4.5−2 努力ができない魔術師に、価値はありません
アケーディアが待ち合わせていたのは、見目麗しいメイドさん。キリッとした表情も素敵な彼女は、由緒正しい雰囲気のメイド服も相まって、プリティ&トラディショナル。きっと、この学園に働きに来たんだろう。だったらば、顔を合わせるチャンスはいくらでもあるだろうし……俺の専属メイドにしてやるのも、悪くない。
「デュフ! そうか、そうか! 俺のために、わざわざご苦労だったな! 折角だし、自己紹介を……」
「……何を勘違いしているのか、知りませんが。彼女は女神の愛し子のために来てくれたのですよ。君のためではありません」
「はっ? いやいやいや! だったら、ますます俺のためじゃないか。クージェでは神の御子として、崇められてたんだぞ⁉︎」
女神の愛し子とは、まさに俺のことじゃないか。そっちこそ、勘違いも大概にし給えよ。
「……あぁ、そういう事でしたか。君が例の編入生……イグノ・ガルシェッドでしたか?」
「そ、そうだ! 俺こそは、イグノ・ガルシェッド! 神に選ばれし、天才貴公子!」
「……だったのは、過去の話ですね。努力も工夫もなく、学業への態度や成績は最悪。ファイアボールしか使えないクセに、自信だけは有り余っている問題児……それが、学園における君の評価ですよ」
「なっ⁉︎ 俺にそんな事を言っていいのか⁉︎ 俺は女神にも認められた、神の御子だぞ! 丁重に扱うのは、当たり前だろう!」
「……その女神に見放された落第生が、何を言っているのです……。一応、申しておきますが。君はとっくに女神の愛し子ではなくなっています。思い上がりも程々にしておきなさい」
「はっ……?」
ちょっと待て。シルヴィア様はそもそも、俺の嫁候補だったはず……! そんな俺のために存在している女神が、俺を見放すなんて……あり得ないよな?
「努力ができない魔術師に、価値はありません。目に余る怠慢が故に、女神達からも見捨てられている事は自覚しておくべきですね」
そこまで言い切って、クルリと背を向けると……俺を無視して、メイドさんと話し込み始めるアケーディアだが。彼らの話からするに、どうやら本当に別の御子がいる様子。彼女はそのもう1人の御子のために、呼ばれた専属メイドだとかで、派遣先もこの学園ではないらしい。
「と言うわけで……あなたには、ローヴェルズに向かっていただきます。あぁ、ご安心を。護衛対象のミアレットは、非常に賢い人間でしてね。君が苦労する場面はほぼないはずです」
「えぇ、存じております。ミアレット様は非常に優秀な魔術師だと、魔界でも評判ですわ。我ら、アドラメレクの間でも話題ですの」
「ほぅ、そうでしたか。でしたらば、話も早い。彼女は既に、心迷宮の攻略にも参加していましてね。是非にそちらのアシストもお願いしますね」
「もちろんですわ。ふふ……人間界でのお仕事のご用命なんて、楽しみで仕方ありません。腕の振るい甲斐もありそうです」
「えぇ、頼みましたよ。君であれば、問題ないと思いますが。何かあれば、すぐに知らせてくださいね」
「かしこまりました」
結局、自己紹介する隙さえも与えられないまま。メイドさんはアケーディアにニコリと微笑むと、そのまま去って行く。……ちょっと待て。俺には一目もくれなかったぞ、彼女。ここまで無視されると、かなり傷つくんだが。
(あ、あり得ない……! 俺以外に御子がいるのも大概だが……! そっちの奴は、なんでそんなに認められているんだよ……!)
努力と労働はしたら負けだと、思っていた。異世界転生さえできれば、後はチートで無双し放題。努力なんかしなくても、モテモテパラダイスだと信じていたのに。それなのに……。
(どうして、俺が苦労しないといけないんだ? でも、このままだと……)
クズ認定まっしぐらっぽい……。
どうやら、この世界では努力をしないのは冗談抜きでマズい模様。もしかして……もしかしなくても、俺は転生先を間違えたんじゃなかろうか? 転生者がチートでウハウハなのは、定番だったはず。それなのに、この世界にやってきてからと言うもの……それらしい展開は一切ないし、楽して美味しい思いをできたのは、最初だけだ。
(く……まさか、本当に努力をしないと、このまま見捨てられるのか……?)
嫌だ! 頑張るなんて、絶対に嫌だ! 俺は選ばれし、高貴なる存在……と、そこまで考えて、それは果たして正しいのだろうかと首を傾げてしまう。
(……考えたら、生前の俺は特別な存在でもなかったんだよな……)
生まれはごくごく普通の一般家庭。兄貴がいたが、奴ばっかりが優秀だと持て囃され、子供の時から面白くない思いをさせられてきた。パパには諦められていたようだが、ママは最後まで俺にも優しかったことは救いだったかも。
とは言え……俺の人生はどこまでも惨めだった記憶しかない。
就職に失敗し、社会人にすらなれなかった俺はバイトも長続きしなかった。だって、働き方を教えてくれる奴がいなかったんだもん。俺のモチベを上げてくれる美少女がいなかったんだもん。リアルの女の子より、ネットの女の子の方が優しかったんだもん。俺は悪くない。絶対に、俺は……
(悪くないんだもんッ!)
そうだ、俺は悪くない。やっぱり、努力なんてしたくないし、しなくていいんだ。なんと言っても、俺は転生者! チートで美味しい思いをする権利があるッ! 辛いのは今だけ……きっと、今だけだ。大体、チート系主人公が成り上がるのもよくある展開じゃないか。最初は辛い思いをするけれど、後から才能が開花して無双&ざまぁでスカッと活躍しちゃうのが、テッパンってヤツよ!
「……まだ、いたのですか?」
「いちゃ悪いのかよ」
「悪くはありませんが、良くもありませんね。……サッサと部屋に戻って、少しは魔法の勉強でもしたらどうなのです」
くっ……! 折角、ヒトが決意を新たにしていたと言うのに……なんなんだよ、こいつは。いきなり、水を差すような事を言いやがって……!
「フン! 俺は努力なんぞしなくても、デキる男だからな!」
「……左様で? 本当に、そうだといいんですけどね。言っておきますが……こちらとしては、君のようなお荷物はスッパリと放逐したいのですが。しかし……魔力適性だけは高いようですので。様子見も兼ねて、特別措置を取る事にしました」
「特別措置?」
もしかして……俺の才能を見込んで、特別な力でもくれちゃう感じか?
「なんだ、なんだ。ちゃんと、特別待遇を用意してくれているのか。だったら……」
「えぇ。君のようなクズでも、使い道はあるのでね」
「はっ?」
「君にも、新学期の初等カリキュラムは受けて頂きますが。君は女神達からも既に見込みなしの判断が下っているのですよ。ですので、ハーヴェンと一緒に危険度の高い任務に従事してもらいます」
「えっと……?」
それはつまり、あれか? 俺の才能を生かすために、難易度の高い任務をさせようって事か?
「……それのどこが、見込みなしなんだ? 俺の才能が惜しいからって……」
「違いますよ。君程度の才能、いくらでも穴埋めは可能です。危険度の高い任務を経験してもらう事で、この世界の厳しさを身を持って学んで頂くつもりではいますが。最悪の場合は、捨て駒にしても良いと、マナからも了承を得ています」
「捨て駒……? いやいや、それはいくらなんでも……嘘、だよな?」
「嘘ではありませんよ? ハーヴェンにも君が言うことを聞かず、更生の予兆も見られない場合は切り捨てていいと言ってありますしね。……努力なき者には、死あるのみ。重々、覚悟しておくことです」
そこまで言い切って、ため息をつきつつ……スタスタと去っていくアケーディア。俺はしばらくの間、奴の背中を呆然と見つめることしかできなかったが……いよいよ、冗談抜きでヤバいらしい事に気づく。
(……このままだと、殺されるってことか……?)
えーと……でも、俺は努力の仕方が分からないし……。頑張るなんて、つまらない事はしたくないし……。できることと言えば、頑張っているフリくらい……。
(って、そうだよ! 頑張るフリだけしてれば、いいんだよ!)
疲れることは、嫌だもん。頭を使うのは、面倒だもん。転生したからには、ラクして、美味しい思いをしたいもん。
(よし! だったら、早速……頑張るフリを頑張るぞ!)
実際に苦労しなくても、それらしく見えれば問題ナシ! よっしゃ、俄然やる気が湧いてきたぞ!