5−17 恥の上塗りもまだ足りない
集中力も判断力も、論外。
カテドナの呟きに、屈辱でワナワナとステフィアは身を震わせるものの。ディアメロ相手に「魔法を使えない分際」等と大口を叩いていた手前、魔法不発では格好もつかない。
「……とにかく、もういいか? さっきも言った通り、お前の食事は用意してないんでな。兄上も不在だし、お前を誘う理由もない」
「ナルシェラが不在って……どういうことですの?」
「さぁな。僕も詳しく知らないし、お前に伝える義理もない。サッサと自室か……或いは、サイラックに帰れよ。お前がいなくたって、誰も困らない」
そうして「シッシ」と手をヒラヒラさせて、ステフィアを追い返そうとするディアメロ。そんな彼の様子に、少し言い過ぎではないかと、ミアレットは心配してしまうが……。
(この強気さは、ルエルさんやカテドナさんの影響なのかなぁ……。聞いていただけでも、王子様達は相当に窮屈な思いをしていたみたいだったし……)
魔法が使えないことを理由に、王子達はステフィアを言い負かす事もできずに我慢してきたのだ。「今日は随分と、生意気なのね?」とステフィアが言っていた事からしても、昨日まではディアメロもある程度は従順だったのかも知れない。
しかし、言いなりになるのも昨日まで。カテドナがメイド達を鮮やかに撃退せしめ、グランティアズ城内のパワーバランスが僅かに崩れ始めた今。……ディアメロはこれ以上のワガママは迷惑だと、反撃に転じることにしたのだろう。
(それに……アハハ、そういう事。ステフィアさんはディアメロ様じゃなくて……カテドナさんが怖いのね)
ステフィアは尚も、悔しそうにディアメロを睨みつけているが……一方で、カテドナの威圧感に怯えている様子。咄嗟に盾を呼び出した手腕といい、呼び出された盾の異質な存在感といい。いくら「判断力が論外」なステフィアでも、彼我の差くらいは肌で感じられるというもの。
だが一方で……そのカテドナはステフィアではなく、彼女の背後に佇む2名の青年に神経を注いでいる。今の今まで沈黙を守っているのを見る限り、積極的にステフィアの味方をするつもりはなさそうだが……。
(彼らは……精霊でも、悪魔でもなさそうでしょうか……? しかし、この感じは……)
異質な空気を感じると、カテドナは盾を引っ込める事もなく、警戒も緩めない。
確かに、ステフィアは丸ごと論外であるため、カテドナが神経を注ぐに値しない。だが……ステフィアの後ろに控える彼らは、素通りしていい小者ではなさそうだ。随分と力を抑え込んでいるようだが……悪魔であるカテドナにはハッキリと分かる。彼らの中に渦巻くのは、ただの魔力ではなく……後ろ暗い瘴気であると。
「カテドナさん? 大丈夫ですか……?」
剣呑な空気を撒き散らし続けるカテドナに、違和感を感じるミアレット。カテドナの表情に僅かな焦りを見出しては、心配そうに声を掛ける。
「え、えぇ。問題ございません、ミアレット様。何があろうとも、このカテドナ……あなた様と王子様の御身は、守り抜く所存です」
「それは頼もしい限りですけど……とにかく、行きましょう? この様子だと、もう大丈夫だと思いますし……」
「……左様ですね。私とした事が。この程度の相手に、本気を出すまでもありませんでしたね」
ミアレットに取りなされ、カテドナがようやく盾と一緒に警戒体制も引っ込める。そうして、半ばステフィアを無視する格好で、ディアメロの案内に従うが。勢いも出鼻も挫かれ、もう突っかかってくる事もないと思われたステフィアが、通り抜けざまに見当違いな暴論をぶちまけてくる。……どうやら、ステフィアの方は恥の上塗りもまだ足りないらしい。
「あぁ、それはそうと……明日から、あなた達と同じフロアに住むことにしたの。明日の朝はきちんと私を起こしに来るよう、ナルシェラにも伝えておいて頂戴。……とりあえず、今日のところはお父様にも言わないでおいてあげるわ」
「は? 誰に何の許可を得て、そんな事を言ってるんだ?」
「あら。この城で私が許可を求めないといけない相手は、いなくてよ? 別に深い理由なんて、ないわ。ただ、ナルシェラと一緒に住むのも悪くないと思っただけですし。有難いと思うことね」
先程のやり取りで、どこをどう有り難がればいいのだろう?
あからさまに自分勝手なステフィアの言い草に、ミアレットとカテドナは呆れ果ててしまうが。それはディアメロも同じこと。今日から生意気になった王子様は、毅然とステフィアの要望を却下する。
「何がどうなったら、その結論に至るんだか……。有り難みは皆無に等しいし、お前なんぞと一緒に暮らせなんて言われた日には……兄上が自殺しかねない。僕も迷惑だし、絶対にお断りだ」
「なっ……何よ、その言い方は! 折角、私が歩み寄ってやろうと思って……」
「……いや、そうじゃないだろ。メイドが全員逃げ出したから、兄上を頼ろうって魂胆だろう?」
「メイドが逃げ出した……ですって? それ……本当ですの? 誰の許可で、そんな事が……!」
「なんだ、知らなかったのか? 今日付で、大臣が手配したメイドは全員辞めていったぞ? 因みに、辞職に関しては父上が承諾しているから、心配するな」
ディアメロによれば、大臣……ではなく、なぜかリオダの執務室の机上に、辞表が堆く積まれていたそうで。騎士団長の机が選ばれたのは、大臣が不在だったから……というよりは、大臣が相手では受理されないと判断したのだろうと、ディアメロは結ぶ。
「まぁ……僕達は元から専属のメイドはいなかったし、母上には実家から連れてきている使用人もいるし、大して困らないが。ミアレットはどうだ?」
「私も大丈夫です。身の回りの世話くらいは、自分でできますし。それに……メイドさんはこの通り、とっても頼れるお姉様が付いていますから。でも、ディアメロ様達にメイドが付いていないとか。あり得なくないですか?」
「仕方ないだろ。この城では、大臣が一番偉いんだそうで。メイドにも何かにつけ干渉されて、困ってもいたんだ。だから……これを機にいなくなって、清々したよ」
大臣の娘には専属メイドがいるのに、王族にはメイドが付いていないなんて。ここまでくると、王族を軽んじすぎている気がしないでもないが。ディアメロの口ぶりからしても、彼女達の存在は窮屈さの一因でもあった模様。むしろいない方が好都合……という事のようだ。