4−34 モノは考えよう
「ちぇー……まだ、暴れ足りないんだけど〜」
「あれだけ大暴れして、まだ足りないんです……?」
命乞いを無視しつつ、追加のお仕置きも断念し。スッパリと蛇の首を貫いた後は、ただただ、ミシェルがブーブーと不満を垂らすのみ。いずれにしても、ボスと思しき漆黒霊獣の調伏(と言うより、虐待)は完了したのだ。いつもの流れだと、心迷宮とのお別れも近いはず。
「段々と暗くなってきましたね。この調子なら、無事に戻れるわ」
「そっか。それは良かった。でも、結局……母上を助けることはできなかったな……」
「そう、だよね……」
法則変化後のステージはどう考えても、ミランダの心迷宮ではないだろう。「思い出がないから、執拗に娼館の一室らしき部屋を再現し続けている」と、ミシェルが指摘した通り……ミランダの自我は、先程の黒蛇に完食されてしまったのだ。
「あっ、探索結果を送ってくれたんですね?」
「一応ねー。で、どうどう? 攻略完了っぽいかな? 少年も頑張ったんだし、一緒に宝物の山分けと行こう」
「は、はい!」
気落ちするクラウディオを元気付ける意味もあるのだろう。ミシェルは早速、ミアレットの魔術師帳にリザルトを送ってくれた様子。
「戦果もトロフィーも出てるし、問題ないかと。今回の攻略は完了と見て、間違いなさそうです」
「そっかー。それじゃ、大人しく撤退するかぁ。でも、もうちょっとお仕置きしたかったなぁ」
「いや、あれ以上は勘弁してください……私もトラウマになりそうです」
任務完了を残念がるなんて、大天使様は余程、暴れ足りないと見える。彼女のいつもの調子に、少しだけ安心しつつも……ミアレットは「結果発表」に目を落とすが。……なんだか、嫌な雰囲気のアイテムが具現化している事に、軽く目眩を覚える。
***
発生対象:人間(成体)
発生日:人間界暦 2722年 312日
発生レベル:★★
報酬分配:レシオ
最終迷宮性質:精神リンク
最終深度:★★★
戦果状況
ミシェル(クラス:アークエンジェル)
貢献度:58%
ミアレット(クラス:ウォーメイジ)
貢献度:27%
クラウディオ(クラス:メイジ)
貢献度:15%
トロフィー
①ニーズヘグの鱗 ×14
②深魔の破片・小 ×2
③ハーロットダガー ×1
***
(ニーズヘグの鱗……って、アレよね? さっきまで、子供の形をしてた……)
生み出された時から満身創痍の、不気味な子供達。それの名残がアイテム化するなんて……やっぱり、今回の心迷宮はつくづく悪趣味だと、ミアレットは思わずにはいられない。
アンジェの心迷宮の時も、漆黒霊獣の名残がトロフィーになっていたので、この「ニーズヘグの鱗」もその類だと思われるが。……戦闘時の印象と、数の多さも相まって、あまり気分がいいものではなかった。
「それはそうと……このハーロットダガーって、なんだろう?」
「うーんと……名前からするに、これはクラウディオ君にあげた方が良さそうだねー」
「僕……ですか? で、でも……貢献度15%なのに……」
「いや。これは絶対に少年が持っているべきだと思うよ。だって、ハーロットは“娼婦”って意味だし。多分……少年のお母さんの記憶が、辛うじて具現化した武器だろうね」
早速とばかりに、ハーロットダガーなるものを取り出すと、半ば押し付けるようにクラウディオに渡すミシェル。一方……短剣を手渡された瞬間、クラウディオは目を見開き、驚愕の顔を浮かべているではないか。どうやら、クラウディオは短剣に見覚えがあるようだが……。
「……これ、失くしたと思ってた、短剣にそっくりかも……」
「えっ?」
「……10歳の誕生日に、マーゴットが短剣を作ってくれたんだ。護身用の意味合いが強かったみたいだけど、ダガーにはお守りの意味もあるんだって、言ってたな……」
マーゴットの配慮を再認識し、しみじみと呟くクラウディオだったが。彼の話では、ダガーの出どころ自体はミランダではなく、マーゴットの方であるらしい。だが、そんな短剣がミランダの思い出として具現化したことに……ミアレットはあまり良くない予想ができてしまい、内心で慌ててしまう。
(……も、もしかして……クラウディオ君が失くしたんじゃなくて、お母さんが盗んでいたのかしら……?)
見れば見るほど、クラウディオの短剣は武器と言うよりは、芸術品と言うに相応しい輝きを放っている。明るい朱色の鞘にはドラゴンを模した金細工が埋め込まれており、目には赤い宝石が付いている。鞘だけでも相当な工芸品に思えるが、短剣の柄も非常に凝った作りをしており、黄金色の持ち手には細かな鱗のレリーフが彫られている。
……この豪華さを前にしたら、極貧だったらしいミランダが手を出すのは、自然な成り行きかも知れない。
「……ハハ、そう言うこと。これ、僕が失くしたんじゃなくて、母上が持ってたんだ。考えたら、母上が来る度に……色んな物がなくなっていた気がする」
「あっ……」
ミアレットが不都合は黙っておこうと、押し止めたと言うのに。よろしくないことに、クラウディオも同じ結論に至ってしまったようで……短剣に再会できた喜びよりも、母親の手癖の悪さに今度は肩を落とし始める。
「少年、気落ちしないの。モノは考えようだよ? それはお母さんが盗んだんじゃなくて、預かってくれていたと考えれば、いいんじゃない?」
「えっ?」
「だって、君のお母さんが持っていたから、こうやってバージョンアップして返ってきたんじゃないかー。普通の短剣だった物が、バッチリ魔法武器になったんだから、次からは君も殴れる魔術師になれそうじゃない?」
「そうですね……!」
殴れる魔術師という肩書きは、やや不名誉だと思う。しかも、この場合は殴ると言うよりは、斬るなのでは……?
内心でミアレットは呆れつつも、それこそ余計なお小言だろうと、またも言葉を押し止める。クラウディオが前向きに顔を上げられるのであれば、つまらない指摘をする必要もない。
「折角、返ってきたんだ。大事にしなきゃだめだぞ?」
「はいっ!」
ミシェルの言葉に、クラウディオが顔を上げて、非常にいい笑顔を見せる。そんな彼の様子に、安心するミアレットであったが……やっぱり、モノは言いようだなぁと感心してしまうと同時に、嘘をついているみたいで気まずい。
(……ところで、ミシェル様)
(うん、何かな?)
(本物の短剣の方ですけど……)
(……それは言わないでおこう? 君の予想通りだとは、思うけど)
(ですよね……)
……本物の短剣はとっくに売り払われているだろうことは、渦中の短剣が心迷宮から具現化した時点で、予想できてしまうと言うもの。
アンジェの心迷宮にて、教えられたことではあったが。アレイルによれば、心迷宮由来の道具は「現実世界からやってきた別の者を足掛かりにして、実体を持とうとする」ものらしい。それはつまり、心迷宮のトロフィーとして発現するアイテムは元々は実体がないことを示しており、今クラウディオの手にある「ハーロットダガー」は彼が失くした短剣とは同一ではない事を、それとなく示唆している。
「そんじゃ、残りはボクとミアちゃんで、半分こにしようか?」
そんな裏事情も流しましょうと、ミシェルが意気揚々と残りの戦利品を分配しようとしてくれるが。ミアレットにしてみれば、残りの戦利品はできる事ならお引き取り願いたい。
「えっ? 全部いらないです。ミシェル様が持ち帰ってください」
「あれれ? いいの? 深魔の破片、めっちゃ貴重品じゃない?」
「大丈夫です。……よく分からないけど、既にいくつかありますし……」
成り行き任せではあったが、ミアレットの【アイテムボックス】には既に、「中サイズ」と「小サイズ」が入っている。未だに使い道が分からない道具を増やしても、扱いに困る……が本音である。鱗の方も見る度に変な思い出が蘇りそうだし、全力で手元に残したくない。
「そ? そんじゃ、遠慮なく持ち帰らせてもらおうかな。これで新しいお仕置き用の武器、作っちゃおうっと★」
(こ、これ……マズいもの渡した感じです……?)
ミアレットの遠慮と配慮は、図らずとも、新しい犠牲者を生み出してしまう模様。明るい笑顔で、物騒な事をおっしゃる大天使様だったが。当然の如く、か弱き人の子に大天使様に思いとどまって頂く言葉も権限も、用意されていないのだった。
【武具紹介】
・ハーロットダガー(炎属性/攻撃力+41、魔法防御力+72)
ミランダの心迷宮より具現化した、魔法武器。
攻略の結果、クラウディオが正式な持ち主となった。
イメージ元は何の変哲もない短剣であったが、心迷宮の残滓として、意匠を引き継ぐ形で発現。
武器としての攻撃力はさほどではないものの、魔法防御力を飛躍的に上げる効果がある。