4−36 素敵な業務形態
「うあぁぁぁ! 逃げられたぁ! イケメンに、逃げられたぁぁぁ!」
心迷宮から無事に、帰還せしめたが。ミアレットは戻るなり、盛大に地団駄を踏んでいるミシェルを遠い目で見つめていた。翼のおかげで辛うじて天使らしき生物であると、判別できるものの。騒いでいる理由が理由なので、折角の神々しさも台無しであるし、非常に痛々しい。
「ミシェル様、そんなに喚かなくても……」
「そうはいかないでしょ! 貴重なイケメンがいなくなったんだよ⁉︎ ボクの原動力が! ボクの最大の楽しみが! いなくなっているんだよ⁉︎ 深魔発生よりも一大事なんだけど⁉︎」
「えぇぇ〜……」
どう考えても、深魔発生の方が一大事だろうに。何を考えているんだ、この大天使様は。有事よりも個人的趣味を優先させるもんじゃありません。
「でも、あの拘束魔法、外からじゃないと解除できないんですよね?」
「うん、そうだねー。んでもって、マジックディスペルなんかを使う場合、シールドチェイン自体の構築を知っている必要があるから、難易度激ムズだったはずなんだー」
だとすると、シールドチェインを解除したのは……天使言語を知っていてかつ、マジックディスペルまでも使いこなす相手という事だろうか?
「うーん……しっかし、しくじったなぁ。これを解除できるのって、マモンかアケーディアくらいだと思ってたんだけどー」
「そうなんです? でも、先生達がセドリックを逃すとは思えませんけど……」
「だよねー。だから、別の誰かだろうねぇ、鎖を解除しやがったのは。ま、逃がしちゃったものは仕方ないか。セドリック君の魔力データは捕捉済みだしー。いつでも追跡可能だから、チャンスはまだあるしー」
「そうだったんです……?」
それならば、こんなにも大袈裟に騒がなくてもいいだろうに。しかして……ミアレットがそんな事を考えている側から、大天使様は悪い意味で前向きな反応を示す。
「あぁ……すぐに調教できないのは、残念だなぁ。でも……この際、じっくり追い詰めて料理するのも、悪くないね。ふふふ……天使の執念、甘く見ないでほしーなぁ……!」
「うわぁ……」
その執念、他に向ける場所はないんだろうか? 執念の使い道……間違っていませんか?
ミアレットはやっぱりズレている天使様の感覚に、脱力してしまうが。それはクラウディオも同じと見えて、コソコソと耳打ちしてくる。
(ミアレット。あれ、大丈夫かなぁ……。セドリックが心配なんだけど……)
(……大丈夫じゃないと思います。セドリック、完璧に詰みましたね、これは。……天使様達って、なんだかんだで人間をきっちり監視しているみたいですし……)
(そうなんだ……。うん、やっぱり悪い事はしちゃダメだよね)
(……そうっすね)
セドリックの身を案じつつ、非常にお利口な結論に至るクラウディオと、もうもう色々とツッコむ気にもなれないミアレット。
悪い事をしようと、しまいと。天使様達の監視対象には「イケメン」や「恋バナのネタ」が含まれるのも、ミアレットはよく知っている。彼女達が無駄に人間界に出たがるのは、お仕事の原動力補給が目的なのだ。本筋のお仕事でやってくる訳ではないのが、悲しいかな。……天使様達の素敵な業務形態だったりする。
「とにかくお仕事は完了したんだし、報告書をって……うにゃぁぁぁッ⁉︎ ヤバい……ヤバいヤバいヤバい! ボク、大ピンチかも⁉︎」
「……今度はどうしたんですか、ミシェル様……」
ともあれ、今回は(ついでに)お仕事をこなしたのだから……報告書を出しましょうと、ミシェルが精霊帳を見るや、否や。今度は絶叫し始めるのだから、天使様というのはリアクションまでもが忙しい。
「天使長から、呼び出し食らった……アハハ。そう言えば、今回はボク……勝手に出てきちゃったんだよねぇ」
「えっ? えっとぉ……天使長様がお願いしてくれたから、ミシェル様が来てくれたんじゃなかったんですか?」
「実は、このお仕事……最初はラミュエルが担当する予定だったんだけど……ほら、面白そうだったから? ボクが代わりに行くよって、飛び出してきちゃったんだ……。タハハ……」
「そうだったんです……?」
結果的にはクラウディオを助けられたのだし、(結果はともあれ)深魔対応も完遂できたので、必要以上に考なくてもいいのかも知れないが。ミシェルよりも格段に落ち着いているラミュエルだったらば、ここまで苦労しなかった気がすると、ミアレットはまたも乾いた笑いを漏らしてしまう。
「……とにかく、ボクは至急帰らなきゃ……。ミアちゃん、悪いんだけど。クラウディオ君はお任せしてもいい?」
「はい、大丈夫です。元々、クラウディオ君を探すって出てきてましたし。なので……クラウディオ君。一緒にお屋敷に帰りましょ?」
「うん! あっ、でも……ちょっと待って」
ミアレットがウィンドルームを呼び出して、どうぞと後方を示して見せると。素直に頷くと見せかけて……クラウディオが気落ちしているミシェルに駆け寄る。
「あのっ、大天使様」
「うん? 何かな、少年」
「今日は……ありがとうございました。母上は助けられなかったれど……僕、ミシェル様のお陰で、大切な事に気づけました」
「そっか。それは何より。うんうん、少年も逞しくなったねー。その調子でイケメンを目指してくれると、ボクもとってもハッピーだなぁ。いずれ、獲物として狙わせてもらうからねー」
「え、えっと……それはちょっと……」
いかにもミシェルらしい回答に、尻込みするクラウディオ。それでも、最後は2人で笑い合うと、クラウディオはいそいそとミアレットの方へ戻ってくる。
「それじゃぁ、やっぱりお仕事は大成功って事にしておこうっと。迷える少年をちゃんと導きました……なんて、天使っぽいし、天使長も納得してくれるっしょ。と、いうワケで……少年少女よ、また会おう!」
「あっ、はい……」
どういうワケかは、今ひとつ意味不明だが。最後はどこぞのヒーローらしきセリフを残し、シュタッと飛び立っていくミシェル。そんな彼女の眩しい背中を見送って……天使様達にも深い事情や思い出があるものなのだと、ほんのりと感傷に浸るミアレットだった。




