5−12 性悪なダメ人間認定されてますよぅ!
ナルシェラが訓練場で決意を新たにしている一方……午後のお茶のアテが外れ、不機嫌極まりないステフィアは淑女にあるまじき大股で、ズンズンと廊下を進んでいる。
「お父様が応接間を使えないようにしてくださったはずなのに……! どこに行ったのかしら⁉︎」
ナルシェラとディアメロがお茶会を開くらしい。しかも、相手はカーヴェラ視察で見つけた町娘。魔力適性はあるそうだが、平民である。
ディアメロはともかくとして、ナルシェラは自分の婚約者……否、金蔓であり、宝飾品だ。華やかな彼さえいれば、自分は飾り立てていても悪目立ちしないし、公費も好きなだけ使える。それをポッと出の平民娘に取られそうとなれば、ステフィアの不興は頂点に達していた。
それに、あろう事かナルシェラもディアメロも、平民を婚約者にと望んでいる……しかも自分を差し置いて、そんな小汚い平民とお茶会をしようとするなんて。面白くない、全くもって面白くない。だから、平民には高貴な城(ステフィアは自分の居城だと思っている)に足を踏み入れる資格さえないのだと、思い知らせてやろうと思ったのに……。
「何ですの、この有様はッ⁉︎ ヴっ……ひどい臭いですわ……!」
しかしながら、イライラしながら自室に入ったステフィアが目にしたのは、任務に失敗した汚物まみれのメイド3人衆の姿だった。
「す、すみません、ステフィア様……」
「平民の従者に……やられまして……」
「……何ですって?」
平民に従者がいるだって? それは、何の間違であろうか?
だが、事情を深掘りする前に、この惨状をどうにかしなければ。そうして、ステフィアは荒々しくベルを鳴らすと、他のメイド達を呼び出す。
「とりあえず、このゴミを片付けてちょうだい」
「かっ、かしこまりました……」
呼び出されたメイド達も、あまりの惨状に呻き声を上げつつ……相手が大臣の娘ともなれば、従わざるを得ない。一方のステフィアは忌々しげに顎でメイド達を示すと、自身は「あぁ嫌だ」とハンカチで口元を覆い、顔を背けている。
「まずは湯を用意すれば、良いでしょうか?」
「違うわ」
「えっ?」
「私はゴミを片付けろと言ったのよ。……平民相手に遅れを取る能無しはいらないわ。丸ごと、捨ててきてちょうだい」
「そんな……!」
「ご慈悲を! 次は必ずや……!」
ただ、ステフィアの命令通りに意地悪をするだけだったのに。返り討ちにされたメイド達がステフィアの無慈悲な命令に、涙も垂れ流すが……安っぽい雫では、ワガママ娘の憐憫を買うことはできなかった。
「うるさいわね! ゴミはゴミらしく、捨てられていればいいのよ! 心配しなくても、大丈夫よ。……お父様の所であなた達のような生ゴミも、きちんと引き取ってもらえるから」
「ひっ……!」
ステフィアの言わんとしていることを、まざまざと理解しては……自分達の行く末を悟ると同時に、真っ青な顔でブルブルと震えるメイド達。それは当事者だけではなく、周囲のメイド達も同様である。
「ステフィア様、それはいくら何でもあんまりかと……」
そうして、勇気ある1名がステフィアを諌めようとするが……。
「私の言うことが聞けないの⁉︎ サッサとなさい! それとも……あなたも捨てられたいのかしらッ⁉︎」
「もっ、申し訳ございません!」
ステフィアの癇癪を前にしたらば、僅かばかりの勇気なぞ、出したところで無駄である。彼女に逆らえば、自分もタダでは済まない。……それを痛いほど分かっているからこそ、周りのメイド達はむせかえる様な臭気にも耐え、静々と掃除をし始める。
「本当に汚らしいったら、ないわ! そうね……こういう時は、お風呂でゆっくりするのが一番ね。……イライザは、私のために湯を用意しなさい」
「かしこまりました。あぁ、そう言えば……ステフィア様」
「何かしら?」
「そろそろ、お化粧品がなくなりそうです。新しいものを注文しておきましょうか?」
「そうだったわね。えぇ、頼むわ」
もう耐えられぬとばかりに、ステフィアはいそいそと浴室へと移動する。そうして、イライザと呼ばれたメイドも彼女に追従しては、一緒に移動するものの。
「……」
「どうなさったの?」
廊下の途中で、イライザが足を止めては眉を顰めているではないか。そんな彼女の手元には、ルルシアナ商会から貸し出されている注文用タブレットが握られている。
「ステフィア様。化粧品の注文ができません……」
「はっ? それは一体……どういうことかしら⁉︎」
「注文IDが抹消されましたとあります……。おそらく、何らかの理由で注文が差し止められているものかと……」
「ちょ、ちょっと、貸しなさい!」
……天使様達の情報網は濃厚であり、伝達速度は驚異的である。
当然ながら、ステフィアが知らぬ裏事情ではあるが。ステフィアへのお仕置きに燃えるルエルが、善は急げとリッテルへとメッセージを飛ばしていたのだ。そして、彼女達のやり口に怒り心頭の奥様から旦那様へと、事の顛末が伝わった結果。これまた迅速に、ステフィアの注文IDの凍結が完了していたのである。
「何かの間違いじゃないの⁉︎ 私程、この化粧品を使うに相応しい人間はいないでしょうに! ここはちゃんと文句を言ってやらなきゃ! ついでに、最優先で化粧品を納品させるわ!」
イライザからタブレットを引ったくるように強奪すると、ステフィアは注文用タブレットの右下にある「万が一、不良品があった場合は」の呼び出しボタンをタップする。そうして、担当者が応じてくれるのを聞く限り……まだ、お問い合わせは受けてもらえるらしい。
「はい、お問い合わせありがとうございます! こちらはルルシアナ商会コールセンター・ラズですよぅ!」
「ちょっと、私の注文IDが無効になっているんだけど⁉︎ どういう了見かしら⁉︎ 何かの間違いよね⁉︎」
「えぇと……少々、お待ちくださいね。あっ、これは間違いじゃないですよぅ! ステフィア・サイラック様のIDは永久凍結されてますね〜」
「はっ? 理由は⁉︎ 理由はちゃんとあるんでしょうね⁉︎」
タブレット越しに、これでもかとばかりに怒鳴るステフィア。しかし、ラズと名乗った担当者はステフィアの怒声に怯える様子もなく、間延びした声ながらも……ズバズバと容赦ない理由を述べる。
「こればっかりは、仕方ないですよぅ。ミアレット様に意地悪したんですから、当然の報いですね〜」
「……何ですって?」
「ですからぁ、今日……あなたはミアレット様に意地悪しましたよね? 確か、お茶に下剤を混ぜたんでしたっけ? それ、完璧にダメです〜。パパ……じゃなくて、会長のお弟子さん相手にそんな事をしたら、人間界で平和に暮らしていけませんよ? ステフィア様は天使様からも、悪魔からも、性悪なダメ人間認定されてますよぅ!」
「ダメ人間……それって、私の事かしら⁉︎」
「えっ? あなた以外に誰がいるんです?」
遠慮も忖度もない受け答えに、ステフィアの怒りとイライラはマックスである。サラリと暴露された最重要事項を聞き流すくらいに……彼女は我を忘れ、怒り狂っている。だが、タブレット越しに怒られたところで、何とも思わないのだろう。ラズが冷静に最後通牒を突きつけた。
「あっ、あと。お持ちの端末は回収しますね。えぇと……ここをポチッとな。それでは、ご愛顧ありがとうございました。もうお話することもないでしょう、ですです! さよならですぅ!」
「ちょ、ちょっと待ちな……」
一方的なお別れの言葉と同時に、ステフィアの手元から注文用タブレットが掻き消える。どうやら、強制的に注文機会と一緒にタブレットも回収されてしまったらしい。
「……」
「ス、ステフィア様……?」
「……べ、別にいいわよ! 化粧品なんて、いくらでもあるし! リットリーゼが使えなくたって、困らないんだから!」
明らかなる強がりである。あれ程までにボーテ・リットリーゼを愛用し、賞賛していたステフィアにとって、かの化粧品を使えなくなることは、実用面でも自己満足面でもかなりの痛手だ。
(しかし……さっきの担当者、ミアレットを会長の弟子と言っていましたか……?)
ステフィアが聞き流した重要事項を、きちんと拾い上げて。ステフィアに従いつつも……イライザはステフィアがとんでもない相手を怒らせてしまったのではないかと、震え出す。確か、ルルシアナ商会の会長は大物悪魔だったはず。だとすると……?
(……このままステフィア様に従っているのは、拙いかもしれませんわね……)
貴族出身の処世術と勘を働かせては……イライザは早々に、ステフィアを見限ることに決める。そして、他の仲間にもステフィアと一緒にいるのは危ないと伝えなければ。
……後日。イライザの危機管理能力が遺憾無く発揮された結果……ステフィアの周りからは、召使いが1人もいなくなってしまうのだった。
【登場人物紹介】
・イライザ(風属性)
サイラック家の息がかかった、子爵家出身のメイド。
ステフィアのメイドとして長年仕えており、彼女のワガママの勘所を抑えている数少ない人物。
グランティアズ城内で働くメイドは全員が貴族階級出身者であるが、ガラファドの采配による配備であるため、大臣派でまとめられているのが特徴である。
一方、御し方を心得ているとは言え……イライザ自身はワガママなステフィアにはうんざりしている部分があり、忠誠心はほぼなきに等しい。
・ラズ(水属性/闇属性)
強欲の最下級悪魔・グレムリンの1人。
普段は親玉のマモンさん邸で暮らしており、ルルシアナ商会のサポートスタッフとして働いている。
青い山猫の小悪魔で、黒いはずの鼻が赤いのと、モフモフな斑模様の毛皮がチャームポイント。
やや間延びした喋り方をするが、意外と大雑把で大胆な性格だったりする。




