5−24 デキるメイドさんは、報連相も抜かりなく
怪我の功名、というワケではないが。リオダが大臣派に属していたお陰で、処理場の場所は判明している。しかしながら、リンドヘイム聖教絡みの施設ともなれば、魔法戦になることも想定せねばならないのだと……ハザール王はまたも嘆息し、渋い表情を崩さない。
「……そんな事情もあり、場所は把握済みではあるのだが。かの処理場が魔法絡みの施設だった場合、我らはあまりに非力だ。無論、こちらにも魔法を使える者もいるにはいるが……全員ではないのが、実情でな。だからこそ、魔法のプロ集団でもある、魔法学園側にも助力をお願いしたい。……頼めるだろうか」
「もちろんですわ、ハザール王。そもそも、我々の派遣はローヴェルズの魔力調査の一環でもありますの。魔法絡みの研究をしているとなれば、処理場とやらも調査しなければなりません。ですので……こちらとしても、断る理由はなくてよ」
ナディア妃の横から、ルエルがアッサリと承諾するが。しかして、了承ついでに追加情報も忘れないのだから、ルエルもつくづく抜け目がない。
「それに、つい先ほど……魔法学園側からも、調査対象の追加指令がありましたわ。カテドナから、怪しい2人組が城に入り込んでいると報告が上がっている事もあり、こちらも体制強化を決めましたの」
「えっ? そうだったのです? ……カテドナさん、いつの間に相談したんですか?」
「ミアレット様がお食事されている間に、副学園長様にメッセージをお送りしました。何かあればすぐに相談するよう、言われておりましたし……ルエル様にも知らせが入っているとなると、学園長様にも話を通してくださったのでしょう」
デキるメイドさんは、報連相も抜かりなく。ミアレットの意図を汲んで、最初は副学園長へ相談してくれたのだろうが、相談先のアケーディアはカテドナの報告に急を要すると判断したのだろう。ルエル(天使側)にも指令が下っている時点で、ルシフェルにも話が行っている……つまりは、重要度も高いと考えるべきか。
「怪しい2人組……? もしかして、ステフィアの後ろにいた奴らか?」
「はい。多分ですけど……あの人達も人間じゃないと思います……」
「そうだったのか? でも……言われれば、確かに。あのステフィアがやり込められていた気がするし、タダの使用人でもなさそうだったな」
ステフィアへの接し方に違和感を感じていたのは、ディアメロも同様だった様子。普段から高圧的にメイド達にも接していた、彼女のこと。撤収を促されて、大人しく従うなんて事はあり得ないそうだ。
「いずれにしても、そのような輩が入り込んでいる時点で、私達もただ傍観しているつもりはなくてよ。言われずとも、親友のご家族を守るのは当たり前のことですわ」
「まぁ〜! ルエルさん、頼もしいわ! やっぱり持つべきは、天使の親友ですわね!」
「えぇ、もちろんよ。任せておきなさい!」
「持つべきものは親友」。それを否定するつもりはないが。天使の親友は普通に持てるものではないだろう。
(やっぱり不安だわぁ……。ハザール様のお願いは聞いてもらえそうだけど……)
天使が絡むと、不安要素が積み重なるのは何故なのだろう。ミアレットはこの世の不可解な理不尽をヒシヒシと感じながら、お茶で手を温めつつ……生気のない目で虚空を見つめることしかできない。
***
「それで? お前達はおめおめ逃げ帰ってきたと?」
「すっ、すみません、リキュラ様……」
ステフィアごと、サイラック邸へ帰還できたはいいものの。メローとガラが事の次第を報告すると、リキュラが静かに……しかし、しっかりと怒りが滲ませ、2人を睨む。それでも、問題児を引き上げてきたのは正しい判断だったと、一応は労いの言葉を掛けるが。
「しかし、困りましたね……。まさか、ミアレットとやらがアドラメレクレベルの悪魔を従えているなんて。……とんだ、想定外です」
「えぇと……リキュラ様は、知ってるんすか? あの娘の事を……」
「……まだ、詳しくは存じませんがね。例の魔法学園で随一の魔力適性を持つ、優等生だとまでは聞き及んでいます。しかし、一介の生徒にそこまで手厚く護衛をつけてくるとなると……向こう側にとっては、秘蔵っ子でもあるのでしょう。本当に忌々しい限りです」
口調は丁寧だが、やはりリキュラは怒っているらしい。ギリと奥歯を鳴らしたかと思えば、彼の顎からこめかみにかけて、黒い葉脈のような血管がピクリと浮き上がる。
「リ、リキュラ様。……黒脈が出てるっす」
「おっと、いけない。失礼しましたね」
ガラの指摘に、すぐさま顔色を取り繕うリキュラではあったが。緩やかに調子を取り戻しつつも……メローとガラの敵前逃亡を許すつもりはないらしい。彼ら2人に挽回のチャンスを与える事を口実に、難易度の高い指令を下し始めた。
「仕方ありません。お前達にはもう一度、チャンスを与えましょう。……リンゴに逆戻りしたくないのであれば、王子・ナルシェラを攫ってきなさい」
「ナルシェラって……えっと、どっちでしたっけ?」
「青い瞳の方ですよ。彼らは歳が近い上に顔が似ているので、間違えないようにしてください」
リキュラが何気なく寄越した情報に、2人は思案げに虚空を見つめる。
青い瞳の方……だとすると、午前中に廊下ですれ違った王子はもう片方なのだろう。そこまで考えて、まだチャンスはあると踏んでは、メローとガラは互いに頷き合う。
「あっ、だとすると……俺達の顔、そっちにはまだ割れてないな」
「そうだな。ステフィアも今日の奴はディアメロって呼んでたし……」
リキュラの命令に従うのならば、グランティアズ城に逆戻りをしなければいけないという事であり……つまりは、エリート悪魔(+天使)が屯ろしている危険地帯に行かなければいけないという事である。
それでも、2人はようやく手に入れた自由を返却したくはないと考える。どんな危険が伴おうとも……食われるだけの境遇にだけは、戻りたくない。
「了解っす。そんじゃ……ナルシェラを掻っ攫ってきます」
「人間1人を攫うだけなら……多分、なんとかなるでしょうし」
やや頼りない返事ではあるが、メローとガラはやる気に満ち溢れている様子。リキュラはそんな2人の背中を見送るも、1人に戻った執務室で不気味に独り言ちる。
「……行きましたか。しかし……やはり、所詮は試作品でしかありませんね。まぁ、いいでしょう。……ナルシェラさえ手に入れば、あの程度はいくらでも捨てて構いませんし」