこと、生意気なこと。
「とりあえず、お兄様の事情聴取は後回しにするとして。……急がないと不味いのは、確かだな。つー事で、ミアちゃん。エルシャちゃんを助けるの……手伝ってくれっか?」
「……もちろんです。私に何ができるのか、よく分からないけど……精一杯、頑張ります。だって、一応は友達ですもの!」
「よっしゃ、いい返事だ。それでこそ、同行してもらう意味があるってもんだ」
ミアレットの返事に、満足そうに頷くと……仕切り直しとばかりに、白銀の腕輪に手を添えて魔法回路を起動するマモン。すると……エルシャらしい深魔がダラリと脱力したと同時に、彼女の腹の部分からはもうもうと黒い霧が溢れ始める。
「……行くぞ、ミアちゃん。あの先に繋がっているのが、深魔の心理世界……通称・心迷宮だ。ま、そんなに心配すんな。お誘いしたからには、きっちり守ってやるからさ」
「分かりました。……頼りにしてますよ、先生」
そうしてマモンと頷き合うと同時に、目の前で真っ黒な口を開けている「心迷宮」を見据えるミアレット。成り行きで、「特殊祓魔師」のお仕事を体験学習することになってしまったが。エルシャを助けるためにも、ここは頑張らなければと……ひっそりと覚悟を決めるのだった。
【魔法説明】
・エンドサークル(闇属性/初級・拘束魔法)
「宵の淀みより 生まれし深淵を汝らの身に纏わせん 時空を隔絶せよ エンドサークル」
拘束魔法の一種ではあるが、厳密には展開された魔法陣の上に対象を閉じ込める、封印術に近い魔法。
初級魔法のため魔力消費量は低い反面、構築概念が複雑な傾向があり、発動難易度は中級魔法に匹敵する。
エンドサークルが作り出す空間は「小瓶」に喩えられるが、実際には空気は通しても魔力を通さない特殊フィルターを作り上げる魔法である。
閉じ込められた相手は全ての攻撃を受け付けない状態にもなり、錬成度の調整で発動時間を計算すれば、安全地帯の形成手段にもなる。
しかしながら、魔法が発動している間は魔法陣上からは出られない上に、内側からの攻撃もシャットアウトしてしまうため、防御魔法としての使い勝手は微妙なところ。