5−7 願ったり叶ったり
「ただいま戻りました」
ディアメロが密かにミアレットの様子に悶えている背後から、涼やかな声が響いてくる。見れば……無事にお仕置きを完遂してきたらしいカテドナが、相変わらずの澄まし顔で立っていた。
「ご苦労様でした。それで……首尾はいかがでして? 迷ったりされませんでした?」
「上々でございます、ルエル様。ステフィアとやらの部屋を教えてくれれば、開放してやると伝えたところ……揃って、我先に白状致しましてね。お届け先を探すのにも、苦労致しませんでした」
あっけらかんとそんな事を答えながらも、カテドナの表情にあまり変化はない。3人も担いでいたらば、息の1つも乱れそうなものだが……やはり、カテドナの完璧な立ち居振る舞いは、常軌を逸している。
「うふふ、流石はカテドナね。でも……まさか、本当に開放して差し上げたのかしら?」
カテドナの規格外っぷりも、重々承知なのだろう。ルエルが嬉しそうに、更にカテドナに「顛末」を問う。しかして、そこは彼女も悪魔というもので……ルエルの質問にも、当然とばかりに意地悪な答えを返してきた。
「いいえ? ミアレット様を侮辱した事、このカテドナが許すはずもないでしょう? ……不届き者との約束を守ってやる義理はありません。終始、言い訳やら、言い逃れやらをうるさく喚いておりましたし……反省の色も、一切感じられませんでした。……そのまま放置が妥当かと」
「えぇ、その通りよ! うふふふふ……! 楽しくなってきたわね」
何がどう……楽しくなってきたのだろう?
ミアレットはルエルの嗜虐的な笑顔を見つめながら、また厄介な事になったと頭を抱えたくなる。……デリシャスなケーキの味わいも台無しだ。
(……これ、本当に大丈夫かしら……? ルエルさんが突っ走りがちなのもそうだけど……意外と、カテドナさんも容赦ないみたいだし……)
ルエルもカテドナも、表向きの立場は「ミアレットの専属メイド」ではあるが。とてもではないが、両名ともミアレットが制御できる相手ではない。百歩譲って、カテドナはまだ話を聞いてくれそうな雰囲気は残っているものの。……ルエルの乙女暴走を止めるのは、絶対に無理だろう。
「でしたら、この調子でバンバンと大臣一派を懲らしめてやらなければ。ねぇ、そうでしょう? ナディア様」
「その通りですわ、ルエルさん。あなた達がいてくれれば、心強いですわ!」
しかも、ミアレットがプチケーキを堪能していた間に、何故かルエルとナディア妃が仲良くなっている。「目指せ、大臣追放ッ!」を合言葉に、見事に結託してしまったようで……このまま行けば、常駐先も難なく確保できそうな勢いだ。
「……ミアレット。これまた、大丈夫か?」
「いいえ、ちっとも大丈夫じゃないです……。ルエルさんはそもそも、私が止められる相手ではないですし……」
「お前のメイドなのに、か?」
「はい。メイドさんなのに、です。……多分ですけど、あの衣装は趣味ですね、趣味。カテドナさんは根っからのメイドさんっぽいですけど、ルエルさんのはただのコスプレだと思います……」
「そうだったのか……」
メイド服を着ているのに、メイドじゃない。ミアレットの萎れ具合に、困った顔をしつつも……ここはもう一度甘やかしてしまおうと、ディアメロは狐色をした焼き菓子をサッと差し出す。そうされて……「いただきます」と力なく答えつつも、ちゃっかりお菓子を受け取っては、またもハムハムし始めるミアレット。
(くっ……やっぱり、可愛いな⁉︎ 今度はもうちょっと、大きな菓子を用意しておこう……!)
存分にモクモクしてもらうためには、食べづらい大きめのお菓子がいいに違いない。
そんな事をディアメロが画策していると、カテドナがそっとミアレットにアドバイスをし始める。どうやら、ルエルの暴走には彼女も思うところがあるようで、ミアレットに手綱を握っていてほしい……という事らしい。
「……ミアレット様。ルエル様が暴走遊ばしがちな時は、学園長様のお名前を出すのです」
「ふぇ? 学園長様……ですか?」
「えぇ。ミアレット様は学園長様への連絡手段をお持ちでしたでしょう? ルエル様の勢いが止まらない時は、“学園長様に言いつけますよ”と言って差し上げればよろしいのでは?」
「あっ、それもそうですね。……彼女に逆らえる人は、この世界に絶対いないと思いますし」
何せ、学園長……ルシフェルは天使長。要するに、ルエルにとっての最大限の上司である。他の天使のお姉様方の怯え方からしても、ルシフェル様のご威光を借りるのが手っ取り早い。
「しかしながら、ナディア様を味方にできたのは、こちらとしても好都合です。……王妃様のお口添えで、是非に常駐先をご提供いただけるといいのですが。ミアレット様のご宿泊先も確保できれば、願ったり叶ったりです」
「えぇぇ……そうなります? できれば、新学期からは学生寮を使いたかったんですけど……」
ミアレットにしてみれば、それは願ったり叶ったり……にはなり得ないのだが。どこまでもお仕事に忠実なカテドナにとっては、願ってもない事になり得るらしい。だが、かのルシフェルからも「できればローヴェルズに派遣されてほしい」と頼まれていた(命令されたが正しい)事を思い出し、自分の希望は叶いそうもないと、ミアレットは早々に諦める。学生寮で新生活なんて……青春一杯なお願いは、叶いそうにない。
「もしかして……ミアレット達は、宿泊先でも探しているのか?」
「えっ? えぇとぉ……広い意味では、そうかもです。……実は、魔法学園から魔力調査をお願いされてまして。ローヴェルズで下宿先を探さないといけないんです……」
本当はナルシェラ達の魔力適性こそが、調査対象なのだが。なぜか、ミアレットは本筋を伝えず、拡大解釈での説明をしてしまう。……特に隠す必要もないのだが、彼らの魔力が封印されているかも知れない可能性と、彼らの魔力が回復するかどうかは、別の話なのだ。だから……ミアレットは当面、敢えて「本当の目的」は伏せる事にした。
(期待をさせて、やっぱりダメでした……は可哀想よね)
叶うかも知れないお願いが叶わなかった落胆は、大きいが。思ってもみなかったお願いが叶う喜悦は、計り知れない。
ミアレットの説明に口を挟まないのを見ても、カテドナも彼女の真意を心得ている様子。満足げにウンウンと頷いては、全面的な同意を示していた。