5−10 ダンディズムとヴィンテージ感
「そう。それは大変だったね、ミアレット」
もう1つの約束を口実に、渋々なディアメロから解放された後。ミアレットはカテドナのみを連れて、ナルシェラと豪華な応接間……ではなく、何故か騎士団の訓練場にやってきていた。
因みに、ルエルはディアメロを守る名目で、「類友」のお引っ越しを手伝っている。余程に王妃様と気が合うらしく、自身は大臣追放計画を練るつもりなのだそうで。……意気揚々と、別行動を取っているのだ。
「そうなんですよぅ……! ディアメロ様が部屋を用意してくれるって、言ってくれたのは良かったんですけど……王様達と同じフロアだなんて、畏れ多すぎて、絶対にグッスリ眠れないです……!」
雑多な想定外も含め、急展開についていけませんと……プリプリとミアレットが不満をぶちまけつつ、頬を膨らませれば。その様子がおかしいと見えて、ナルシェラが嬉しそうに肩を揺らしている。控え目なナルシェラは笑い方まで奥ゆかしいが、しっかりと糖度高めの事をおっしゃるのだから、敵わない。
「ここに住むことに関しては、そんなに気負うことはないさ。それに……ふふ。その案には、僕も賛成だな。ミアレットが隣に住んでいるだなんて、夢のようだよ。ディアじゃないけど、僕も存分にミアレットを甘やかしてみたい」
「えぇぇ……? ナルシェラ様まで、そんな事をおっしゃるのです……?」
そんな会話を繰り広げている目と鼻の先では、兵士の皆さんが稽古に精を出している。無骨な芝生が生え揃う訓練場の片隅で、お茶をいただいているのは場違いにも程があるのだが……ナルシェラの身の上を考えると、このロケーションは致し方ない。と、言うのも……。
「それはそうと……こちらから誘ったのに、きちんと準備ができなくて、すまなかった。……ディアメロが茶会を手配していたせいか、妙に警戒されていてね。……せめて花の1つや2つ、咲いている場所であればよかったのだが」
ディアメロが庭でお茶をするのなら、ナルシェラは室内で……と考えていたそうなのだが。大臣はディアメロのお茶会に邪魔を入れるついでに、ナルシェラの方は行動さえも制限するつもりらしく、あろうことか王子にさえも応接間の利用禁止を申し渡してきた。そんな状況を見るに見かねたラウドが、騎士団の訓練スペースに招き入れてくれたので……訓練風景の端でお茶をしているという、珍妙な状況になっている。
「別に構いませんよ? 兵士さん達のお稽古が見られて、これはこれで新鮮ですし……皆さん、逞しくて格好いいです!」
「そうか? うん……ミアレットがいいのなら、僕は構わないのだけど……(ミアレットはもしかして、逞しいのが好きなのか……?)」
しかし、ナルシェラが申し訳なく思っているのを他所に、ミアレットが不満がっている様子はない。これがステフィアだったらば、やれ野蛮だの、やれ汗臭いだのと……文句を垂れていただろうに。ミアレットはお茶を嗜む合間にもキラキラと瞳を輝かせては、兵士達の動きを目で追っているではないか。
「あっ、あっちの兵士さんも強そうですし……わぁ! こっちの兵士さんは剣捌きが痺れる感じですぅ! しかも、めっちゃ渋くて素敵……!」
「左様ですね、ミアレット様。どんな時も切磋琢磨し、努力をする人間は美しいものです。このカテドナも、皆様の一所懸命な姿勢に惚れ惚れするものがございます」
「ですよね? ですよねッ⁉︎ あはぁ……! 渋ーいダンディ達を拝めただけで、満足です……! 綺麗なお庭もいいけど、訓練場でのお茶も最高ですね!」
さりげないカテドナの同意に、嬉しそうに応じるミアレット。そんな彼女を目の当たりにして……ナルシェラは新たな不安を抱き始めていた。
(間違いない……! ミアレットは逞しい男が好きなんだ……!)
ミアレットが好きなのは逞しい男性ではなく、渋いダンディなのだが。ミアレットの言動を鑑みれば、ナルシェラの誤解も自然な発想である。
訓練場にいる兵士達はほぼ、ナルシェラやミアレットよりは年上であるし、ベテランの兵士ともなれば……汗と一緒に、全身からダンディズムとヴィンテージ感が溢れまくっている。故に……彼らの姿にはミアレットの理想が詰まっていると言っても、あながち間違いではない。
(……)
ミアレットが訓練場に熱い視線を送っている横で、ナルシェラはジッと自分の細腕を見つめ、ため息を吐く。「美しいお人形」でいることを強要されてきた彼の腕は、お世辞にも逞しいとは言えず……兵士達のそれとは、対極にあると言えよう。
「あれ? ナルシェラ様、どうしました?」
ナルシェラのため息の原因が、自分だとは露知らず。ミアレットは、何故かマジマジと自分の腕を見つめたり、触ったりしているナルシェラを訝しげに見つめてしまうが。
「言われてみれば、僕は剣も握ったことさえ、なかったな。腕もこの通り、細いままだし……」
彼の萎れた反応に、ミアレットはすぐさま「しまった」と内心で冷や汗を垂らす。軽率に兵士達を褒めたせいで、ナルシェラが彼らと自分とを比べて落ち込んでしまったのだと気づき、慌てて慰めるが……。
「そっ、それは仕方ないと思いますよ? ナルシェラ様は王子様なんですから。戦う必要もないのですし……それに、グランティアズは平和なんでしょう? それで王子様まで武闘派だったら、折角の平和が殺伐としちゃうじゃないですか」
「それはそうなんだが……でも、自分の身くらいは守れるようになった方がいいだろう。今日から、僕も鍛えようかな」
「あっ、そうなります?」
「あぁ。それに……僕はミアレットにとって、理想の男になりたい。もし、ミアレットの理想が彼らのように強く、誰かを守れる存在だとするならば。是非にそれを目指したいし……そのためなら、僕は王位継承権を捨てても構わない」
「ほぇッ⁉︎」
これまた、高糖度な爆弾発言である。
もちろん、自分の身を守れるようになるのはいい事だ。王子である以上、争いに巻き込まれないとも限らないのだし、護身術はあっても困らないだろう。だが……自分のために王位継承権を捨ててもいいだなんて、言われた日には。それこそ、畏れ多すぎて不眠症まっしぐらだ。
「えっと、ナルシェラ様? 私の好みに合わせようとしてくれてます?」
「もちろん。だから、もっと強くなって……」
「はい、ストップ、ストップ! 私は強くないとダメだなんて、思っていません」
「そうなのか?」
「もぅ……仕方ないなぁ。こうなったら、正直に白状しますよぅ……」
下手に鍛錬されて怪我をされても困るし、自分のせいで王位を捨てるだなんて言われても、残るのは後悔だけだ。そこまで考えて……微妙に思い込みの激しいナルシェラを諌める意味でも、ミアレットは自分の「趣味嗜好」を打ち明けることに決める。何が何でも、継承権破棄だけは思いとどまって頂かなければ。
「えぇと、ですね。私が好きなのは、強い人じゃなくて、渋い人です」
「渋い人……?」
「そうです、渋い人。人としての深み、と言いますか。奥から滲み出てくる、魅力とか、色気とかに憧れていて。自然体で、包容力や安定感がある方が好きなんですよ」
そう。ミアレットが好きなのはヴィンテージ感溢れる、渋ダンディ。これはこれで、「綺麗なお人形」なピカピカのナルシェラには結び付かない形容詞かも知れない。
「具体例! 具体例があれば、教えてくれないか⁉︎」
そんなナルシェラには、やっぱりミアレットの言う「渋ダンディ」はピンとこない。そうして、切迫した表情でミアレットに「実例」をせがむが……。
「具体例、ですかぁ? え、えぇとぉ……具体的な例を挙げると……」
「例を挙げると……?」
「ここ最近でお会いした中では、ナルシェラ様達のお父上……つまりはハザール様が一番理想に近いですね」
「そんな……! そ、それじゃぁ、まさか……!」
正直に答えたら答えたで、この慌てよう。ディアメロと比較しても落ち着いていたはずのナルシェラが、今度はこの世の終わりと言わんばかりに、絶望した表情を見せる。
「いや、そういう含みは絶対にないですからね? 今のは具体例じゃないですか、具体例。もぅ、例を挙げろって言われたから、答えただけなのに……。そんなに取り乱さないでくださいよ……」
「あぁ、そうだった。……すまない」
ミアレットに取りなされて、面目ないと頭を搔くナルシェラだったが。いつの間にか、兵士の皆さんも生温かい表情でニコニコしているし、カテドナに至っては、腹を抱えて笑いを堪えているではないか。
(あぁぁ……また、変な空気になってるし……。ルエルさんがいないのが、せめてもの救いかもぉ……)
カテドナだけであれば、天使のお姉様達に話が漏れ伝わることもないはず。
ルエルが別行動を取っていることに安心しつつも……これから先、王子様達に挟まれて生活していかなければならない事を想像しては。ミアレットはやっぱり、気が重くなってしまうのだった。