5−3 思春期真っ盛り
「うあぁ……! 綺麗……!」
「気に入ったか?」
「はい! とっても素敵です! しかも……あぁぁ、いい香り……!」
ディアメロに手を引かれ辿り着いたのは、色とりどりの花が咲き誇る美しい庭園。普段から、丁寧に手入れされているのだろう。端正に整えられた生垣には小さな白い花が、奥の花壇にはピンクを基調とした花が溢れるように咲いていた。
生垣の白い花は、ジャスミン。夏の風に揺らされる度に、甘い香りがミアレットの鼻をくすぐっては、気分まで華やかにしてくれる。
「今日は夏の庭を案内するが、この城には他に春と秋の庭もあるんだ。だから、その……一緒に、他の季節の庭も楽しめればいいなと思ってて……」
「ほえぇ……! やっぱり、お城のお庭となると違いますね! 他のお庭も、是非に見てみたいです!」
「そうか! お前が望むなら、いつでも案内してやるさ。絶対に、絶対だぞ?」
「はい。約束ですね!」
無邪気なミアレットの返事に、ディアメロの顔がパァッと綻ぶ。いくらお上品を気取ろうとも、何だかんだでディアメロも思春期真っ盛りなお年頃。気になる女の子と約束ができたのだから、これは大いなる第一歩である。表面ではクールを装いつつも、ディアメロは内心で「いよっしゃぁぁぁッ!」と盛大にガッツポーズをしていた。しかし……。
「……ところで、ディアメロ様」
「何だ、ミアレット」
「お茶って、あの屋根がある場所でする……で合ってます?」
「あぁ、そのつもりだが」
「でも、先客がいるみたいですけど……」
「えっ……?」
ミアレットに指摘され、ウキウキ気分のディアメロもガゼボを見やれば。確かにそこには、気品が溢れまくっている貴婦人がゆったりと座っている。そんな彼女の存在に……ディアメロは「あちゃー」とでも言いたげに、額に手をやり、天を仰いだ。
「ディアメロ様?」
「……あれは、母上だ」
「へっ?」
「きっと、誰かが漏らしたんだろう。あの様子だと、茶会に混ざるつもりに違いない」
憎々しげにガゼボに視線をやるディアメロの一方で、「母上」もこちらに気づいた様子。お上品に手を振っては、にこやかに微笑まれる。
「あのぅ、別に私はご一緒でも構いませんよ? 緊張しちゃうとは思いますが、お話をするくらいなら……」
「いや、ダメだ! 母上なんかに混ざられたら、お前と話ができなくなるじゃないか!」
「え、えぇと……?」
「母上はメチャクチャお喋りなんだよ! お前のことも根掘り葉掘り聞いてくるだろうし、勘違いさせたらば、孫はいつだなんて言い出すに違いない!」
「ワーォ……。それはまた、逞しい想像力ですね……」
今の今まで、「母上」に散々苦労させられてきたのだろう。今度は鬱々と頭を抱えては、ディアメロがブツブツと不穏な事を呟き始める。
「絶対にミアレットは渡さないんだからな……! 指一本、触れさせないぞ……!」
「渡すって……王妃様に? 私を、ですか⁇ しかも、指を触れさせないって、どういう発想です?」
「あっ、でも……ま、まぁ? 僕も孫の顔を見せてやるのは、吝かじゃない……。母上が混ざった方が、却って話も進むか……?」
「はい?」
「い、いや……まだその時じゃない! こういうのには順序とか、様式美とか、色々と段階があるだろうし……」
「ディアメロ様? もしもし? 大丈夫です……? 私の声、聞こえてます⁇」
ミアレットの問いかけに、ハタと現実に引き戻さるディアメロ。しばらく呆然とした後に、「ゴホン」とそれらしく咳払いをして誤魔化すが……苦悩と野望とがダダ漏れな時点で、格好もつかない。
「……とにかく、気を取り直して行くか……。どうせ、僕には母上を追い返すことはできないし……」
「そうなんです……?」
さも情けないと、肩を落とすディアメロだったが。ミアレットとのお茶を諦めるつもりもないらしい。尚も何かを取り繕うようにミアレットの手を取ると、覚悟を決めた様子でガゼボへと歩みを進める。
「うふふ……やっと、そちらのお嬢さんを紹介してくれる気になったのかしら?」
「……母上。言っておきますが、今日はミアレットと2人きりでお茶を楽しむ予定だったんです。……こうなった以上、参加するのは構いませんが。余計な口は挟まないで下さい」
「まぁ! 余計な口を挟むだなんて、とんでもない! 私はただ、あなたの手助けをしたいだけですわ! それでなくとも、ダーリンから聞きましたよ? ディアメロはこちらのお嬢さんにゾッコンなのですって? だったらば、母親として何が何でも、あなたの恋を成就させなければなりません! それでなくても、ディアメロは普段から素直じゃなくて、奥手なものですから……」
「母上、もう結構ですから! とにかく、黙ってください! お願いだから、黙って!」
最後は絶叫にも近い息子の懇願を受け、渋々とお黙りになる王妃様ではあったが。これは確かに「お喋りが過ぎる」と……ミアレットだけではなく、背後に控えているルエルとカテドナも確信せざるを得ない。
「……やれやれ……。驚かせて悪かったな、ミアレット。とにかく、こちらへ」
「は、はい……よ、よろしくお願いいたします……」
先程の舌鋒からするに、ナディア妃はミアレットを憎からず思っている様子。少なくとも、彼女からは敵意は感じないし……むしろ、ニコニコと歓迎してくれているようにさえ、思える。しかし……。
(使用人さんはそうでもなさそうね……)
彼女達の探るような鋭い視線には、明らかな猜疑心が見て取れる。王妃様があっけらかんとしている背後で、揃いも揃って怖い顔をしているともなれば。……彼女達は大臣の息がかかっていると思って、良さそうだ。
(使用人さんはディアメロ様の方で用意するって、言っていたけど……うーん。この雰囲気だと、王子様達には召使いさんを選ぶ自由さえないのかも……)
そして、その不自由はナディア妃も同じことだろう。それでなくとも、ディアメロには王妃様を誘うつもりはなかったのだ。彼女はあくまで飛び入り参加であるし、このセッティングには王妃様の意思は反映されていないと考えた方が、無理もなさそうか。