4−33 めっちゃ不名誉ですから
「にゃっははははは〜! ほれほれ、どしたどした! ボディがスカスカじゃないか〜!」
「フシャッ⁉︎ ちょ、ちょっと待て! お前、どうしてそんなに元気⁉︎」
「あの程度の精神攻撃で、凹むミシェル様じゃないもーん。ふふふ……! 折角だし、急所を外してじっくり責めちゃおっかなー」
「ヒギャッ⁉︎」
鱗さえ剥いでしまえば、その下に残るのは浅黒い柔肌だけ。ミシェルの怒りをさらに煽ってやろうと、鱗を媒体にして舞台を演出してみたまでは、よかったものの。ラブストーリーならばともかく……バッドエンドなんぞお望みではない大天使様には、邪蛇の筋書きは響かなかった。
「ミシェル様、怖いんですけどぉ……!」
「僕も怖い……! でも、僕達も頑張らないと。本体はミシェル様に任せて、鱗の子達を倒せばいいんじゃないかな。……ちょっと辛いけど」
「そ、そうですね。私も、寝覚が悪くなりそう……。これ、絶対に悪夢で出てくるヤツですってぇ……」
本体の漆黒ニーズヘグは、すでにボロボロな虫の息。あれ程までに、記憶を寄越せと執拗に叫んでいたのに……今や、言葉を紡ぐ余裕もないらしい。対するミシェルは格好の獲物を見つけて、嬉々として矢を放つ……合間に、しっかりと回し蹴りまで蛇の頭にお見舞いしている。放つ、蹴る、罵るとやりたい放題だ。
(あれ? そう言えば……なんか、忘れているような?)
うーん、なんだっけ。ミアレットはもはや圧勝しか見えないミシェルの勇姿を遠くに見つめるものの。重要な何かを見落としている気がして、モヤモヤしていた。
(蛇と鱗の子供達と……えぇと。他にも舞台の登場人物が気がする……?)
いくら首を捻っても思い出せないと、ミアレットは唸ってしまけれど。考えども、それらしい相手が浮かばない。
「ミアレット! ミアレット!」
「……って、はっ!」
悠長に舞台の上で考え事をしているミアレットを、クラウディオの声が引き戻す。突然、何かが気になり始めたことも含めて、ミアレット自身も理由は分からないが。ただ漠然と、不穏な不快感がミアレットの脳裏にザラリとこびりつく。
「大丈夫? ボーッとしてたみたいだけど」
「う、うん、大丈夫(いけない、いけない。今は目の前の事に集中しないと)」
とりあえず、違和感の正体を考えるのは、後回し。
ミアレットは気を取り直し、クラウディオと一緒に鱗の子供達に攻撃を仕掛ける。だが、既に手負いの集団ともなれば、御すのも簡単過ぎて。ズカズカと遠慮なくお星様(物理)を飛ばすコズミックワンドの凶悪さを前に、なす術もなく瓦解していった。
「紅蓮の炎を留め放たん、魔弾を解き放て! ファイアボール!」
一方、武器を持たないクラウディオは魔法で応戦しているが、彼らの魔法防御力は高い様子。ミアレットが感じる限りでは、錬成度もそれなりに練り込まれているファイアボールであるが……火の玉はただ衝突するのみで、彼らを焦がすことも、崩すこともできていない。
「……あぁ。やっぱり、魔法の効き目は薄いみたいだ」
「そうみたいですね……。これ、私が頑張らないといけないパターンです?」
「う、うん、そうみたい。ごめんね、ミアレット。僕も剣とか持ってればよかったんだけど……。そもそも僕は体を動かすのも、苦手だから……」
「別に大丈夫です。……私も体を動かすの、苦手ですし」
そう、本来はミアレットだってか弱い魔術師だったはずなのだ。それなのに、凶暴な武器を持っているせいで、ついでに「物理で殴れる」なんて肩書きを加えられても、嬉しくも何ともない。
「でも、やるっきゃないよね……! いくわよ、必殺! スターダスト・エターナルビーーーームッ!」
「……えっ?」
本人もちょっぴり不本意な「カッコイイポーズ」を決めつつ、必殺技名を叫ぶミアレット。なお、コズミックワンドはアンジェの変身願望が主成分のせいか……それっぽいポーズを決めないと、最大威力で必殺技が繰り出されないのだ。
(とは言え……これ、ちょっと気持ちいいのよね……!)
半ば「ドン引き」しているクラウディオも置き去りにする勢いで、ノリノリのミアレットが放った攻撃が容赦なく「鱗の子供達」を殲滅していく。必殺技の見た目はマジカルだが、「ドゴッ!」とか「バキッ!」とか、明らかに物騒な効果音を聞いている限り……紛れもなく、物理攻撃である。
「すごいね、ミアレット……。殴れる魔術師は、伊達じゃないんだね……」
「クラウディオ君も、それは忘れてください。か弱い乙女にとって、めっちゃ不名誉ですから」
「そうなの? 僕は格好いいと思うけど」
素直に褒められても、やっぱりミアレットは不服である。結局、コズミックワンドの凶悪さのお陰で、さして苦労することもなく観客席の漆黒は一掃されてしまったが。残る本体・漆黒ニーズヘグはと言えば……。
「ヒャッハハハハハ〜! ほら、ほら! ほらほらほら! ごめんなさい! ごめんなさいは⁉︎ 偉大な大天使様をコケにして、すみませんでした……って、ごめんなさい、しなさい! じゃないと……強制的に回復させて、もっかい全身を滅多刺しにするよ⁉︎」
「ヒギッ……! ゴッ、ゴメンナサイ……! まさか、そんなに偉い天使だって、知らなかったし……!」
強制的に平伏させてるし。漆黒霊獣、平伏させちゃってるよ、あの大天使様。
クラウディオではないが。ミアレットもいよいよ、魔物の方が不憫で仕方なくなってきた。
「うふふふふ……! よろしい! それにしても、悪い子をお仕置きするのは、楽しいよねぇ……! うーん、どうしようかな? やっぱり……お仕置き、もう一巡行っとく?」
「ヒエッ⁉︎」
約束が違うと、か細い命乞いを無視しながら。ミシェルは高笑いと同時に、漆黒ニーズヘグの頭を思いっきり踏みつけている。大きな頭に比較しても、ミシェルはあまりに小さいが。……彼女が踏み締めた途端にズシャッと床が凹み、彼女を中心に亀裂が走ったのを見ても、天使様の圧力は凄まじい。
「あれ、止めた方がいいのかな……?」
「うん。至急、止めましょ。このままじゃ、エンドレスモードに突入しそうだし」
どこをどう見ても、決着はとっくに着いている。本体が戦意喪失をしている時点で、これ以上の嗜虐は無駄であろう。