5−2 なかなかに由々しき展開
「おはようございます……。えっと、今日もラウドさんを呼んで頂けないでしょうか……?」
「あっ、あなた様は!」
「ミアレット様ですよね! お待ちください、すぐに呼んで参りますッ!」
メイドさん2名に連れられて、やって来ましたグランティアズ城。そうして城に着くなり、ミアレットは合言葉・「ラウドさんを呼んでください」を口にするものの。何故か、ミアレットは「顔パス」認定をされているようで。グランティアズ城の門を守る兵士がミアレットを見るや否や、ラウドを呼びに行ってくれた……の流れがスムーズなまでは、良かったのだが。またもディアメロが直々にお出ましになるのだから、王子様は相当に首を長くしてミアレットを待っていてくれたようだ。しかし……。
「……で? 今日はエルシャじゃなくて、メイド同伴でやってきたのか?」
「はい……。1人では心配だと、付いて来てくれたんです」
「……何が、そんなに心配なんだ? 僕がいきなり、お前を襲うとでも?」
「いや、そういう含みは全くありませんよ?」
ミアレットの背後に2名のお目付役がくっついているのも認めて、ディアメロはあからさまに渋い顔をし始める。とは言え、最初はエルシャに同行をお願いしていたし、ミアレットには「今はまだ」2人きりで会うつもりはない。
(会って早々、嫌そうな顔はしないでほしいわぁ……)
ミアレットの顔を見つめ、後ろに控えているメイドさんにも視線を移し。不機嫌そうな表情から一転、今度はディアメロが悲しそうにため息をつく。
「もてなしの準備もしてあるし、使用人はこっちで用意するのに……。何が、そんなに気に入らないんだか……」
「別に気に入らないとかではなくて、ですね? えっと……」
「まぁ、いい。付いて来てしまったものを追い返すのも、忍びない。……来いよ」
「はいぃ……」
ぶっきら棒に言いつつ、しっかりとミアレットの手を取るディアメロ。そんな彼のやや強引なエスコートに……兵士さん達が微笑ましいとニコニコしているところで、ルエルの「キャッ!」と言う嬉しそうな声が聞こえた気がする。……いずれにしても、皆様が楽しそうで何よりだ。
「それで? 今日は僕と兄上のどっちとお茶をするつもりなんだ?」
「へぅ? もちろん、お誘いは両方お受けしますよ? 何度もお城に押しかけるわけにはいきませんし……そのつもりもあって、同じ日にお約束したんですけど」
「……そう、か……」
ミアレットはただ正直に答えたつもりだったが、ディアメロとしては彼女の答えは面白くない以上に……ガッカリしてしまうものだった。ナルシェラとディアメロ、どちらがついでなのかが分からない以上、強引な真似はできないとディアメロは考えるが。……しかして、一方のミアレットはそこまで深く考えていない。ただただ、王子様達からお誘いを頂いて、無視できないと義務感にかられているだけなのだ。兄弟のどちらもサブではないし、どちらもメインではないのが、正直なところである。
(くぅぅ! これは、なかなかに由々しき展開ですわ……!)
(……ルエル様、どうされました?)
王子様に手を引かれつつも、ドライな会話を繰り広げるミアレットの背後で、ルエルがギリギリと歯軋りをしている。そんな挙動不審な天使様にこっそりと、カテドナが応じるが……。
(見てお分かりになりませんこと、カテドナ。王子様のアッピールが、ミアレットにはまるで通じていないではありませんか!)
(そのようですね。ですけれど、こればかりはご本人様のご意志も大切かと……)
(そんなものは、後からついてくるものです! まずはカップリングが先ですわ!)
(明らかに、順序が違う気がしますが……?)
天使様基準と権限で、ミアレットの恋路をゴリ押ししてやると息巻いているのだから、手に負えないが。果たして、ルエルの迷案に引っ張られる形で、カテドナは妙案を思いついた様子。
(でしたらば、ミアレット様に我らからもお願いしましょう。是非に王子との交流を深めていただき、調査の手筈を整えていただきたい……と)
(と、おっしゃると?)
(ローヴェルズの拠点作りが難航している以上、城内のスペースを借りられれば、これ以上の好条件はないでしょう。王の城はその土地の要衝であると同時に、安全な場所に築かれるもの。……瘴気濃度もそうですが、何よりミアレット様の御身を守る意味でも、こちらが適切な建造物であることには、違いありません)
(そうね。それは確かに言えているわ)
(もちろん、ミアレット様のご意向を優先するのは、言うまでもないと思いますが。まずは、王子との婚約について前向きに検討していただき……)
(いい条件をぶら下げた方に、くっ付ければいいのね!)
カテドナが言わんとしている事に同意して、やや黒い笑みを浮かべるルエル。カテドナはあくまで、仕事優先での発想をしているだけなのだが……天使様の思考回路は素敵なことに、丸ごと恋愛イベントに特化している。その勘違い、まさに破竹の如し勢い。
(いや、強引にくっつけるのではなくて、ですね? ミアレット様を主軸に、我らも一緒に交流を深めて……)
(そんなまどろっこしい事はゴメンだわ。ここはとりあえず、王子達に吹っかけてしまいましょう。ミアレットと婚約したいのだったら、土地を寄越せって)
(絶対にやめておいた方がいいと思いますよ、それ。あまり強引なことをされると、ミアレット様に嫌われてしまうかも知れませんし……ルシファー様へ報告されたらば、任務から下されてしまいますよ?)
(……えっ? そうなの……?)
移動中のやり取りでさえ、カテドナに悩みの種を投下しまくるルエルだったが。流石にお役目を取り上げられるとあっては、勢いをセーブできるものらしい。
(やはり、ルエル様も天使長様が怖いみたいですね。……ミアレット様にもルシファー様が切り札になることを、お伝えしておきましょう)
……当然ながら、「デキるメイドさん」なカテドナが、彼女の弱みに気づかないはずもなく。たちまち勢いが萎んだルエルを他所に、ミアレットのこれからについて思いを巡らせる。
(中庭に出ましたね。……さて。王子様はどんなおもてなしをしてくださるのでしょうか?)
ルエルの勢いをクールに沈静化しつつ。ぎこちないなりに、会話を弾ませているミアレットとディアメロを見つめては、恋路を見守るのも悪くないかと思い始めるカテドナ。やや方向性が危ういルエルはともかくとして。人の子が甘酸っぱい青春を謳歌している光景は、彼女にとってもなかなかに新鮮である。