5−20 力に溺れてはいけないのです
ステフィアがひっそりと窮地を迎えつつある一方……ミアレットは食後のお茶の温かさにほっこりしていた。お食事が冷めていて今ひとつだった中、このお茶の丁度いい温かさが身に沁みる。
(あぁぁ……お茶はとっても美味しいわぁ。……お食事については、魔法学園側に相談してみようかなぁ……)
クッキングシステムを借りられれば、いいのかも知れないが。それができるのかどうかは、ミアレットには分からない。それに、下手に料理を勝手に用意してしまうと、この城のコックが泣きそうである。
(それはともかく……王様達は仲がいいのね。まぁ……王妃様はいつも通り、ハイテンションみたいだけど……)
話を聞きかじる限り、今まではメイド達がいたせいでここまで弾けられなかったらしい事も、漏れ伝わってくる。メイド達の逃亡は自前の使用人がいる王妃様にしても、「いいコト」だったのだろう。遠慮なくルエルと仲良くお喋りができて、殊の外、嬉しそうだ。
そんな「お目付役」が不在となった、昼食後の穏やかな歓談で。話の延長なのかはさておき、意外にもナディア妃ではなく、ハザール王がミアレット達に話しかけてくる。
「ところで、ミアレット嬢に……ルエル殿と、カテドナ殿と申したか。少し、そなた達に相談したい事があるのだが。良いか?」
穏やかな空気から、一転。ハザール王の真剣な眼差しからするに、「ご相談」はそれなりに重々しい内容のようだが。……ミアレットは不意打ちのダンディボイスに、興奮を抑えるのが精一杯だった。
(グハァッ⁉︎ 渋みがヤバい! 尊みがヤバ過ぎる! そんな顔で見つめられたら、キュンキュンしちゃうじゃないですかぁ⁉︎)
渋み増し増しなナイスミドルの憂い顔。大好物を目の当たりにして、ミアレットは荒ぶる鼻息を抑えつつ……居住まいを正しては、コクコクと頷く。……ここで声を出したら、変なイントネーションになってしまうに違いない。
「ステフィア嬢のメイドが一斉辞職したのだが、とある1名の辞表に気になる内容があってな。魔法学園側にも話を入れておいた方が良いかも知れぬ」
「魔法学園側に……ですか? だとすると、深魔絡みでしょうか?」
「深魔に絡むかは定かではないが……魔法技術に関して、不穏さを匂わせる内容であることには、相違なかろう」
そこまで話したところで、ハザール王が背後に控えていたリオダに話の続きを促す。そうされて、リオダも短い返事で応じると、粛々と事の次第を説明し始めた。
「退職理由は概ね、ステフィア嬢のお世話に疲れた……と、安定した内容ではありましたが。それでも、一斉辞職はなかなかに珍しいケースです」
「お世話に疲れた」を安定した辞職理由と断じられる時点で、ステフィアのワガママ加減は相当レベルだったのだろう。それでも給金がいいのと、大臣の息がかかった貴族出身という事もあって、彼女達の離職率はそこまで悪くなかったらしい。とは言え……。
「……まぁ、そのメイド達も性格に難があったのも事実ではありますね。ステフィア嬢から受けたストレスは別の従者へ嫌がらせをすることで、発散していたようです。ステフィア嬢と一緒に、下位のものを虐める事を楽しんでいたのは否めません」
「うわぁ……」
彼女達の出自が貴族なせいか、はたまた、大臣の威光が強力なせいか。リオダによると、大臣の口添えなしで雇用されている従者はメイド達の八つ当たりの標的になっていたそうな。特に魔法を使えない平民階級出身者への嫌がらせは、魔法任せの暴力沙汰になる事もあり……見かけた兵士達が慌てて止めに入る程だったとか。
「それ、罪になるんじゃ……」
「普通はそうだよな。僕もそう思う。だが……この城じゃ、大臣の意向1つで有罪が無罪になるんだ。あいつらには一般人の法律や概念は通用しない」
理不尽に痛めつけても、暴力を振るっても、許される。平民ならば、魔法を使ってやり込めても構わない。
ステフィアやそのメイド達は大臣の権威を振りかざして、相当にやりたい放題に振る舞っていた様子。
「それにしたって、おかしいです……。魔法は弱い者イジメをするために、使っていいモノじゃないのに……」
だが、魔法学園で「魔法がどんな力か」を教わってきたミアレットには、彼女達の魔法の使い方が気に食わない。
確かに、魔法は特別な力だ。誰でも彼でも使える力ではないし、魔力適性を持つ人間は決して多くない。そして、そんな魔法を使える「魔術師」が特別な存在なのだと錯覚してしまうのも、無理ならざる事ではある。しかしながら、「特別な力を持っている」事がイコールで「人間としても優れている」とはなり得ない。
「その通りですね。……魔法は特別な力であると同時に、責任を伴う能力でもあります。魔法の深淵を知るには、その力に溺れてはいけないのです。……ふふ。ミアレット様は、よく心得ておいでですね。非常に感心ですこと」
「えぇぇ……? この程度で感心されましても。結構、当たり前の事ですよね?」
何かにつけ、ミアレットを持ち上げがちなカテドナが嬉しそうに応じるが。2人のやり取りに、納得の表情を浮かべているのはルエルだけだ。その他の皆様は何故か、非常に驚いた様子でミアレットを見つめている。
「え、えっとぉ? 皆様……どうされました?」
「今の考え方は、当たり前……なのか?」
「今の考え方……? あぁ! 魔法は弱いものいじめに使っちゃダメ、ってところです? もちろん、当たり前だと思いますよ? 魔法は危ない力なんですから。加減を間違えたら、相手を傷つけるだけじゃなくて、取り返しのつかない事にだってなっちゃうんです。それなのに、自分より弱い相手に魔法を向けるだなんて。そんなの、魔術師失格です!」
「そ、そうか……」
ちょっぴりプリプリしながらミアレットが答えると、ディアメロは拍子抜けした様子。兄と同様、あっけに取られた顔さえ、涼やかなのは流石ではあるが。ミアレットには彼がそこまで驚く理由が分からない。
「私……変な事、言いました?」
「いや、そうじゃないんだよ。僕は基本的にこの城の中でしか、生活してこなかったから、知らなかっただけで……外の世界では、魔法を使えなくても馬鹿にされたりしないんだな?」
「そうですね。魔法を使える方が珍しいですし……それに、ほら! 実際に、ディアメロ様達もいらしゃった孤児院の子達ですけど。私以外はみんな、魔法は使えませんよ?」
「そうだったのか?」
「そうですよ〜。それでも、みんな一緒にのびのびしてます。魔法が使えるかどうかなんて、平民には関係ないですね。魔法を使えないからって、相手を馬鹿にする理由にならないです」
カーヴェラでは平民人口が圧倒的に多いのだから、魔法は使えない方が当たり前。貴族達の中には、傲慢な者も多いが……そもそも彼らは生活しているエリアが異なるので、日常的な諍いや、嫌がらせはあまりない。それでなくとも、アーニャやティデルからも魔法が使えることを鼻にかけてはいけないとキツく言われていたし、ミアレットは「中身が大人」なお陰で、彼女達の教えに反発も覚えなかったのだ。