表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不承転生者の魔法学園生活  作者: ウバ クロネ
【第4章】波乱含みの王都旅行
140/327

4−30 血塗れミーシャ

 まるで、ミシェルを避けるかのように。彼女が歩みを進めると、テントの隙間が怯えたように更にガバと開く。そんなわざとらしい反応に、ミシェルはまたも舌打ちすると……手元に戻ってきているナイフを上空に投げると同時に、テントそのものを解体せしめた。


「……全く、つくづく人の神経を逆撫でしないと気が済まないみたいだね。ふーん……やっぱり、これも再現してくるかー」

「やっぱりこれも、ですか? あれも的、ですよね?」


 テントが剥けて現れた空間は、どんよりと暗いステージの上。頭上のランプは申し訳程度の明かりを漏らすだけで、情景の全てを照らし出す気力もないらしい。まるで、ぽっかりと浮かび上がったかのように……ナイフ投げの「的」だけが佇んでいるようにも見える。


「そうだねー。しかも、あの的は人間をセットするタイプだねー」


 だが、続くミシェルの言葉に驚くミアレットとクラウディオ。何せ……ステージで待ち構えているのは、先程の丸いだけの的とは異なり、人型にくり抜いてある。漠然と訓練用なのかなぁ……と、ミアレットは考えていたが。どうやら……ミシェルが睨んでいるあの的は、恐ろしいことに人を括り付けるタイプらしい。


「えっ? ちょ、ちょっと待ってくださいよ。あんな的に人を括り付けたら……」

「確実に刺さるよね……?」


 ミアレットと同じ感想を抱いたらしい、隣でクラウディオも怯えたように呟く。しかし、ミアレット達が怯えているのを知ってか、知らずか。ミシェルはまるで何かに誘われるように、ステージの中央へと歩みを進める。


「……そうだね。確実に刺さるし、当たりどころが悪かったら死んじゃうよね。でも、この的は間違いなく、人間を括り付けるためのものさ」

「で、でも……」

「分かってる。“これ”の何もかもが、間違っているってこと。でも……昔のボクには拒否権はなかった。血塗れミーシャに、失敗は許されない。観客が望むのは、的が生き延びることじゃなくて、苦しむこと。……自分よりも弱い相手の死を楽しめる、強い自分に酔える舞台装置。ただ……それをお膳立てするためだけに、ボクはナイフを投げ続けた」

「……」


 ミシェルがまだ、「ミーシャ」と呼ばれていた頃。彼女は元々、見世物小屋での「的」として買われた奴隷だったそうだ。そして、彼女の言う「虐げる側」……つまりは、支配者階級の人間達は刺激的な娯楽を常に求め、見世物小屋では嗜虐的なショーが毎夜のように繰り広げられていた。

 表向きは愉快な愉快な、楽しいショー。でも実際は……死人が出るように仕組まれた過激なパフォーマンスで、誰かの命を売り捌いていたに過ぎない。そして、享楽のために死んでいく人間がいることが、支配者達の優越感を何よりも満たしていた。


「でも……ボクもとうとう、プッツンしちゃってね。ついカッとなって、ナイフを観客に命中させちゃったんだ」


 特段、その観客に恨みがあったわけではない。強いて言えば……「ミーシャ」は何もかもに、嫌気が差していただけだった。いつまで経っても救われない現実に、「もういいや」と……彼女は這い上がることさえ、諦めていた。


「その時のナイフは手元に戻ってくるなんて、お利口さんじゃなかったし。弾切れになった後は、見事に的役に逆戻りさ。それに……本当に趣味がいいことに、そのすぐ後に聖痕が浮かび上がってね。生贄を捧げれば神様が願いを叶えてくれるらしいって、噂になってからはあっという間。ボクは的じゃなくて……生贄として、処刑されることになった」


 愛用していたナイフを、全部取り上げられて。手足を折られ、抵抗手段も人としての尊厳さえも、奪われて。「血塗れミーシャ」は、とある金持ちが用意した「儀式用のナイフ」で「神様に捧げられる」こととなる。


「ボクにナイフを投げる権利なんて物が、売り出されてね。ご丁寧に、その権利を買った金持ちが、家宝の剣を儀式用にってナイフに作り替えたんだ。だから……このテネブル・ジョワユーズも、元々は綺麗な剣だったはずなんだよね」

 

 何度、放っても。何度、獲物を貫いても。執拗に戻ってくる仄暗い手元のナイフを見つめながら、またも視線を的に戻すミシェル。だが……このステージの「主催者」は、陰湿な意地悪をやめるつもりもないらしい。先程までは空っぽだったはずの的に、痩せっぽちの少女がいつの間にか縛られているではないか。


「……ね、ねぇ、ミアレット。あれって、もしかして……」

「いつの間に……? と言うか、あれはミシェル様……だよね?」


 痩せっぽちで、覇気も生気も枯れ果てているように見えるが。的に磔にされている少女は紛れもなく、ミシェル……いや、彼女の言う「ミーシャ」なのだろう。


「ふふっ……でも、今のボクには拒否権がある。これを間違っていると言える、実力も権力も……正義感もある。さぁて、そろそろ終わりにしよっか? 大天使をコケにしてくれた罰、どうやって償ってもらおうかなぁ……?」

「ミ、ミシェル様……?」

「悪いんだけど、ミアちゃんにクラウディオ君。ちょっと、手助けしてくれないかな」

「私達にできる事があるのなら、構いませんけどぉ……」

「でも、僕達にできることって、あるのかなぁ……」


 背中越しの問いかけに、2人で顔を見合わせては、首を傾げてしまうミアレットとクラウディオ。それでも、ミシェルは何かの存在に気付いているようで、的ではなく……観客席の方へと手元のナイフを全て投げる。


「ギッ……⁉︎」

「……ったく、さっきからコソコソと。クラウディオ君のお母さんの自我を食い尽くしたのは、失敗だったね? 少しでもお母さんの思い出を残しておけば、見つからなかったかも知れないのに。それとも……本気でボクを絡め取れるとでも、思ってた?」


 ミシェルがバサリと、翼を広げれば。煌々と照らされた観客席の中央には、鎌首を上げた大蛇がトグロを巻いている。見れば……ステージの端にはかの尻尾が伸びており、ミシェルを狙う毒針がぬらぬらと光を反射していた。


「フシュルルル……! 記憶を寄越せ……もっと、もっと……! この世界の記憶を、寄越せ……!」


 ミシェルの反応からするに、観客として居座る大蛇が今回の「元凶」……つまりは、心迷宮のボスのようだ。しかし、突然の出現もそうだが……蛇の口から人の言葉が飛び出したことに、ミアレットは戸惑ってしまう。


(しゃ、喋った⁉︎ えっと……漆黒霊獣って、喋るもんだっけ⁇ まさか、あれも漆黒魔人的なヤツだったりする?)


 ミアレットは漆黒魔人以外で、言葉を話す魔物を知らない。それでも、まずは情報収集が先決と「心迷宮魔物図鑑」を開き、表示された情報に目を通す。しかして……ミアレットの予想とは異なる方向に、漆黒の大蛇はそれなりに最悪な相手だった。


・漆黒ニーズヘグ:竜族を模した漆黒霊獣。迷宮深度9以上にて出現を観測。宿主の自我を喰らい、精霊さながらに知性を身に付けた魔物。知性や能力は、取り込んだ相手の魔力レベルに左右される。「怒りて臥す者」の意を汲んでか、対象者の怒りに殊の外、反応する性質を持つ。


(やっぱり、漆黒霊獣クラス……。そんでもって、あれが喋れるのは、クラウディオ君のお母さんを取り込んだからみたいね……)


 しかしながら、「知性や魔法レベルは、取り込んだ相手の資質に左右される」の一文に、なんとなく「お察し」してしまうミアレット。

 漆黒ニーズヘグの出現条件からするに、ミランダの自我は既に消化されてしまっている……つまりは、ミシェルの予告通りに元に戻れないことを示している。一方、目の前の漆黒霊獣の強さは取り込んだ相手の魔力レベルに依存するものらしい。要するに、魔力適性なしのミランダを取り込んで霊獣となった「今回のボス」は、そこまで強い相手ではないという事にもなる。


(とりあえず、この辺は伏せとこ。……どう転んでも、クラウディオ君を失望させかねないし)


 母親がいなくなったという現実と、母親を礎にして出来上がった魔物が貧弱だという予測と。どちらにしても、クラウディオを大いに傷つけそうである。

【武具紹介】

・テネブル・ジョワユーズ(闇属性/攻撃力+72、魔法攻撃力+60)

転生の大天使・ミシェルが愛用している、スローイングナイフ。

6丁1組であり、両手指に挟んで投擲するのが基本的な利用法。

元は1本の豪奢な宝剣であったが、生贄の少女を捧げる儀式のために、スローイングナイフに作り替えられた。

役目を果たした暁に、乙女の悲嘆と鮮血とで、暗褐色の呪われた武器へと変貌。

どんなことがあっても手元に戻ってきてしまい、装備を解除できるのは持ち主が死んだ時のみとされる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ミシェル様~~~涙 そんな報われない過去が……( ;∀;)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ