5−9 一肌でも百肌でも脱ぎましょう!
王子という立場が、ここまで危ういものだとは。ミアレットは考え得る可能性を頭の中で広げながら、彼らの魔力適性についての調査を進めると共に……身を守る事も任務に含むべきだろうと、考える。
(ここの大臣、マジで真っ黒だわー……。もしかして、着服していたお金は……リンドヘイムのために使っていたのかしら?)
あり得る。それは大いに、あり得る。
第一、大臣がとにかく怪しすぎるのだ。アーチェッタとの関わりも仄めかされていたし、騎士団の弱体化も大臣の差金だったとしたらば……アーチェッタの残党達にとって、都合がいい事に違いない。
リンドヘイム聖教は信者数が激減してからと言うもの、かつての栄光が嘘のように衰退の一途を辿っている。無理やりにでも信者を獲得しようと言うのは、ちょっと違う気がするが……彼らもまた、それだけ必死なのだろう。しかし、その信者獲得の機会を騎士団が邪魔していたとするなら。……リンドヘイムの息がかかっているらしい大臣が、軍縮路線を強行するのも無理はない気がする。
「……私もミレット様と同意見です。先程の様子からしても、彼女達には王族の皆様を尊重する意思はないかと。あなた様達を守る意味でも、愛を育む意味でも……こちらに滞在させて頂いた方が、ベストでしょう」
「カテドナさん。真面目なことを言いつつ、変な目的を盛り込まないでください……。愛を育むってなんですか、愛を育むって」
「ふふ……それはそれは、大変失礼致しました」
口では「失礼致しました」と言いつつ、カテドナが実に楽しそうにクスクスと笑う。
(カテドナさん……楽しんでますね? もぅ……こういう所もしっかり悪魔なんだから……)
しかも、カテドナの悪戯心のせいで、ディアメロが変な方向に焚き付けられた模様。乗り気も乗り気で、ミアレットの「お願い」を強引に叶えてしまうつもりらしい。
「そ、そうか! だったら、すぐにでも部屋を用意する! えぇと……確か、迎賓用の部屋が空いていたはず……いや。それよりも、母上に移動してもらうか……。広さも必要だろうし、あそこなら衣装部屋もあるし」
「えぇと、ディアメロ様? 広い部屋を用意していただく必要はないですよ? ベッドと机があれば、十分ですから。しかも、王妃様を移動って……どういうことです⁇」
「……母上の部屋は兄上と僕の部屋の間にあるんだ。どうせ、ほとんど父上の部屋にいるのだし、普段はほぼ空いているんだよ」
と、いうことは……ミアレットを自分達の隣の部屋に住まわせようということだろうか? それはつまり、王族専用の場所で過ごすということで……。
「ちょ、ちょっと待ってください、ディアメロ様。それってつまり、皆さんと同じフロアに住むってことですよね? いくらなんでも、そこまでのご厚意を頂くわけには……」
「何を言っているんだ! 一緒に住むからには、面倒くらい見させろ! そんでもって、滞在中はしっかりと甘やかすからな! 覚悟しておけ!」
「……甘やかされるのって、覚悟が必要なんです……?」
しかも、逆ギレ気味で宣言する事であろうか?
「母上ッ! という事で、ミアレットに部屋を用意することになりましたから。すぐに部屋を移動してください!」
「まぁ、そうでしたの⁉︎ えぇ、えぇ、もちろん喜んで移動しちゃうわ! 早速行動開始よ、ルエルさん!」
「もちろんですわ、ナディア様! このルエル、王子様達の恋路のためならば、一肌でも百肌でも脱ぎましょう!」
「えぇぇ〜……? そうなります……?(しかも、なんでルエルさんは王妃様にくっついているんです……?)」
これが巷で言う「類友」というヤツであろうか? いつの間にかベストフレンドになってしまったルエルとナディア妃がガッチリと手を取り合い、またも明後日の方向に一致団結している。そもそも脱げる肌が100枚もある時点で、色々とおかしい。
「それに……お薬の手配と、化粧品の根回しもしなければなりませんね」
「えっ? お薬の手配はともかく……化粧品の根回し、ってどういう事です?」
骨になるレベルで肌を脱ぐつもりらしいルエルが、妙なことを言い出すものだから……部屋の移動とは別方向に、首を傾げてしまうミアレット。薬の方はおそらく、ザフィール特製の胃腸薬諸々と思われるが……化粧品とは、これいかに。
「ナディア様からお伺いしたのですが、ステフィアはルルシアナ製薬の化粧品を愛用しているそうでしてよ」
「ルルシアナ製薬……あぁ! マモン先生の商会ですね」
なるほど、化粧品は天使謹製の方ではなく、悪魔謹製の方だったか。
大悪魔・マモンは、人間界でも名を知られる大商人である。家名を残すことを条件に、旧知の人間から製薬会社と美術館を譲り受けており……律儀に彼らの存在を守っているそうで、特殊祓魔師の任務の合間を縫っては、製薬会社と美術館への視察も欠かさずこなしている。
そして、そんな彼の製薬会社・ルルシアナ製薬の主力商品は、ボーテ・リットリーゼシリーズと呼ばれる一連の化粧品達。100年間もの間、化粧品売り上げトップを走り続け、至高の逸品としての地位を不動のものにしているのだ。
「えぇ、その通りでしてよ。ですから……マモン様にステフィアには化粧品を用立てないよう、頼んでおきましょう」
「そんなこと、できるんです……? だって、ステフィアさんが直接お店に行くとは限らないんじゃ……」
確かに、普段使っている化粧品を取り上げられるのは、かなりのお仕置きになりそうである。化粧品は直接肌に付けるものであるため、どうしても肌に合う・合わないがある。そして、お肌に合う化粧品を探すのは、意外と苦労するものなのだ。それが故に……使い慣れている化粧品が使えなくなるのは、地味に効果のある嫌がらせになり得る。
しかしながら、化粧品を買うこと自体はそこまで苦労しないように思える。商品である以上、店に並んでいるのだろうし、本人が買いに行くと決まっているわけではない。むしろ、王子様の婚約者なのだから、召使いに買いに走らせる方が自然な気がするが。
「あぁ、確かに。あの化粧品であれば、販売制限も可能でしょうね。ボーテ・リットリーゼは店舗販売されているものではありませんし、流通ルートを絞るのは難しくなかったはずです」
「これまた、そうなんです?」
「あちらは、いつでも買えるお品物ではありませんからね」
ルエルの悪巧みを補填する格好で、カテドナがボーテ・リットリーゼの特殊性を説明してくれる。彼女によれば、魔界や神界でも愛用者の多いボーテ・リットリーゼは原料と製法の関係上、大量生産できない貴重品でもあるらしい。そのため、受注生産での販売に限られ、店舗には1本たりとも並ばないのだとか。
「非常に高価な商品であるにも関わらず、予約待ちまで発生している人気商品ですからね。顧客はむしろ絞りたい事情もあるようですし……ルエル様からリッテル様へお伝えいただければ、スムーズに差し止めてくださるでしょう」
「そ、そうなんですね……」
そんなことを言いつつ、カテドナがこれまた黒い笑みを浮かべる。王子様を守る話が、いつの間にかステフィアを懲らしめる方向へとシフトチェンジしていることに、ミアレットは妙に居た堪れない気分にさせられていた。
(この後、ナルシェラ様との約束もあるのだけど……なんだか、不安だわぁ。こんな調子で、変なお仕置きが増えないといいんだけど……)