5−27 天地がひっくり返っても、あり得ない
「ミアレット! 兄上を見なかったか⁉︎」
夕食までは、自由にしていいと……豪華すぎる自室に戻ったミアレットは、いつもながらに魔法の勉強に励んでいたが。彼女の集中力を途切れさせたのは、慌てに慌てた様子のディアメロであった。
「ディアメロ様、どうしたんです? えぇと、ナルシェラ様には今日はまだ、お会いしてませんけど……」
「そ、そうか……。実は……」
「実は?」
「兄上がいなくなったんだ」
「……へっ?」
ナルシェラがいなくなった? それはまた……どうして?
「確か、ナルシェラ様は兵士さん達の所に行っていたんですよね? そちらにはいないんですか?」
「……それが、いないんだ。ラウドによると、兄上はとっくに訓練場を出ていたらしい。兵士や使用人達も総出で探してくれているが、未だに見つからなくてな……」
なんでも……ラウドは道中の護衛を申し出たが、城の敷地内を歩くくらいで大袈裟だと、ナルシェラが断ったそうな。他の兵士達も彼らのやり取りを見聞きしているため、ナルシェラが訓練場を後にしたところまでは、彼の所在は確認できている。
「どこに行ってしまったんだろう……」
「ステフィア様の所に行った……はあり得ます?」
「いや、絶対にないな。天地がひっくり返っても、あり得ない」
「ですよねー」
ディアメロはいつもの調子で、キッパリと言い切るが。一方で、相当にナルシェラを心配していると見えて、あぁでもない、こうでもないと……その場でブツブツと不穏な予想を口走っては、勝手に悩みを深くしていく。
(王子様達は、兄弟仲も悪くないのね。……って、今はそんなことを考えている場合じゃないわ)
頭を抱え始めたディアメロは、どうやら自責の念に駆られ始めたらしい。ウンウンと唸りつつ、「こんな事になるんだったら、一緒に訓練場に行けば良かった」等と口走っては、よくない方向へと予想を急発進させ始めた。
「兄上、意外とドジなところがあるから……どこかで転んで、頭を打ったのか⁉︎」
「それだったら、とっくに誰かが見つけていると思いますけど……」
「だとしたら、訓練に疲れて、行き倒れているんじゃ……」
「いや、それも同じでしょうに……。お城の中で行き倒れているんだったら、見つかりますって」
「……それもそうか」
ミアレットの指摘をすんなり受け止めつつも、ディアメロは悪い想像を止められない様子。一方、ミアレットは咄嗟に答えた内容に、万が一の可能性に気づく。……勢いで、「お城の中で」と言ってみたが。人海戦術を駆使して見つからないとなると、外に出ている可能性が高いのではなかろうか。
「……ディアメロ様」
「なんだ、ミアレット」
「もしかして、ナルシェラ様……攫われたりしてませんよね?」
「それはない……いや、言われれば確かに……。これだけ皆で探しても、見つからないんだ。……城の外にいると考えた方が自然か……?」
いくら「ドジなところがある」らしいナルシェラとて、長年住んでいる城内で迷う事はないだろう。だとすれば、誰かに攫われたか、連れ出されてしまった可能性を考える方が自然だ。
(一国の王子様がいなくなった時点で、大問題な気がするわぁ。それはさておき……ナルシェラ様を攫うことで、得する人は誰かしら……)
ナルシェラがいなくなって、得する人間。そうともなれば、真っ先に候補に挙がるのは、ディアメロであろうが……それはないだろうと、ミアレットは首を振る。
ディアメロが野心家で、ナルシェラを蹴落としてでも王になりたいと息巻いているのであれば、あり得るが。王位に対する執着は、微塵もなさそうだ。王位継承とは別に、ミアレットを婚約者として取り合っている現状はあるものの、それが原因で仲違いしている雰囲気もないし、王子様達には互いに出し抜こうなんて狡猾さも見受けられない。
(内緒話はエックス君でって決めている時点で、なんだかんだでいい子よね、王子様達も。相手を亡き者にしようなんて、卑怯な真似はしない気がする……)
オロオロしている彼がナルシェラを葬るのは、それこそ天と地がひっくり返ってもなさそうだ。
そんなことを考えつつ、ミアレットがディアメロを改めて見やれば……可哀想に、どんどん悪い想像を膨らませてしまったのだろう。彼はいよいよ涙目になって、鼻を啜っているではないか。
「グスっ……! 兄上に何かあったら、どうしよう……!」
(あっ、これは絶対にないわ。ディアメロ様がナルシェラ様をなんやかんやするの、絶対にないわー)
ミアレット的には、容疑者候補から外れたディアメロを慰めつつ……背中をさすってやるものの。そうされて落ち着く反面、またもよろしくない方向に想像を膨らませたらしい。ディアメロが絶望的な表情で、なかなかにハードかつ、現実的なことを呟く。
「まさか……兄上は実験台にされているのか……?」
「えっ?」
「ほら、例の処理場だよ。どんな実験をしているのかは知らないけど、僕達はこれで……女神・シルヴィアと同じ血筋はある。だから……魔法は使えなくても、僕達の血統は研究の面からしても、貴重なはずだ」
「あっ、そういう事ですか……」
ゴラニアの魔法能力発現は、血統に左右される。そして、グランティアズの王族は女神・シルヴィアを輩出した血統でもあるため……魔法が使えない現状はさておき。可能性だけを考えれば、最上級の血統であることは間違いないだろう。
「でしたら……善は急げです。カテドナさん達にも、相談しましょ。そんでもって、すぐに処理場とやらにカチコミを決めてやるのです!」
「カッ、カチコミ……?」
「あっ、要するに殴り込みって事ですよ、殴り込み! ここはいっちょ、派手にやってしまいましょ!」
「な、殴り込み……?」
綺麗な世界で生きてきた王子様には、ミアレットの凶暴な俗語は通用しない。一応、ディアメロにも「殴り込み」の意味は分かるものの。……ちょっぴり物騒なニュアンスに、ディアメロは涙を引っ込めると同時に、腰も引けている。
(頼もしいのは、いいんだけど……ミアレットは意外と、手が出るタイプなのか……?)
王子様達は繊細な上に、想像力が豊かでいらっしゃる。フーフーと鼻息を荒げるミアレットを前にして、ディアメロは処理場で大暴れする少女を想像しては……プルリと体を震わせた。