5−4 あなた達のお口には合うんですよね?
目の前に並べられるのは、いかにも美味しそうな焼き菓子に、クリームたっぷりのプチケーキ達。差し出されたポットから注がれる紅茶も香り高く、不審な点は見受けられないが……。
(うーん……特に、問題なさそうかしら?)
視線だけで疑うのも良くないと、ミアレットはまずは紅茶を口に含む。しかし……香りはいいが、どうも苦味が強い気がする。そんなことに気づいたらば、今度はすぐさまお腹が痛くなってきたような……?
(ヴっ……これ、もしかして……下剤でも入ってる……?)
しかしながら、腹痛に襲われているのはミアレットだけの様子。そうして、繁々とテーブルの上を見やれば……ミアレットの分だけ、別のポットになっているではないか。
「どうした、ミアレット。……顔色が悪いみたいだが……」
「うーんと……ちょっと、お腹が痛くなってきたような……」
「えっ?」
俯き始めたミアレットの異変に、すぐさま気づくディアメロ。心配そうにミアレットの顔を覗き込んでは、「遠慮せず、花を摘んでこい」と勧めてくる。
「すまないが、ミアレットの案内を頼む」
「かしこまりました」
そうして、ディアメロがすぐ側に控えているメイドに指示を出すが。そのメイドの口の端が僅かばかり「ニヤリ」と上がったのも認めて、ミアレットは腹を抱えつつ、彼女達の計略にもすぐさま気づいた。
(……なるほど。要するに、これは嫌がらせなわけね)
胸元のペンダントも仄かに光っているし……これは完全にクロだろう。
ただの間違いであれば、よかったのだが。ここまであからさまな意地悪に、屈するつもりはないと……ミアレットは冷静に判断しては、特製胃腸薬の存在も思い出す。
「お花摘みはいらないです。えっと……カテドナさん」
「心得ております。……お水をどうぞ、ミアレット様」
「ありがとうございます」
抜かりなくピッチャーを用意したカテドナが、ミアレットの手元に水を差し出す。そうされてミアレットは水と一緒に、ザフィール特製の胃腸薬を飲み下した。
「ふ〜……流石、ザフィ先生のお薬は違いますね……! ちょっと苦いけど、効き目は抜群だわぁ」
「ミアレット、大丈夫なのか? もしかして、体に合わないものでもあったか?」
「いや、大丈夫です。単純に、お茶の淹れ方がなっていなかっただけですから」
「えっ?」
「多分ですけど……このお茶、下剤が入ってます。ちょっとした嫌がらせのつもりじゃないですか?」
「はっ……?」
大人しいとばかり思っていたミアレットがズケズケと、メイド達の「不手際」を指摘したものだから……ディアメロやナディアは元より、当事者達も面食らった様子。しかしながら、王宮勤めのメイドは気位も高いものらしい。すぐに落ち着きを取り戻すと、慇懃な調子で食ってかかってくるではないか。
「ふふ、残念ですわ。そちらは高級な茶葉を使っておりましたが……庶民のお口には、合わなかったのかも知れませんね」
「おい、お前! ミアレットになんて事を言うんだ⁉︎」
「ディアメロ様も、お黙りなさいませ。そもそも独断でお茶会をされるだなんて、言語道断ですわ。ガラファド様からも、注意深く見守るよう仰せつかっております」
「……」
ディアメロには使用人を選ぶ自由もなければ、使用人を従えることさえも許されないらしい。大臣の威を借りて、あろうことか王子にまで威圧的な態度を取るメイド達は、勝ち誇ったようにこちらを見下している。しかも……。
「そう? 大切なゲスト相手に粗相をすることも、ガラファドの命令なのかしら?」
「左様ですね。ステフィア様以外の王妃候補は要らぬとのご命令ですので」
「……ガラファドにも困ったものねぇ。私はステフィアみたいな子を、義理の娘にするつもりはないのですけど」
「ナディア様のご意志は関係ございません。この国を動かしているのが誰なのか、しっかりとご認識くださいませ」
ナディア妃が諌めようにも、この調子である。グランティアズ城の大臣や使用人というのは、それはそれは偉いものらしい。
(ディアメロ様が折角、お茶に誘ってくれたのに……。これじゃ、楽しくもなんともないじゃない……)
そっと隣に視線を移せば……可哀想にディアメロは唇を噛んで、拳を握りしめている。彼は純粋にミアレットを楽しませようと、お茶に誘ってくれたはずなのに。……こうも台無しにされては、その悔しさは察するに余りある。
(ディアメロ様達はここで生活していかなきゃいけないから、大きく出られないでしょうけど……。私達が暴れる分には問題ないかしら? それにコイツらの態度、超ムカつくわー……!)
沸々と腹の中で怒りを温めつつ。ディアメロの代わりに「折角のお茶」でメイド達に応酬してやろうと、決めるミアレット。とりあえずは同じお茶を味わってもらえば、「ギャフン」と言わせられるに違いない。
「ふーん……そうなのです? それじゃぁ、このお茶はあなた達のお口には合うんですよね?」
「えぇ、まぁ。私達はあなたと違って、貴族出身ですのよ。もちろん、普段から飲み慣れておりますわ」
「でしたら……このお茶、飲んでみたらどうです? こんなに酷いお茶、私は初めてでしたけど……今のお話だと、あなた達には美味しく感じられるのでしょ?」
「え、えぇ……も、もちろんでしてよ」
「そう? それじゃ……これを丸ごと、どうぞ? ポットにまだたっぷり残ってますし……もちろん、飲めますよね?」
「たっぷり」の部分を強調しながら、ミアレットはニコリと微笑む。そんな主人に加勢しましょうと……何も言われずとも、カテドナが静々とミアレット分のポットからお茶をカップへ注ぎ、メイド達へと手渡す。もちろん、彼女もニコリと微笑むのを忘れない。
「ミアレット様のご厚意です。冷めないうちに、お飲み遊ばせ」
「いえ、結構ですわ。私は喉も乾いていませんし……」
「それはつまり、こちらのお茶に細工をしたと、お認めになるということでしょうか?」
「ですから、そうではなくて!」
「左様ですの? でしたら、問題ありませんわよね? お茶の1杯や2杯、何はなくとも飲めるでしょう? さぁさ……たんと、召し上がれ……?」
「ヒィッ⁉︎」
メイドの1人を捕まえて、ホレホレとカテドナが彼女の口元にカップを充てがう。そうして、「うふふ」と楽しそうに笑いながら……否応なしに、彼女の口にお茶を流し込むが。……その横顔にミアレットは元より、ルエルも恐怖を抱いたのは、ここだけの話である。