5−19 お先真っ暗、バッドエンドまっしぐら
昼食をご一緒し損ね、ステフィアの不機嫌は絶頂を迎えつつある。しかしながら、今の彼女の周りには八つ当たりできる相手もいない。このやり場のないイライラを、どこにぶつければいいのか……八つ当たり以外のストレス解消法を知らないステフィアには、難しい問題でしかなかった。
(本当に腹が立つわ……! どうして、この私がこんな目に遭わないといけないのかしらッ⁉︎)
背後にお目付役がいる手前、癇癪を起こすわけにもいかないので、仕方なしに内心で不満をぶちまけるものの。……当然ながら、腹が立つばかりで腹は満たされない。
「……ところで、メロー。あのメイドだけど……」
「あぁ。本格的に、ヤバいみたいだな。……あの様子だと、こっちの素性も気付いているっぽいし……」
「だよなぁ。全く。考えなしの能無しが。余計な相手に喧嘩を売りやがって……」
「なっ……! 私は何もしていなくてよ⁉︎ それはどういう意味ですの⁉︎」
しかし……タダでさえイライラしているところに、背後から悪口が聞こえてくるとなれば。ステフィアは黙っている事も、大人しくしている事もできない。クルリと後ろに向き直ると、迫力満点の目力で青年2名を睨みつけるが……。
「そのままの意味だよ、この能無し。……お前、完全に詰んでるぞ」
「だ、だから! 何がですの⁉︎」
「さっきのカテドナとか言うメイドだが。あの盾を見る限り……ありゃ、中身はアドラメレクだ。俺達2人掛かりでも、勝てねー相手だな」
「アドラメレク……?」
「そ、アドラメレク。魔界の上級悪魔で、憤怒の軍隊の中でもエリートだった気がする。んで……そんなエリート悪魔がこんな所にいるとなりゃ」
「天使と契約済み……つまりは、あいつのバックには天使もいるってこったな。要するに、お前は天使と悪魔の両方を敵に回してるんだよ。あのミアレットとかいう小娘に、ちょっかいを出したせいで」
詰んでるな。完璧に詰んでるな。人生、お先真っ暗、バッドエンドまっしぐら。
そうしてメローとガラはステフィアを半ば無視して、かつ、どこか見せつけるようにコソコソと話を進めていたが。最後は2人で示し合わせたように肩を竦め、「ダメだこりゃ」とお手上げポーズをして見せる。
「つーことで、能無し。俺達はあんたを見捨てる事にしたよ」
「はっ? 見捨てるって……どういう事ですの⁉︎」
「リキュラ様から言われてたのは、あんたが余計な事をしないように見張れってだけで、アフターフォローのご命令まではいただいていない。あんたの尻拭いをするつもりもないって事」
「よーするに。とっくにやらかしてた時点で、これ以上はあんたを見張る必要もないって事さ。手遅れな相手を見張ってて、巻き添えを食らっても面白くないし。だから、ここからは好き勝手に没落していけば、いいんじゃない?」
「ぼ、没落……? この私が……?」
没落なんて。そんなもの、誰が好き好んで望むというのだろう。
今の今まで人生に暗雲が立ち込めているどころか、曇り始めていることさえ、気付けなかったステフィアだったが。流石にメローとガラの指摘のインパクトには、参ってしまった様子。いよいよその場でヘナヘナとへたり込んでは、涙を流し始める。
今までの彼女であれば、彼らが嘘をついているだけだと強がることもできただろう。だが、ステフィアはあのメイド……カテドナの並外れた威圧感を体感したばかり。それが故に、メローとガラの話が嘘ではないことくらいは、理解できてしまう。そして……。
「わ、私が悪かったわ! いくらでも謝るし、これからは大人しくしているわ! だから、助けて頂戴! 没落なんて、嫌よ!」
見当外れの謝罪をし始めるが……。
「いやいやいや、謝る相手が違くね? これだから、能無しは」
「俺達にはお前を許す義理も、助けてやる理由もないんだけどー。もうちょっと、頭を使えよ、頭を」
ステフィアの遅すぎる後悔をアッサリと否定して。メローとガラはより一層、ステフィアが救いようもない事を確信する。
「……とにかく、ガラ。急ぐぞ」
「おぅよ。こんな危なっかしい場所に、長居する必要はねぇよな」
座り込んだままのステフィアを気遣う事もなく、2名の青年は尻尾を掴まれる前に、撤退するつもりらしい。しかし、そんな「危なっかしい場所」に残される方は、堪ったものではない。彼らが冗談抜きで自分を助けてくれないとなれば、ステフィアはいよいよ頭を低くして「助けてちょうだい」と懇願する。
「お願い……この通りよ! 何でもするから、助けて……!」
「フゥン……? なぁ、どうする、ガラ。こいつ、"何でもする”って言ってるけど」
「うーん……どうしようかぁ。リキュラ様によると、こいつ……魔力適性もそこそこみたいだし。正直、使い道がないんだよな」
「そこを何とか……!」
散々な言われようである。しかしながら、自身の保身が最優先。今のステフィアには、癇癪を起こす余裕すらない。今までであれば、「お父様に言いつけてやるんだから!」と、誰彼構わず伝家の宝刀を抜きまくっていたが……メローとガラには「お父様の権威」が通用しない以上、ステフィア自身には彼らに示せる優位性も、強制力も存在しない。
「お願いします……! この通り……!」
だから、経験したことのない屈辱を押し殺し、彼らの靴底と同じ高さまで頭を下げて。ステフィアは誠心誠意、助力を乞う。
悪魔はともかく……天使に目をつけられたらば、人間は平穏に生きていく事はできない。この世界は彼女達の監視下にあるのだ。その事がすぐに死に直結しないにしても、「天使に刃向かった愚か者」のレッテルを剥がす事は難しいし、愚か者に向けられる人々の視線は冷たいものになるだろう。
父・ガラファドの庇護下で悪い意味で伸び伸びと育ったステフィアは、その類の視線を感じた事はまだなかったが。天使に敵視されている・されていないに関わらず……ゴラニアの民にとって、リンドヘイム聖教は嫌われ者であり、愚か者であると言うのは隠れた共通認識である。ステフィアの日常は大臣の権威でメッキされていたため、直接的にその事を痛感させられる事はあまりない。だが……「外の世界」において自分達がどんな存在であるかは、ステフィアもそこはかとなく、知っている。
この世界で天使の怒りを買えば、タダでは済まない。悪魔以上に恐ろしいのは何を隠そう、天使の方だ。
そして、リンドヘイム聖教教徒は天使の怒りを大量購入してしまった、「関わってはいけない人種」。だからこそ、人々が彼らとの交流を避けようとするのは当然であった。それが故に……関係者から見放されれば、確実に惨めな人生が待っているのは、ステフィアも想像できると言うもので。天使から見放されるかも知れないとなった、今。ステフィアが頼れるのは、婚約者ではなく同じ穴の狢だけである。
「仕方ないなー。そんじゃ、手助けくらいはしてやるか」
「本当⁉︎」
そんな同じ穴の狢だと思われる、ガラから前向きな答えが降ってくれば。縋るように顔を上げる、ステフィア。
「とりま、サイラックに帰るところまでは、面倒見てやるよ。……何でもする、って約束だしな」
「え、えぇ! もちろん! 私にできる事だったら、何でもするわ!」
「……だってさ。ガラ、聞いた?」
「うん、聞いた、聞いた。……ククッ、こいつは楽しみだな」
そうとなれば、善は急げ。サッサと帰るぞと、2名に促され。意気揚々と彼らに付いていくステフィアであったが……。彼らが提示した希望がぬか喜びである事を、舞い上がっているステフィアは気づけないままだった。