5−29 お荷物なのは自覚している
リオダの引率に従い、ミアレットはルエルとカテドナ、そして……カテドナと組むことになったという、ウコバク・ヒスイヒメと一緒に、「処理場」とやらの前にたどり着いていた。騎士団の兵士達も同行しているため、かなりの大所帯ではあるが……周辺の探索が終わった後は、他のウコバク+アドラメレク達も合流予定だと言うのだから、力の入れ具合も相当である。
(当然と言えば、当然なのでしょうけど。こんなに大勢で詰めかけて、気づかれないのかしら?)
それでも皆が皆、息を潜めているのを感じるに、できれば気づかれずに侵入したいのは、全員の総意でもある様子。闇に包まれた夜に忍び込むなんて、なんだか泥棒みたい……なんて、ミアレットは思うものの。もちろん、目的は強奪ではなく奪還。つまりは、ナルシェラの救出である。しかし、初っ端から予想外の状況になったため、ミアレットは少しばかり混乱していた。
(今回もアーチェッタ行きだと思ってたのだけど……意外な場所に連れてこられたわぁ)
そうなのだ。「リンドヘイム関連の施設」と聞かされていたものだから、てっきり処理場の所在地はアーチェッタなのだろうと、ミアレットは予想していたのだが。……意外や意外、処理場は何食わぬ顔で、グランティアズ城下街の片隅に位置していた。しかも、外観は貴族の邸宅にしか見えないのだから……事情を知らなければ、怪しむ事もなく素通りしてしまうだろう。
(とにかく、目的地に着いたのだから、頑張るしかないわよね。それに……)
処理場があまりにクリーンな外観をしていたのに、戸惑いつつ。それ以上に注意しなければならない事案があるため、ミアレットは背後の「原因」に話しかける。
「それはそうと、ディアメロ様。ついて来たからには、私の言うことを聞いてくださいね。絶対に、私から離れないで下さい」
ナルシェラが心配なあまり、ディアメロが同行を申し出てたものの……普通に考えれば、彼を同行させるのは無謀である。だが、恐ろしいことに、王子様のご要望がなぜか通ってしまったのだ。もちろん、ミアレットとしても兄を心配する心意気は買ってやりたいものの。剣も魔法も使えないディアメロは、完全にお荷物でしかない。
「……分かっている。きちんと足手纏いにならないよう、注意するさ」
不貞腐れた口調ながらも、ミアレットの忠告を聞き分けるのだから、ディアメロもお荷物なのは自覚している様子。素直ではないなりに、しおらしいディアメロに……ミアレットは仕方のない子なんだからと思いつつも、「初陣」では自分も同じような身の上だったと思い返していた。
(マモン先生と心迷宮に入った時は、私も完璧にお荷物だったし……人のことは言えないわよね。でも、私はマモン先生みたいに強くないし……。ちゃんと出来るかなぁ……)
しかしながら、心迷宮の探索は「関係者」がいた方がスムーズに完遂できるのも、事実ではある。どの道、特殊祓魔師に祭り上げられそうなのだし、ゆくゆくはミアレットも心迷宮の探索に駆り出されるのも、目に見えている。であれば、今回は「関係者」を守りながらのミッションなのだと割り切ってしまった方が、気の持ちようも多少はマシと言うもの。
(とにかく、やるっきゃないわね。それに、これだけ精鋭揃いなんですもの。きっと、大丈夫)
先程までカテドナに抱っこされていたヒスイヒメが早速、庭先でフンフンと鼻を鳴らしている。ナルシェラの匂いを懸命に辿っていると同時に、周囲の警戒も怠っていないらしい。時折顔を上げては、耳を澄ませて……ヒスイヒメが「はて」と首を傾げる。
「……ナルシェラ様の匂いは、やや微弱です。この屋敷からも、それらしい匂いはして来ますけど……どうも、本人のものではないような……。匂いの漂い方から、距離感と……妙な違和感を感じます」
「そうですか。でしたらば……地下にいるのか、隠蔽されている空間に閉じ込められているのかも知れませんね」
ヒスイヒメの探索結果に、カテドナが満足げに頷いている。一方で……ミアレットはどうして彼女がそこまで分かるのか、不思議で仕方がない。
ウコバクの鼻の精度は魔界随一だと説明されてもいたし、犬系の動物であれば嗅覚が優れているということに疑問を挟む必要はない。だが、匂いを嗅いだだけで距離まで把握できるなんて。
「えっと……庭先でフンフンしただけで、そこまで分かるものなんです?」
「ミアレット様が驚かれるのも、無理はありませんわね。ですが、ウコバクの鼻に狂いはありません。彼らの鼻は元々、地獄の釜で使われる油の鮮度を嗅ぎ分けるためのものだと、聞き及んでおりますが……その鼻にかかれば、どの油に、いつ何時に火が点けられたかまで嗅ぎ分けられるのだとか。ただ匂いを追うだけではなく、時間差までを把握できるのが、ウコバクの鼻なのですよ。匂いをたどり、ターゲットがいつまで留まっていたのか。移動したのか、そうではないのか。匂いだけで全てを把握する彼らにかかれば、距離感を掴むことなど造作もないでしょう」
「ほえぇぇ……これまた、凄いですね……!」
カテドナの説明に、誇らしげに胸を張るヒスイヒメ。ミアレットからも賞賛の眼差しを向けられて、ご機嫌である。
(尻尾がピコピコしてる……! うあぁぁ、めっちゃ可愛い……!)
天使様達の間で「マイ小悪魔」と契約するのがブームなのだと、お姉様達の話題にも登っていたが。実際に、「小悪魔(下級悪魔)」の可愛さを前にしたら、その憧憬も納得である。
「しかし……随分と静かですわね。リオダ様。ここは普段から、こんな感じですの?」
「私が知っている限りでも、こんな感じでしたよ、ルエル様。きっと、先方も目立つことは避けたいのでしょう。外観も普通ですし、周囲との馴染み具合も隠蔽工作の一環ではなかろうかと」
「あぁ、そういう事ですのね。理解致しましたわ。いずれにしても、ナルシェラ様の匂いが認められた以上……ここは踏み込むしかなさそうですわね」
ちょっぴり自慢げなヒスイヒメの鼻によれば……匂いは薄いものの、処理場からは確かにナルシェラの残り香が漂ってくるらしい。そうともなれば、ここは潜入一択。招かれていようと、招かれていまいと。とにかく、お邪魔してしまうに限る。
「と、いう事で……皆さん、行きますわよ。ふふ……いっそのこと、コソコソなんぞせずに、ドカンと暴れてしまうのも一興かしら?」
「……ルエル様。ここはできる限り、穏便に済ませた方がよろしいかと。夜更け過ぎに大騒ぎしたらば、近所迷惑です」
「……」
しかし、お邪魔するついでに暴れていいとは、誰も言っていない。
カテドナが示した、極めて常識的な理由を前に黙り込むルエル。敵陣を前に、気持ちが昂るのは無理ならざることかも知れないが……勢い余って大暴れしようとするのだから、やはり天使様は危なっかしい生き物である。
【登場人物紹介】
・ヒスイヒメ(炎属性/闇属性)
暴食の最下級悪魔・ウコバクの1人。プードルに似た姿を持つ、小悪魔。
普段は親玉のベルゼブブさん邸で暮らしており、天使と悪魔との交流サロンの管理を任されている。
7人いるウコバクの紅一点で、全体的にユルユルな彼らにあって、珍しいまでのしっかり者。
女子ならではの美意識の高さもあってか、モフモフの手入れも欠かしておらず、特に頭のモコモコが自慢らしい。