5−6 ケーキを食べているだけでも可愛い
(天使も悪魔も、恐ろしいわぁ……って、それは当たり前かぁ)
隣でニコニコと、意味ありげな微笑みを浮かべ続けるルエルを盗み見ながら……ミアレットはようやくありつけたお茶をズズッと啜る。こちらは至って普通の味なので、安心して良さそうだ。
(とは言え……どうしようかなぁ。お仕置きの様子からしても、カテドナさんが人間じゃないのはバレバレだと思うし……)
現代のゴラニアでは、悪魔はさほど珍しい存在ではなく、呆れたことに「ちょっと頼りになる隣人」程度に認識されている事が多い。この人間達の警戒心の薄さは、「人間界にいる悪魔」=「天使と契約済み」という「天使と悪魔の関係性」がある程度公開されているからではあるが。しかしながら、カテドナが悪魔であるという事をミアレットがカミングアウトしていいのかは、分からない。
(とりあえず、今は伏せとこ……。敢えて言わなくても、いい事よね)
ディアメロとナディア妃も、平穏も取り戻しつつあるし……無駄に彼らを緊張させる必要もない。
「ところで……ミアレットちゃんのメイドさん達、本当に強いのね! 私、感動しましたわ!」
そうして、ミアレットがぼんやりとカテドナのことを考えていると……そのカテドナの迫力に気圧されていたナディア妃が、今度は感激したとばかりに手を合わせて、ミアレットを見つめている。どうやら、王子様よりもお母上の方が立ち直りも早い模様。
「そうですね……。魔法学園側が派遣してくれたんですけど……ルエルさんとカテドナさんは、それぞれ魔法のエキスパートですから。……多分、ちょっと魔法を使えるくらいの人達には、太刀打ちできないと思います……」
「そうでしたのね! であれば……そんな人を派遣してもらえるなんて、ミアレットちゃんは凄い子って事で、合っておりまして⁉︎」
「いっ、いえ……私自身は、そこま……」
「えぇ! もちろんですわ! ミアレットは魔法学園でも、随一の魔力適性を持っておりますの! 今回の特別派遣は魔法学園の学園長と副学園長、ツートップの肝煎りでしてよ!」
「まぁまぁまぁまぁ! それは、素晴らしいですわ!」
ミアレットの謙遜を無視して、ルエルが誇らしげに胸を張るが。
(そういう事は、黙っていてほしいんだわぁ……!)
当然ながら、目立ちたくないミアレットとしては、彼女の誇大広告は迷惑以外のナニモノでもない。きっとルエルはミアレットを売り込むついでに、常駐先の確保を目論んでいるのだろう。なぜかディアメロではなく、ナディア妃と盛り上がっては、大臣一派をやり込む方向で一致団結している。
「……ミアレット。大丈夫か?」
「……あまり大丈夫じゃないです……。私、本当にごく普通の人間なんですよぅ……! あまり変な評判を追加しないでほしいですぅ……!」
「あ、あぁ……。そう、だよな。うん、なんだか母上がゴメンな」
「いぇ、王妃様は何にも悪くないです……」
ディアメロは心配そうに、小さく「あぁぁぁ」と悶絶している彼女を慰めるが。これはもしかして、チャンスなのでは……と、思い直す。考えてみれば、母親の相手をルエルがしていてくれれば、自分はミアレットとお喋りできるではないか。
「とりあえず、菓子でもどうだ? 甘いものを食べれば、気も紛れるだろ?」
「そうですね……いただきます」
そうして、手始めにプチケーキを差し出してみれば。ミアレットは素直に受け取ると同時に、モキュモキュと口を動かし始めるが……。
(な、何だ、この可愛さは……! 女の子って、ケーキを食べているだけでも可愛いものなのか……?)
女の子がケーキを食べている。ただ、それだけなのだが。今まで身近に「女の子」がいなかったディアメロにとって、この光景は衝撃的ですらあった。
両手で大事そうにプチケーキを持ちながら、小動物のように頬張るミアレットの様子は、ディアメロの庇護欲をこれ以上ない程に掻き立てる。時折、「うふふ」と嬉しそうに目を細めているのを見ても、ミアレットもお菓子に関しては満更ではないらしい。
(あぁぁ……そんなに幸せそうな顔をされたら……!)
色々とマズい。本当に、マズい。婚約するからには、段階を踏んで……とディアメロは思っていたのだが。そんな段階なぞ、丸ごとすっ飛ばしたくなる。
「あふぅ……おいひぃですぅ……!」
「そ、そうか……。それは良かった……って、ミアレット。クリーム、付いてるぞ」
「ほぇ?」
それでも、ギリギリのところでクールさを保ちつつ……ディアメロは努めて淡白に、ミアレットの口元をナプキンで拭う。そうされて、「えへへ」と照れ臭そうに微笑まれれば。……ディアメロもこそばゆい気分にさせられるのだから、彼女はつくづく罪作りだ。
(ぐっ……! 今は耐えろ……耐えるんだ……!)
カーヴェラ時計台の一件以来、ディアメロにとってミアレットは「とにかく気になる存在」になっていたが。元はと言えば、ディアメロがミアレットを気にかけ始めたのは、ナルシェラが「ミアレットを引き取る」と言い出したのが発端だ。計画を聞かされた際には、我慢しがちな兄の恋路くらいは手助けしてやってもいいか……と、ディアメロはミアレットに対して軽く考えていたし、自分が執心するだなんて考えてもみなかった。そもそも、当初はミアレットを「生意気な奴」と認識しては、毛嫌いさえしていたのだ。それが今や……。
(……やっぱり、僕もミアレットがいいんだよな……。兄上に負けたくない……!)
この調子である。内心で悶々と葛藤を繰り広げては、ナルシェラへのライバル心を糧に、ディアメロは理性を奮い立たせる。
ミアレットが婚約にまだまだ乗り気ではない以上、事を急くのは得策ではない。ガツガツと言い寄ったところで、消極的なミアレットに幻滅されかねないし、そうなったらば、アッサリとナルシェラに掻っ攫われてしまうに違いない。それだけは、絶対に避けなければと……ディアメロは心の端で、気を引き締め直していた。