5−11 忠臣過ぎるのも考えもの
「それはそうと……ミアレットはいつから、こちらに住むことになりそうかな?」
「うーんと、そうですね。話の流れからするに、早い方がいいんでしょうけれど……」
ミアレットの暴露による余韻もそこそこに。ナルシェラがミアレットの「今後」について、尋ねてくる。しかして、グランティアズ城に住むと決めたのだって今日ならば、決心したのだってついさっきだ。正直なところ、あるのは勢いだけで、計画性は皆無である。
「明日から可能かと存じますよ」
「えっ……?」
なかなか答えを出せないミアレットの代わりに、カテドナがサラリと答える。当事者が悩んでいても、お構いなし。澄ましたお顔で、粛々とミアレットに理由を説明してくれるが……。
「孤児院への連絡はルエル様にて対応してくださるでしょうし、現在の滞在先にもそのようにお伝えすれば良いでしょう。むしろ、いたずらに期間を伸ばす方が危険かと存じます」
「それは、そうですけどぉ……」
しかし、いくらなんでも……明日からは急すぎやしないだろうか?
「それならば、こちらもしっかりと準備をしなければならないな。部屋はディアメロが用意するとは言っていたみたいだが……ミアレットは魔法学園へ通学しないといけないんだろう? その辺りの段取りは大丈夫かな?」
「そちらも問題ございません。魔法学園の副学園長様からミアレット様専用の転移装置パネルを授かっております。ご用意いただいた部屋の片隅に設置するだけで済みますので、そちら様でご用意いただくものは何もございませんわ」
「へっ? そうだったのです……?」
未だに引っ越しの実感を持てないミアレットを置き去りにして、カテドナがこれまたアッサリと答える。彼女が派遣された目的の1つ……調査のための拠点作り……からすれば、転移装置の準備は当たり前と言えば、当たり前ではあるが。ここまで準備万端だと却って空恐ろしく感じるのは、人の子の悲しきサガかな。
「ミアレットは自身も優秀ならば、従者も優秀なんだな……」
「はひ?」
淡々と解答を紡ぎながら、お茶のお代わりを抜かりなく注ぐカテドナに、思うところがあるらしい。ミアレットが焦っているのを知ってか知らずか、ナルシェラがまたもミアレットを焦らせる事をおっしゃる。
「いや。さっきの鍛錬の話もそうだけど……僕自身は魔法も使えない、お飾りの王子だからね。幸いにも、この国は僕以外が優秀だから、きちんと回っているけれど……無能な僕が果たして次期国王でいいのかと、悩むことがあるんだよ」
自身を「お飾りの王子」と自嘲しつつ、悲しそうに肩を落とすナルシェラ。これは……何をどう慰めればいいのだろう? 余計な事を言ったらば、更に傷つけてしまいそうだし、かと言って……薄っぺらい慰めの言葉をかけたとて、ナルシェラの憂いを晴らすのは難しい。
(ナルシェラ様も王子にさえ生まれなければ、ここまで悩まなくて済んだのかも……)
日常的に天使やら悪魔やらが溢れていたせいで、ミアレットの感覚は魔法があって当然になっている。だが……これは平民であれば、普通はあり得ない事だ。
少しずつ魔力適性を持つ人間が増えているとは言え、魔力適性を持たない者の方が多いのが実情だし、ホルダーキャリアの発生は未だに貴族に集中している。しかし、現代の発展した魔法文明が貴族達の手によるものかと問われれば……答えは「否」であろう。
平民だろうが、貴族だろうが、現代の文明を分け隔てなく享受しているが。それはあくまで、どんな者でも快適に過ごせるように天使や悪魔が配慮した結果であるし、ここまでの生活環境発展にはおよそ100年程かかっている。そして……この文明発展は、言わずもがな。決して人間の手によるものではない。
そもそも、人間は元来から魔力を扱えずとも困らない種族である。一部の人間が魔法を使えるのは、ちょっとしたオマケ要素でしかなく。精霊や天使・悪魔のように、「魔力がない=存在維持ができない」等と死に直結する事情もない。
魔法が使えなくとも一定水準の生活は保障されているし、平民であれば魔法が使えないのが、むしろ当たり前。周囲も魔法を使えないのだから、自分だけ魔法が使えないなんて悩みも発生しない。それが故に……ナルシェラの「自分は魔法が使えない」=「自分は無能である」という自己嫌悪は、どこまでも貴族階級(以上)の悩みである。
「……そんな事はありませんよ、王子。あなた様が王に相応しい素質をお持ちである事は、私が保証します」
ミアレットがナルシェラにかける言葉を、あれこれと思い悩んでいると……背後から野太い声が響く。振り返ってみれば……そこには無骨な佇まいながらも、実直そうな瞳でナルシェラを見つめるラウドが立っていた。
「ふふ……そうかな? 僕はどこまでも、情けない王子でしかないよ、ラウド。魔法が使えないのはともかく……嫌だと思うことも、ハッキリ言えず。いつも大臣やステフィアの言いなりで、彼らの不興を買わないようにビクビクしている。……これのどこに、王の素質があると言えるのかな」
「……王に必要なのは魔力でもなければ、知謀でもありません。臣下や民に対する優しさが何よりも必要なのだと、考えます。そして、あなた様がそちらに伴う勇気をお持ちだと……このラウド、確信しております」
そこまで言って、ラウドがナルシェラの足元に跪く。しかしながら、王子に忠誠を示すと見せかけて……ミアレットを慌てさせるのも忘れないのだから、忠臣過ぎるのも考えものだ。
「ですので……ミアレット嬢。ナルシェラ様を支えてくださるよう、このラウドからもお願いしたい所存です」
「へっ?」
「ナルシェラ様の悲願を叶える意味でも、心の安らぎを得る意味でも……是非に、お願いいたします……!」
「えっと、それは別に私じゃなくても、いいのではないかと……。しかも、私は平民ですよ? とてもじゃないですけど、王子様とは釣り合わない気がしますけど……」
「そんなの、関係ありません! むしろ、貴族の方が信用に値しないのです! ナルシェラ様をお支えするのに必要なのは家柄ではなく、素朴さと寛容さです! ミアレット嬢はそれを十分にお持ちなのだから、王子の伴侶としても申し分ありません!」
「え、えぇぇ……? そうなります……?」
大柄なラウドは跪いていても、かなりの圧迫感がある。そんなラウドが野太い声で、そんな事を宣言すれば。周囲の兵士の皆様からも「そうだそうだ」とか、「もっと言ったれ」とか……無責任な囃し文句が飛んでくる。
「ハハ……ラウドに、みんなもありがとう。でも、僕は無理やりにミアレットを娶るつもりはないよ。だから……ミアレットの理想を目指すため、今後は剣の稽古もしたいと考えている。みんな、付き合ってくれるかい?」
「もちろんです! ご要望とあらば、どこまでもお供いたします。共に切磋琢磨いたしましょう!」
これまた一致団結して「王子様、頑張れ!」やら、「王子様、よく言った!」やら……兵士さん達から、無責任な激励が飛んでくるが。ミアレットは周囲の熱気にも勢いにも、付いていけていなかった。
「……ミアレット様。ここも諦めた方がよろしいかと」
「ヴっ……カテドナさん。これまた、楽しんでますね?」
「ふふ……さて、どうでしょう?」
やっぱり、悪魔だわ。この人、悪魔だわー。
ミアレットはカテドナの悪戯っぽい微笑を見つめながら、彼女の言葉通りに早々に諦める。
(あぁぁ……それにしても、どうしよっかなぁ、この流れ。……私、婚約とか本当に考えていないんですけど……)
このままだと特殊祓魔師のエリートコースを歩むと同時に、グランティアズの王妃という地位まで追加されてしまう模様。しかし、当然ながら……平穏に魔法の勉強をしたいミアレットにしてみれば、いずれもありがた迷惑な話でしかない。
【道具紹介】
・転移装置パネル
転移魔法を封入した、タイル型の魔法道具。
魔術師帳を持っている教師や生徒が上に乗ると、転移魔法・ポインテッドポータルが発動、アンカーが設定されている行き先へ瞬時に移動できる。
表面にはポインテッドポータルの特殊紋様が刻まれており、見た目も美しい逸品。
魔法学園では各分校に本校行きの転移装置パネルが設置されている他、遠征等の際には貸し出しにも対応しており、転移魔法を使えない魔術師にとってはありがたい道具である。