5−1 諦めた方がよろしいかと
(あぁぁ……今日も面倒な日になりそう……)
王子様達から「是非にお茶を!」とお誘いを受けていたので、無視するわけにもいかないと……単身、ウィンドブルームで出かける事になったミアレット。1人では心細いとエルシャにも同行をお願いしたが、「私が行ったら、完璧に邪魔者じゃない」と素気無く断られてしまった。
なお、エルシャはクラウディオと一緒に、マーゴットの農園へ出かけるつもりとのことで……ミアレットも可能ならば、全力でそちらにご一緒したかったし、王子様達に囲まれるよりは遥かに気楽でもあったろう。
(でも、とにかく行くしかないわよね……。王子様達とは約束もしちゃっているし……)
そうして、(大袈裟にも)覚悟を決めてウィンドブルームを呼び出すミアレットだったが……。
「あなた様が、ミアレット様でいらっしゃいますか?」
「はひ……そ、そうですけどぉ……。えぇと、どちら様です?」
しかし……いざ行かんとしたところで、メイドさんらしき淑女2名に呼び止められる。ファヴィリオ邸の前庭で箒に跨ろうとした状態のため、絵面的には間抜けなこと、この上ない。
「あぁ、申し遅れました。私はカテドナと申します。……アケーディア様より、ミアレット様の身辺警護のご依頼をいただきました」
「そして、私はルエル。学園長より、ミアレットの恋愛もよ……いえ、活動を見守るよう言われて参りましたわ!」
「は、はぁ……」
ミアレットの気の抜けた生返事にさえも、恭しくカーテシーを返してくる2名のレディだが。……カテドナはともかく、ルエルの方は「恋愛模様」と言いかけていたし、明らかに派遣された目的に不穏なものを感じては……ミアレットはまた面倒な事になったと、天を仰ぐ。
(カテドナさんはアケーディア先生経由……つまり、悪魔なのはいいとして。ルエルさんは学園長経由……となれば、天使様よね?)
しかも、恋バナ大好き系のお姉様と見た。
「ところで、ミアレット様。これから、お出かけですか?」
「えっとぉ……その通りなんですけど。……ちょっと、行き先は言いたくないと申しますか……」
カテドナの質問に、モゴモゴと口籠ってしまうミアレット。……それはそうだろう。ルエルは間違いなく、天使様達のネタ補給にやってきているのだ。そんな彼女に、出会い頭早々にネタをばら撒きたくはない。
「……カテドナ様、でしたっけ?」
「私の事はカテドナで構いませんよ、ミアレット様」
「そ、そうですか? じゃぁ、カテドナさん」
「はい。いかが致しましたか、ミアレット様」
「……まず、そちらもミアレット様じゃなくていいです。私はお2人にしたらば、ただの小娘でしょうし……様付けは落ち着かないです」
「まぁ! アケーディア様からもお伺いしておりましたが……ミアレット様は本当に、謙虚で賢いお子様でいらっしゃるのですね。でしたらば尚のこと、ミアレット様とお呼びせねば!」
「そうなります……?」
まずはマトモそうなカテドナに話を振るものの。彼女は真面目を通り越して、相当に堅物の様子。ミアレットのお願いなぞ聞く耳も持たないとばかりに、「ミアレット様呼び」を強行してくる。
「あぁぁ……呼び名はとりあえず、それでいいです……。で、すみません。……カテドナさんの方に、ちょっとお願いがありまして……」
「あら、私には何もないのですか? ミアレット。まずは私に話しなさいな」
一方、ルエルの方は流石は天使様と言った風情で、やや高慢な態度を隠さない。ミアレットとしては呼び捨ての方がしっくりくるものの、カテドナの丁寧な対応を目の当たりにすると、ますます不安にさせられる。
(うぐ……! もしかして、ルエルさんの方が偉かったりする……?)
身近な実例を思い出し、ミアレットは2人のメイドさん達の力関係をそこはかとなく悟る。ハーヴェンにしろ、マモンにしろ。悪魔達は実力があるにも関わらず、律儀に天使と契約をしては彼女達の尻に敷かれていたし、他のペアを思い起こしても……理不尽な扱いはないにせよ、主従関係はハッキリしていた。
天使が契約主で、悪魔が従者。悪魔側がいくら強かろうとも、彼らは恐ろしい程に従順に天使に従っては、悪さの1つもしでかさない。
「実はこれから、王子様達に会いに行くところなんです……。お茶にお呼ばれしてまして……」
天使と悪魔の関係性を頭の中で逡巡し、カテドナだけに話せば、却って彼女を困らせてしまうかもと……素早く心算しては、仕方なしに白状するミアレット。ルエルがカテドナの契約主だった場合、従者を優先したとあらば、後でカテドナが酷い目に遭うかも知れない。
……天使様達がそこまで乱暴だとは思いたくないが。彼女達が目的……もとい、恋愛イベントのためならば、凶暴になるのは織り込み済みだ。余計な荒波を立てるくらいなら我慢する方がマシだと、ミアレットは自分に言い聞かせた。
「そうでしたの⁉︎ でしたらば、是非にでもご一緒して、観察させていただきますわ!」
「あぁ〜、やっぱりそうなります……?(だから、言いたくなかったんですよぅ……!)」
瞳を輝かせ始めたルエルに、遠い目をしてしまうミアレット。ここまで予想通りだと、ますます不穏である。
「それはこちらとしても、都合がいいですね。グランティアズ城は候補地エリアに含まれていますし」
「へっ? それって……どういう事です?」
しかして、恋愛イベントには興味が薄いはずのカテドナまで、思案気に顎に手をやっては……こちらはこちらで、好都合だと言い出すではないか。だが、彼女の方はあくまでお仕事が優先の様子。しっかりとミアレットにも事と次第を説明してくれる。
「ミアレット様も、グランティアズの王子様達が魔力を封印されている可能性がある事は、ご存知かと思いますが……」
「はい、それについてはルシフェル様からも聞いてます……」
「話がスムーズでよろしゅうございますね。実はルエル様と私はミアレット様を護衛すると同時に、そちらの王子様達の身辺調査もご用命いただいておりまして。……常駐先を確保するべく、現地人に交渉をしなければならないのです」
それでなくとも、天使達は瘴気に弱い。そのため、彼女達も心置きなく調査に励めるように、瘴気濃度が薄い土地を探していたという事らしいのだが……。
「ですが、そう言った場所には既に住人がいますからね。流石に、強引に立退を要求するわけにも行かず……拠点作りが難航していたのです」
「そうだったのですね……」
そこまで話し終えると、しんみりとするカテドナ。相当に真面目らしい彼女は、自分のためではないと言うのに、任務がスムーズにいかないのが悔しいらしい。
「ですけど! ミアレットのお出かけ先はグランティアズ城なのでしょ?」
「え、えぇ……一応は……」
「でしたら! まずは一緒に住めるよう、交渉してみましょう! それでなくとも、ミアレットは王子達から求婚されているのでしょう? だったらば、私達もセットで城の一部を間借りすればいいじゃない!」
しかし、真面目なカテドナの配慮をぶった斬る勢いで、ルエルがおかしな事を言い出した。
……ちょっと待て。いくらなんでも、いきなり住ませてください! しかもメイド付きで……は非常識にも程がないだろうか? ましてや……。
「あのぅ……相手は王族ですよ? 天使様達はともかく……平民がそんな事をお願いできる相手じゃないんですけど……」
「何を気弱なことを言っているの! 王妃になる野望があるのなら、ここはグイグイ押さないとダメじゃない!」
「い、いや……いくらなんでも、そこまでは……! 第一、そんな野望は微塵もないんですけど⁉︎」
「このチャンス、逃すおつもり⁉︎ 任せておきなさい! 私達も全力で援護しますから! 王妃になるついでに、王子達の呪縛も解いてあげましょう!」
「援護はいりませんし、そもそも目的が逆ですよね⁉︎ 王子様達の魔力問題を解決するのが、大前提でしょうに! そっちがついでじゃないですって!」
だが、人の子の訴え虚しく……ルエルは意気揚々と翼を広げては、ミアレットにも付いて来るように指示を出してくる。そうされて、カテドナも「諦めた方がよろしいかと」とミアレットに耳打ちしつつ、嬉しそうにこちらも翼を広げるので、確信犯であるらしい。
(いやぁぁぁッ⁉︎ 今日は面倒な日になりそう……じゃなくて、面倒な日確定ですかッ⁉︎)
そうして、仕方なしにメイドさん2名に連行されるミアレットだったが。彼女に拒否権という名の、恋愛イベント回避ルートは用意されていないのだった。
【登場人物紹介】
・カテドナ(地属性/闇属性)
憤怒の上級悪魔・アドラメレクを本性に持つ、クラシカルな雰囲気のメイドさん。
アドラメレクはハウス・スチュワード(家令)を筆頭に、全員が使用人であるため、カテドナも魔界・サタン城にてメイドの役割をこなしているが……サタンがややお間抜けな大悪魔なため、使用人達の発言権の方が強かったりする。そのためか、サタン城の使用人達は輪をかけて誇り高く、強気な者が多い。
カテドナも普段は貞淑であり、非常に礼儀正しいものの。ひとたび怒らせてしまうと、憤怒の悪魔であることも相まって、得意武器のメイスを振りまわし、手が付けられない暴れっぷりを見せる。
・ルエル(水属性/光属性)
神界の「救済部門」に所属する、中級天使。
悪魔が人間界に出る時は天使との契約が必須という事情もあり、カテドナの契約主としてローヴェルズ監視に参加する事になった。
その上で、ミアレット護衛に同行している……と見せかけて、ミアレット周辺の恋愛事情を記録するために派遣されたと本人は思っているらしい。
天使の例に漏れず、恋バナが大好きな「恋に恋する乙女」である。
中級天使のため、戦闘能力はカテドナより遥かに劣るが、回復魔法は一通り行使可能。