5−18 素直になれないお年頃
「言わせておけば……! さっきから、私を馬鹿にして! こうなったら……」
「はーい、そこまでにしておきましょう、お嬢様。……これ以上、ご迷惑をかけないでください」
お父様に言いつけてやるんだから! ……と、ステフィアは決め台詞を叫ぼうとするものの。背後からゾワリと掛けられた冷たい声に、背筋を即座に凍らせる。
タダでさえ空腹でイライラしていたところに、ディアメロが「生意気な態度」を取るものだから、ついついヒートアップしてしまったが。自分の背後に難物が控えている事も思い出し……ステフィアは悔しそうに唇を噛みつつ、後ろに下がった。
「あぁ、この度はウチのお嬢様が本当に、申し訳ありませんねぇ」
「心配しなくても、後は俺達が面倒見るんで。とりま、ここは撤退させていただきますね」
先程まで黙っているばかりと思われた、ステフィアの従者と思われる青年がヘラヘラと応じつつ、ステフィアに撤収を促す。そうされて、ステフィアは最後に「フン!」と忌々しげに鼻を鳴らしては、ズンズンと廊下を引き返して行くが。……その様子がどこか精一杯の抵抗にも見えて、ミアレットは違和感を募らせていた。
「……いつもながらに、不愉快な思いをさせてすまないな」
ステフィアの背中が、廊下の角を曲がったところで……疲れた様子のディアメロが肩を落とす。不愉快なのは自分も同じだろうに。それでも、ミアレットこそを労ってくるのだから、意外にもディアメロは気遣いが細やかな性分らしい。
「不愉快だったのはディアメロ様も、でしょう? でも、良かったのです? ステフィアさん、怒っていたみたいですけど……」
「構わないさ。どうせまた、僕の方は反抗的で生意気だ……なんて言われて、反省文を書かされるだけだろうし」
「反省文って、子供じゃあるまいし……。それに王子様相手に、魔法まで発動しようとした時点で、反省文を書かないといけないのは、向こうの方な気がしますけど……」
「まぁ、普通はそうだよな。でも、仕方ないだろ。昔から、大臣とステフィアには王族の常識は通用しないんだから」
これまた皮肉めいたことを言いつつ、気を取り直して……と、ディアメロがミアレットの歩みを促す。しかし、ミアレットは食事よりもステフィアの従者が気がかりで、気もそぞろだ。
(それはそうと……カテドナさん。気付きました?)
(もちろんですわ、ミアレット様。あの使用人達は、厄介な相手と見受けられます)
(……ですよね。ステフィアさんよりも偉そうな感じでしたし……)
先に食堂に入っていくディアメロの背後で、ヒソヒソと気になった事をカテドナにも尋ねてみるミアレット。しかして、やはりカテドナも彼らの存在に違和感を感じていた様子。彼女がなかなか警戒体制を解かなかったのは、彼らが原因だったのだと、ミアレットもしかと悟る。
「とりあえず、ミアレット様。折角のお誘いですから、まずはお食事を楽しむことを優先された方が良いかと」
「そうですよね。それに、カテドナさん達がいれば、大抵のことは大丈夫でしょうし……」
「もちろん。ミアレット様達がご心配召されることは、何もございませんわ。とは言え、人手不足も考えられますので……アケーディア様にもご一報を入れておきます」
「あっ、是非にそちらでお願いします。……ルエルさん経由だと、恋愛脳なお姉様が増殖するだけになるかもですし……」
「ふふっ……承知しました」
イタズラ好きとは言え、カテドナは要点も心得ている。ルエル経由であれば、やってくるのは天使のお姉様になってしまうのだから、悪魔側に助力を乞うた方が変な心配をしなくて済む。そのことをカテドナも重々承知と見えて、楽しそうに笑いつつも……しっかりと配慮も示した。
(やっぱり、相談はカテドナさんにした方が無難そうだわぁ……)
もちろん、天使のお姉様達も頼りになるのだが……如何せん、変な方向に暴走しがちなのが、非常にいただけない。緊迫した状況で、下らない悩みまで追加されるのはご勘弁願いたいのが、ミアレットの本音である。
「どうした、ミアレット。早く来いよ」
「あっ、すみません! すぐに行きます!」
カテドナに任せておけば、とりあえずは余計な心配をする必要はなかろうかと、ミアレットが安心していると。食堂の入り口から顔を出し、ディアメロがミアレットを急かす。王子様は少しばかり不服そうな顔をしつつも、自分が差し出した手に、ミアレットが素直に手を載せれば。……照れ隠しのつもりなのだろう。ツンと顔を上げて、プライドを保ちつつも……しっかり目元は嬉しそうに細めている。
(ディアメロ様のこれは……ツンデレなのね? そうなのね?)
強引ながらも、意外と気遣いが細やかなディアメロは、何かと素直になれないお年頃の様子。それでも、ミアレットに好かれようと必死なのは、何となく分かると言うもので。
(……ま、まぁ、嫌われるよりはマシなんでしょうけど……。ただ、ルエルさんの前で、それはやめてほしいわぁ……)
食堂に入った途端、自分達に刺さる視線に、ミアレットはたじろいでしまう。……それはそうだろう。何故かは知らないが、ナディア妃にピッタリとくっついているルエルが、興味津々とばかりにミアレットを見つめているのだから。
(あぁぁ……やっぱり、面倒な事になりそうかもぉ……!)
言葉こそないが、彼女が前のめりでミアレット達の一挙一動を見逃すまいとしているのは、明白で。それでなくとも、ディアメロはルエルの視線の意味に気付いていない。彼が宣言通りに甘やかしてきた暁には、どんな妄想劇が神界を駆け巡るのか。そちら方面の心配が大き過ぎて、ミアレットはまたも頭を抱えたくなる。
「ふふっ……」
「カテドナさん……この状況も楽しんでますね? そうですね?」
「ご想像にお任せしますわ、ミアレット様」
「くっ……!」
ご想像にお任せされた結果、どう転んでも楽しんでいるようにしか思えないのだが。どうも、カテドナはミアレットの防衛任務には忠実ではあるものの……恋愛イベントに関しては、積極的に首を突っ込むつもりもないらしい。いや、むしろ……暴走しがちなルエルを放置しているのを見ても、彼女自身も余興として楽しんでいる様子。そうなれば、こちら方面は自分自身で防衛するしかなさそうだ。
(あぁぁ……マモン先生みたいに、変な話をでっち上げられないといいんだけど……)
なお……ミアレットは知っているのだ。かの大悪魔様は、天使のお姉様達が勝手に作り上げた「カップリング妄想劇」で大迷惑を被っていることを。彼女達の妄想を本気にした奥様に浮気を疑われて、自分は何も悪くないのに、彼女のご機嫌取りに必死になっていたことを……よーく知っている。
「……ミアレット、大丈夫か? もしかして、苦手なものでもあったか?」
「い、いえ! そういうワケではなくて……」
気がつけば、ミアレットの目の前にはいかにも豪華な昼食が並んでいる。見たところ、苦手なものはなさそうであるし……何より、ディアメロを心配させてもいけない。そうして、手前のスープを口に含むミアレットだったが……。
「……」
「どうした? やっぱり、嫌いなものでもあったか?」
「えーと……このスープは冷めているのが、普通なのです?」
「そうだな。……毒味後なものだから、僕達の口に入る頃には冷めているのが普通だな」
「そうなんですね……」
王族の食事というのは、美味しさはあまり伴わないものらしい。豪華でもないし、飾らない外観であったとしても。温かく、具沢山だったアーニャのスープの方が数百倍美味しく感じる。
(これが庶民感覚……いや、そうじゃないわ。……王様達だって、温かい食事の方が良いに決まっているじゃない)
ハザール王もナディア妃も……そして、ディアメロも。冷めた食事に疑問を持つこともなく、静々と口に運んでいるが。ミアレットも彼らに倣い、一応は食事を口にするものの……やはり、あまり美味しくない。
(とりあえず、こちらはちゃんといただかなくちゃ……)
折角の食事とディアメロの配慮を無駄にしないためにも、粛々と食事を口に運ぶミアレットであったが。心の端で王様達の食事も改善したいと、こっそり思うのだった。