5−22 鬼に金棒ならぬ、天使に個人情報
「うふふ……それにしても、浅はかですわね。これで逃げられたと思っているのかしら? ね、ルエルさん」
「そうですわね、ナディア様。……先程の名簿があれば、仕返しし放題ですわ。是非に、気が向いたらご用命くださいませ」
「えぇ! そうさせていただくわ!」
リオダが重々しく、いよいよ2つ目の理由を喋ろうとしているのに。メイド達へのお仕置きをし足りないのか、ルエルとナディア妃が黒い笑みを浮かべている。2人で無邪気にはしゃぐ姿は、可愛らしい限りだが。……お話は物騒すぎて、全くもって可愛くない。
(先程の名簿……って、メイドさん達の個人情報だよね、多分……。なんだか不穏な雰囲気なんだけど……。ルエルさん、暴走しないわよね……?)
きっと、メイド達は無事に敵前逃亡せしめたと思っているのだろう。……だが、お生憎とナディア妃は逃亡したメイド達の身元も押さえているらしい。しかも、その情報をルエルに横流ししているのだから、始末に悪い。
鬼に金棒ならぬ、天使に個人情報。ルエルにこっそりと金棒(個人情報)を握らせるナディア妃の所業に、ミアレットは薄寒いものを感じてしまうのだ。天使や悪魔を敵に回すのも大概だが、情報を握っているナディア妃も厄介な相手に違いない。
(とりあえず、実行に移さなければ問題ないかなぁ……?)
それでなくとも、実行犯は確実に地獄を見ているはず。メイド服だけではなく、記憶にも異臭がこびり付きそうな悲劇に見舞われたのだから……現時点でのルエルの追撃はないと思いたい。それでも、万が一に荒事になりそうならば……ルシフェルに相談しておくのも、一考か。
「ナディア。今はメイド達への仕返しよりも、相談が先だ。……悪巧みは後にしなさい」
「あっ、それもそうですわね。ごめん遊ばせ」
流石に、これ以上話を中断するわけにはいかないと思ったのだろう。隣からハザール王がナディア妃を諌めるものの。「悪巧み」を否定しない時点で、確信犯であるのも恐ろしい限りだ。
「リオダ……続きを」
「ハッ。2つ目はステフィア嬢の恫喝に関することでして……」
ミアレットはメイド達の行く末を、微妙な方向から心配してしまうが。リオダが語った「2つ目の理由」の想像を絶する有様に、その程度の心配では生ぬるかったと、すぐさま認識を改めざるを得なかった。なぜなら……。
「イライザによると、ステフィア嬢はメイド達を意のままに従えさせるために、常々、非人道的な罰を仄かしていたようです」
「非人道的な罰……?」
「ステフィア嬢は気に入らなかったり、任務に失敗したメイド達を処理場送りにすると脅していたとか。そして、その処理場というのが……おそらく、リンドヘイムに関連する実験施設と思われます」
リンドヘイムの実験施設。その字面だけで、嫌な予感がモクモクと充満していく。
「処理場送りが脅しになると言うことは、やっぱり……?」
「もしかしたら、血生臭い実験をしているのかもな。だったら、いくら苦労されられたメイドが相手とは言え……人を実験に使うなんて、許せないことだ」
ミアレットが濁した言葉を、アッサリと引き継ぐディアメロだったが。彼は彼で、リンドヘイムの強引な布教活動に、国民が巻き込まれていて困っていると零していた事を考えても、民思いの王子様でもあるのだろう。憮然とした表情と語気からしても、一応は自国の民でもあるメイド達が必要以上に苦しむのは、望んでいなさそうだ。
(ディアメロ様は意外と、国民の事を考えているのね……。まぁ、そうじゃなきゃ、兵士さん達にあんなに慕われたりしてないか)
初対面の印象はただただ、高慢ちきな王子様ではあったが。こうして接してみると、真っ当な感性の持ち主である事も見てくる。少なくとも、興味本位でお仕置きと言い出さないだけ、ルエルよりは常識人であろう。
(それにしても……やっぱり、リンドヘイム聖教はヤバい人達の集まりだったっぽい……)
マーゴットからも、リンドヘイム教徒が周辺住民への嫌がらせ(というよりは脅迫)紛いの改宗を強要していたと、話が出ていたが。もし、処理場とやらで実施されているのが人体実験だった場合は、改宗どころの騒ぎではない。
「それで? 実際にどんな事をしているのか……分かっている事はあるのか?」
「詳細は調査予定ですが……ディアメロ様がおっしゃる類の実験をしている可能性も、あるかと……」
「処理場とやらの場所は……流石に、辞表には書かないか。だとすると、最初は所在地の確認からか……」
「……実は所在地は判明しております」
「えっ? そうなのか? まさか……辞表にそんな事まで書いてあったのか?」
「い、いえ。そうではありませんが……」
調査に意欲的なディアメロに対し、やや歯切れの悪いリオダ。ハザール王が相談を持ちかけてきたのは、調査そのものが難航しそうだからなのだろうと、ミアレットは漠然と考え始めていたが。どうも、その限りではないらしい。
「それ以上は厳しいか? リオダ」
「大丈夫です、陛下」
「いや、いい。……ここからはやはり、余から説明しよう。お前に内情を喋らせるのは、酷だったか」
「……申し訳ございません」
短いやり取りの後、ふぅ……と長い息を吐きつつ。ハザール王が重々しく口を開く。努めて淡々と……それでいながら、端々で言葉を選んでいる語り口。そうして、王が語る内情に……ミアレットは「あぁ、そういうことか」と納得せざるを得ない。
(騎士団のタウンハウスの話が出た時に、大臣と騎士団に何があったのか、ちょっと気になっていたけれど。……リオダさんとラウドさんも、大臣に振り回されていたのね……)
リオダとラウド。2人は腹違いの兄弟だと、聞かされてもいたが。リオダの母方の生家はサイラック家の遠縁に当たるらしく、兄の騎士団長登用は身内大好きなガラファドの意向によるものだった。一方でラウドの母はクージェ出身ということもあり、弟はサイラックとのしがらみに関わることなく副団長として兄を支えていた。だが……。
「ガラファドはラウドの存在が面白くなかったようでな。それでなくとも、ラウドは実力もある上に、直情的過ぎる。そのせいか……当然のように、大臣側の使用人と揉めたのだ」