5−21 魔法を使えない僕
「つまり……お前は、魔法を使えない僕を馬鹿にしないと?」
平民として生きてきたミアレットの答えに、ディアメロが恐る恐る更なる質問を投げる。平民相手に何を委縮しているのだろうかと、ミアレットは思ってしまうものの、今までのやり取りから、彼の怯えもそこはかとなく理解できるというもので……。
(いつも自信満々に見えるのに……。ディアメロ様は魔法絡みになると、途端に弱気になるのね……)
この様子からするに、ステフィア達に散々「魔法が使えない事」を理由に、馬鹿にされてきたのだろう。であれば、ここは断固として「そんな事はない」と言ってやらねば。それこそ腹立たしいと、ミアレットは尚もキッパリと応じる。
「どうして、そんな事をしないといけないんです? だって、魔法を使えないのはディアメロ様のせいじゃないでしょう? 頑張れば誰でも魔法が使えるんだったら、話は変わってきますけど。魔法は努力で使えるものじゃないですし。本人のせいじゃないのに馬鹿にするなんて、それこそ馬鹿馬鹿しいですって」
「そうか。そう、だよな……!」
今度は心から安心したように破顔するディアメロ。よく分からないが、感極まってしまったようで、目頭を抑えている。
(だ、大丈夫かな? リアクション、大袈裟なんですけど……!)
またも余計な好感度を稼いでしまったのだろうかと、ミアレットは斜め上の心配をしてしまうが。そんなミアレットの憂慮を知ってか、知らずか……息子の様子に、安定の興奮加減でナディア妃が素っ頓狂な声を上げ始めた。
「メロちゃん……! 本っ当に、良かったわね! ミアレットちゃんとなら、私達も上手くやっていけそうですわ! あぁぁぁ! こんな夢の様な日がやってくるなんて……! 私、感激でしてよ!」
「……メロちゃん? 夢の様な日……?」
「はい、母上! 僕はようやく、理想の相手に出会えました!」
「えぇ、そうね、そうね! メロちゃん、おめでとう!」
「りっ、理想の相手⁉︎ しかもディアメロ様もメロちゃん呼び、否定しないんですねッ⁉︎」
ナディア妃の勢いで、とうとう理想の相手認定までされてしまったらしい。リオダの報告が中断されてしまっているのにも関わらず、テーブルのお向かいからキャッキャとはしゃぐ王妃の様子に王様は元より、騎士団長様まで嬉しそうな顔をしているではないか。
(うあぁぁぁ……! 確実に埋められてる……! 外堀、マッハで埋め立てられてる……!)
この調子だと、本丸ごと干拓地になる日も近いだろう。
「あのぅ……それはともかく、今はリオダさんのお話を聞く方が先では……?」
「……それもそうか。すまない、リオダ」
「いえ……ふふっ。でしたらば、続けさせていただきますね」
理想の相手問題から、話題を逸らす事には成功したものの。リオダが笑いを噛み殺しているのを見ても、全面的に受け入れられてしまった様子。ハザール王もニコニコしているし、話の腰が折れたことは、誰も気にしていないらしい。
(……本題からズレても、この調子……。あぁぁ……先が思いやられるぅ……!)
「ふふふふっ……!」
(しかも……楽しんでますね? そうですよね? カテドナさん……!)
背後から聞こえる堪え笑いに、ミアレットはまたもゲンナリしてしまうが。カテドナも楽しそうで、何よりである。
「では……僭越ながら、話の続きをば。辞職したメイド達の性根が腐っていたのはさて置き、イライザというメイドの辞表にだけ、少々込み入った内容が書かれておりまして。どうやら、今回の一斉辞職は彼女が他のメイドにも2つほど、とある内容を共有したのが発端のようです」
「とある内容……?」
「はい。まず、1つ目ですが……。ステフィア嬢が天使と悪魔を敵に回しているため、巻き込まれるのは御免だから、逃げ出します……と。その上で、他のメイドにも辞職を勧めたので、王族の皆様も自分達の世話は自分で見てください……ザックリ要約すれば、こんなところです」
「……僕は、あいつらにきちんと世話をされた覚えはないんだが?」
「そうですよね。この辺りからしても、私達がいなくなったら困るでしょう? ……という驕りが見て取れますね。我々としては、いなくなっても困らないのですが」
「まったくだな。むしろいなくなった方が、風通しもいいし、気分もいい。本当に、何様のつもりなんだか」
ステフィアが天使と悪魔を敵に回している……のは事実であるし、カテドナの「お仕置き」の顛末を知っていたらば、当事者でなくともスムーズに予想できる内容だろう。
3人のメイドを軽々と爆弾ごとお届けした時点で、カテドナが人間ではない=悪魔だろうという事は、すぐに知れたこと。その上で、そんな悪魔が人間界にいるとあらば。悪魔の背後に契約主の天使がいるだろうことは、ゴラニアにおける常識の範囲である。
(だけど、性根が腐ってる認定されているなんて思っていないんだろうなぁ……)
一斉辞職の原因の一端が自分の付き人にあるとなれば、責任を感じなければならないのだろうが。ミアレットとしては、王子様と騎士団長様に言われ放題な現実に、彼女達が若干不憫になってしまう。責任を感じなくていい気楽さはあるものの……もし、自分が同じ様にいなくなっても困らないなんて、言われた日には。ミアレットは立ち直れない自信がある。
「……ガラファドの手の者がいなくなったのは、我々としては喜ばしい事なのかも知れん。おそらく、イライザとやらが示しているのは、ルエル殿やカテドナ殿のことだろう。いずれにしても、ミアレット嬢のおかげで憂いが1つ減ったとあらば、我らとしては感謝の意に絶えんよ。これからも、愚息達をよろしく頼む」
「はひっ⁉︎ い、いえいえいえ! あっ、ありがとうございますぅ……?」
しかし……しかし、である。メイド達がいなくなったお陰で、ダンディキングの謝意(と渋〜い笑顔)を頂けたとあらば。ミアレットは責任を感じるどころか、変なテンションで舞い上がってしまう。……さりげなく、王子様達をよろしく頼まれた気がするが、ここは景気良く返事してしまうに限る。
(あはぁ……! 今日のダンディ成分、いただきました……! ごっつぁんですッ!)
旨味も渋味もマシマシな王様のご尊顔を拝見できるのなら、食事が冷めている事なんてノープロブレム。ミアレットは王様と一緒に食卓を囲める事に、ついぞ心の中で小躍りしていた。
「リオダ様のお話振りからするに、1つ目は大した問題にはなりませんでしたか?」
そんな風にミアレットが内心でフィーバーしているのも、露知らず。カテドナが少しばかり、気忙しげにリオダに尋ねる。メイド達へのお仕置きについて、やり過ぎたと思ったのか……いつも以上に、彼女の声色に緊張が含まれているが。
「えぇ、もちろんですよ、カテドナ殿。メイド達をやり込めたことに関しては、何の問題もございません。それに、2つ目の理由はあなた様達が原因ではないでしょうし……」
「左様でしたか。では、その2つ目の理由とは……?」
だが、彼女の緊張の理由は自分が原因かも……という心配からくるものではなく、どうやら2つ目の理由が気になるからであるらしい。ミアレットと王子様の恋路を楽しむことこそすれ、カテドナはいつでも仕事には忠実なのであった。