5−16 責任を感じちゃうわぁ
(ヴっ……! どこもかしこも豪華過ぎて、落ち着かないんですけどぉ……!)
予告通りにお迎えにやって来た、カテドナに連れられて。ミアレットはこれまた、「顔パス」であれよあれよという間に、新居へと流されるままに辿り着いたが……準備万端とディアメロに案内された部屋は、目が眩む程に広々として豪華絢爛な空間だった。
流石は元・王妃様の自室だけあって、バス・トイレも個室で完備されていれば、寝室と居室も別れていて、どこをどう活用してもスペースが余りまくっている。更に、使用人室までしっかりとくっついているとあらば。ルエルやカテドナの目論見もカバーされており、ミアレットはもうもう、ぐうの音も出ない。
「気に入ったか?」
「はいぃ……私には勿体無い部屋ですぅ」
絞り出すようにミアレットが返事をすれば、「そうだろう、そうだろう」と満足げに頷くディアメロ。
ミアレットが戸惑っているなんて、思いもしないのだろう。母親を移動せしめ、見事に任務を完了したディアメロは尚も胸を張っているが。部屋の案内もそこそこに、続け様にランチのお誘いもしてくるのだから、宣言通りにミアレットを甘やかすつもりでもあるらしい。
「さて……と。落ち着く間もなくて、悪いんだが。そろそろ、昼食の時間だ。ランチをご一緒するついでに、食堂に案内するぞ。ついて来い」
「あっ、もうそんなお時間なんですね。それはそうと……お食事は皆様、ご一緒なんですか?」
「あぁ、基本的には全員一緒なんだが……兄上は朝から騎士団の訓練場に行ってて、不在でな。朝食も向こうで食べてたし、昼もあっちで済ませるそうだ」
「そ、そうなんですね……」
ナルシェラが訓練場に通っているのは、間違いなくミアレットの影響だろう。ナルシェラは本気で、ミアレット好みの「渋い男」を目指そうと、ダンディのお手本達に揉まれに行っているのだ。
(意外と、ナルシェラ様は思い込みが激しいのかもぉ……)
そこまで気合を入れなくてもいいのに……と、ミアレットは虚空を仰いでは、フゥと息を吐く。
ミアレットはナルシェラが頼りないとは言っていないし、趣味嗜好に合わせろと無理強いしたつもりもないのだが。少しでもミアレットの理想に近づこうと、ナルシェラは張り切っているのだろう。
(うーん……なんだか、責任を感じちゃうわぁ……)
ミアレットは自分の趣味は隠しておくべきだったかと、ちょっとした後悔に苛まれている。万が一にでも、ナルシェラに怪我でもされたら、それこそ居た堪れない。
一方で、そんな兄の心変わりの理由なぞ、ディアメロは知る由もなく。彼が「はて、奇怪な」と首を傾げている背後で……カテドナは意味ありげにニコニコするばかり。彼女が注釈を入れないのを見るに、ディアメロにはミアレットの趣味嗜好は伏せておくつもりらしい。もちろん、ミアレットの後悔も放置プレイだ。
「……」
「……って、どうしました? ディアメロ様」
あれやこれやと王子様達への接し方について、ミアレットが悩んでいる横で、突如ディアメロが歩みを止める。そんな彼の視線を追うように、ミアレットも廊下の先を見つめれば。向こうから、いかにも気が強そうな吊り目の令嬢がやってくるのが目に入った。
「……これはまた、嫌な奴に出くわしたな……」
まるでミアレットを背後に庇うように、ディアメロがズイと前に出る。そうされて、向こうもこちらに気づいたのだろう。いかにも鼻持ちならない様子で、話しかけてくるが……。
「あら、ディアメロではありませんか。これから、昼食なのでしょう? 是非に私もご一緒させていただきますわ」
「……あいにくと、お前の分は用意していない。相手をしてやるつもりもないし、お前なんぞとご一緒したくない」
「なんですって? あなた……このステフィアにそんな事を言っても、いいのかしら? お父様に言いつけて差し上げましてよ?」
「勝手にしろ。……いい加減、その脅し文句も聞き飽きた」
彼らの会話からするに……彼女がかの大臣の娘らしい。ディアメロが突き放すように接しているのを見ても、彼自身も相当にステフィアを嫌っている事が窺える。
「……行くぞ、ミアレット。あぁ、心配しなくても、お前の分はちゃんとあるからな。……父上も母上も、お前には会えるのを楽しみにしていたし」
「は、はい……」
それはつまり……ステフィアに会うのは楽しみにしていない、という事だろうか?
やや皮肉混じりの言い回しをしながらも、ミアレットの手を取り、ディアメロがステフィアの横を素通りしようとする。しかし、当然ながら……大臣のご息女は黙っていないワケで。こちらはこちらで、嫌味な様子で突っかかってくる。
「なるほど? そっちの小娘が、例の平民ですのね? まぁ、嫌だ嫌だ。何よ、その見窄らしい真っ黒な格好は……」
「ミアレット様の衣装は、魔法学園の制服ですわ。ミアレット様は非常に優秀な魔術師でございますので、既に最上位の黒いローブを与えられております。地味なワンピースをお召しのあなた様には、お分かりにならないでしょうけれど」
「なっ……!」
ステフィアの言い分に、喧嘩を売られたと思ったのだろう。カテドナが慇懃な口調でステフィアの黄土色のワンピースを示しては、フンと小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「……そう言えば、今日は随分と地味な格好をしているな? いつもなら、もっとケバケバしい服を着ているのに」
「そうなのです?」
「あぁ。こいつは普段、兄上の公費で買い込んだ派手な色のを着ているんだよ。とは言え……大臣似ののっぺり顔じゃ、服に着られている感じしかしなくて、そっちはそっちで不自然だったがな」
「別に、今日のワンピースは私が選んだものじゃなくてよ! しかも……何よ! 今の言い草だと、普段から私が不恰好みたいじゃない!」
「……実際に、普段から不恰好だったろうに。お前が無様なのは、今に始まった事じゃない」
「アハ……アハハ……! ディアメロ……今日は随分と、生意気なのね? 魔法も使えない分際で、よくもまぁ……!」
ビシビシと眉間に皺を寄せたステフィアは、色んな意味で迫力満点だった。父親似らしい目元ばかりが鋭い面立ちは、まるで目の周りの造形だけに注力したよう。鼻筋は丸く、口元はコンパクト。目だけが目立って不釣り合いな容貌であることは、ミアレットも何となく理解できるが……。
(……って! この人……こんな狭い場所で魔法を発動するつもり⁉︎)
こんな状況で、ステフィアの顔立ちに気を取られている場合ではない。
薄い唇で器用に詠唱を始めるステフィアの思惑に気づいて、カテドナが音もなくミアレットとディアメロの前に躍り出た。対するカテドナは防御魔法に頼らずに、2人を守るつもりらしい。左手に重厚な盾を呼び出したかと思うと、すぐさま構える。しかし……。
「輝く芽、地を讃え、土の吐息を槍と成さん! ディムス……キュゥゥゥゥ……」
「はいっ?」
「ゔ……そう言えば、まだ何も食べていないのでしたわ……」
ステフィアの魔法はあまりに情けない音で途切れ、不発に終わる。その様子に、盾を構えているカテドナが脱力すると同時に……呆れ気味に呟いた。
「こんな場所で魔法を使おうとするのも、大概ですが。腹の虫如きで、詠唱も完遂できないなんて。魔法を使える、使えない以前に……集中力も判断力も、論外ですわね」
【武具紹介】
・ヨルムケープ(闇属性/防御力+44、魔法防御力+201)
魔法学園が用意している制服のうち、最上級品とされる魔法の外套。ミアレットの初期装備。
闇夜のような漆黒は、魔界由来の染料・スメラギビンロウによるもの。この特殊な染料で染め上げることにより、魔法防御効果を大幅に高めている。
魔法学園の制服扱いではあるが、成績優秀者に特別に与えられる装備でもあるため、本校登学時に支給される制服の一式に含まれていない。
なお、ミアレットのケープはアーニャが特別に用意した品物であり、一応は学園公認で支給されている。
・アドラメレクの鉄壁(闇属性/防御力+155、魔法防御力+162)
憤怒の上級悪魔・アドラメレク達が愛用している大盾。
憤怒の軍隊において、戦士の証として授けられる装備品でもあるため、この盾を所有することをアドラメレク達は何よりも誇りに思っている。
憤怒の領域のマグマで鍛えられた鋼鉄に、マグニスクロサイトとフロストサイトとで装飾を施してあり、物理防御力・魔法防御力共に高性能な一枚。
また、重厚な鋼鉄の塊は相手にぶつけるだけで、下手な鈍器よりも凄まじい破壊力を発揮する。
【補足】
・スメラギビンロウ
魔界の霊樹・ヨルムツリーの葉や樹皮から採れる染料。
根から葉まで真っ黒なヨルムツリーは、瘴気と一緒に魔力も大量に蓄えており、その大樹から生み出されるスメラギビンロウもまた、高い魔法効果を引き継ぐ。
この染料で染められた繊維は高い魔法防御力が付与されるが、同時に瘴気をも含むため、扱いには注意が必要。
魔法学園で扱っているスメラギビンロウ染めの装備品は瘴気浄化作業を経ており、装備者に悪影響を及ぼすことはない。
【魔法説明】
・ディムスピア(地属性/初級・攻撃魔法)
「輝く芽 地を讃え 土の吐息を槍と成さん ディムスピア」
土や鉱物を槍状に整え、飛ばすことで、対象を貫く攻撃魔法。
錬成度を高めると、槍の鋒がより鋭く磨かれ、その数も多くなる。
初級魔法と言えど効果範囲が広く、汎用性の高い魔法であるが……広範囲魔法の例に漏れず、攻撃力はやや控えめ。