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不承転生者の魔法学園生活  作者: ウバ クロネ
【第1章】ややこしい魔法世界の隅っこで
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1−11 蛇がもたらしたリンゴ

 白蛇が差し出したリンゴは、暗黒霊樹の果実らしい。その信憑性を確認する術をセドリックは持ち得ないが。明らかに邪悪な色味と魅惑の芳香とで、独特な存在感を放っているそれは……紛れもなく、禁断の果実だと否応なしに理解させる威圧感があった。


「……これを対象に食べさせればいいのか?」

「そうなりますね……あっ、そのまま触っちゃ、だめですよぅ。手袋、ないんですか?」

「えっ? 手袋くらいはあるけど……」


 セドリックが遠慮なしに、禁断の果実を手に取ろうとすると。白蛇から、意外な「待った」がかかる。どうやら……蛇がもたらしたリンゴは、そのまま触れるのさえもよろしくないらしい。


「そのリンゴは触れた瞬間に、どうしても食べたくなっちゃう魔法がかかっているんですぅ。ですから、そのまま触ると、セドリック様はこのリンゴを食べたくて、食べたくて、仕方なくなっちゃいますよ?」

「そうなのか……? それじゃぁ……」

「はい、そういうことですぅ! 深魔にしちゃいたい相手に、持たせるだけでいいのです。それじゃ……僕は、この辺で。後はちゃぁんと、うまくやってくださいよ? セドリック様ぁ」

「あぁ、絶対にうまくやってみせるさ。……そうそう。ところで、君は何者なん……あれ?」


 さっきまで、確かにそこにいたのに。あんなにも暗闇で自己主張していた、白銀の輝きは跡形もなく消え失せていた。しかしながら、手袋越しに感じる「禁断の果実」の重みは間違いなく現実で……やはり、夢でもないらしい。


(……これ、本当にグラディウスの果実なんだろうか……)


 正体どころか、尻尾さえも掴み損ねた白蛇の言葉を反芻しつつも。まずはこの場を離れる方が先だと、セドリックは思い出す。……そう言えば、校則を2つ(夜間の外出は禁止、訓練場への進入は教員の立ち合いが必要)も破って、「こんな場所」まで来てしまっているのだ。戦利品を検める前に、寄宿舎に帰る方が先だ。


(とにかく、これをエルシャに食べされば、いいんだ。そして、深魔になったエルシャを討伐して、破片を手に入れて……)


 奇跡を再現させる、深魔道具を作る。途方もない野望であるし、どこまでも身勝手な横暴ですらあるが。……生まれ落ちた環境や、種族に納得できていないセドリックには、自分を取り巻く全てが倦んで見える。

 だが、やはりセドリックはあまりに何もかもを知らなさ過ぎる。

 人間が悪魔になるにはどんな通過儀礼があるのかも知らなければ、セドリックが思い描いている悪魔達が「いわゆる上級悪魔以上」の存在であることも、そして……彼らが悪魔になった背景には、想像を絶する苦痛のドラマがあったことも。

 ……セドリックは、何もかも……都合が悪いことは何1つ、知らされていない。


***

「ふふふ……今回の芽吹きは上手くいくかなぁ……。ま、上手くいかなくても、セドリック様が死ぬだけだけだし? 僕には関係ないか〜」


 セドリックに正体を気取られる前に、易々と自らに仕込まれていた転移魔法で「あるべき場所」へ帰還する白蛇。しかしながら、もう弱々しい姿を装う必要もないと思ったのだろう。帰り着いた漆黒の空間をニョロニョロと這うことを早々にやめ、煌めく鱗の甲冑を纏ったドラゴンへと姿を変えると……翼を広げて、軽やかに飛び立つ。

 どこもかしこも真っ黒でありながら、時折、不規則な虹色を滲ませる異空間。それこそが、白蛇……バルドルの住まいであり、敬愛するご主人様・グラディウスの神が鎮座する空間の狭間であった。


「……帰ったか、バルドル。して、首尾は?」

「う〜ん……どうでしょうねぇ。今回のご依頼主……素材としては悪くないと思いますけど、若干ハズレに近いかもです」

「そうか。ならば、悪意が育つ経過を見るまでのこと。無論、我が実を渡してきたのだろうな?」

「はいぃ! それは抜かりなく、渡して来ました〜。うふふ。ま、野望と悪意だけは一丁前でしたよ? セドリック様は。でも……ご主人様の探している奴じゃ、なさそうです」


 バルドルの軽妙な答えに、ふぅむと唸る「ご主人様」。しばし目を閉じて、考え事をしていたかと思うと……ホゥと、やりきれないとばかりにため息をつく。


「まさか、こんなにも召喚儀式が難儀だとは、思いもせなんだ。……喚び出したは良いが、逸れる奴が出るなんてな」

「えぇとぉ……2人くらい、足りないんでしたっけ?」

「あぁ。2人程、魂が応じた形跡があるのに、こちらに来ていない奴がいる。……こちらに来た奴らも、それなりの利用価値がありそうだが……少なくとも、私が欲しい情報を持つ者はいなかった」


 さも残念そうに首を振り、ご主人様が玉座に深く座り直す。その上で、頭上に聳える霊樹・グラディウスを仰ぎ見るが。その暗黒霊樹はまだまだ悪意を吸い足りないと、黒い枝を伸ばしては……悪意の種を孕んだ果実を、鈴生りに実らせている。


「そうですかぁ……。だとすると、後の2人の魂は向こう側に紛れちゃったんですかね?」

「かも知れんな。しかし、そうなると……厄介だな」

「ですよねぇ。……向こうの世界も、魔力適性には敏感ですしぃ。神界にキャッチされていたら、記憶も綺麗さっぱり消されているかも〜」


 ご主人様にとって、待ち人……わざわざ「こちらの世界」に呼び込んだ「転生者」の記憶が抹消されるのは、非常に都合が悪い。「向こうの世界」のどこかに、「この世界の物語」を熟知している者がいる。そして、その転生者の知識・能力を我が物とし、「自分にとって都合のいい世界」を書き上げさせる。そのためにも……。


「……やはり、グラディウスはまだまだ未熟なようだ。根の深度が浅いのか、きちんと転生者を引き込むことができないままだ。故に……これを雄々しく育てる、悪意を集めなければならんな。……引き続き頼むぞ、バルドル」

「もちろんですぅ! バルちゃん、ご主人様のために頑張りますぅ!」


 本当に「便利な奴」だ。白竜の姿で嬉しそうに尻尾をパタパタと振っている、バルドルを見つめては……フンと、満足そうに鼻を鳴らすグラディウスの神。

 バルドルは機神族の生き残りでありながら、ローレライの魔力が失われた現代では精霊ですらなくなっている。今の彼は魔法生命体ではなく、魔法道具に近しい存在になりつつあるのだが……それが故に、天使達の監視に引っ掛からない。神界の監視システムは精霊や悪魔の存在は感知できても、魔法道具の存在までは対象に含んでいないのだ。だからこそ、バルドルはメッセンジャーとしても打って付けの存在であるし、ご主人様にとっても便利な存在である。バルドルは天使達の目を掻い潜っては、魔法学園へ悪意の種を置いてくる。彼がもたらした果実に触れた者は、否応なしに深魔になる。そして……悪意のリンゴから、新たな悲劇が芽吹く。

 悪意と悲劇のサイクル。それこそが暗黒霊樹・グラディウスの栄養源であり……グラディウスの神の最終目標への足掛かり。それが故に、ご主人様は信頼する蛇にリンゴを託し続ける。これで、新しい悪意をどんどん植え付けてこい……と。

【補足】

・悪魔の階級について

各領分のトップである「大悪魔」以外の「闇堕ちによって発生した悪魔」は、「記憶の量」「苦痛の度合い」によって、下級〜上級の階級で大まかに分類されている。

階級の種類・分類の目安は以下の通り。


・真祖(大悪魔):魔界の霊樹・ヨルムツリーが作り出した原初の悪魔達のことで、各領分のトップに君臨する最高位階級。欲望6種「《羨望》《怠惰》《暴食》《憤怒》《色欲》《強欲》」と渇望2種「《憂鬱》《虚飾》」を司る計8人が存在しており、いずれもユニークな固有能力と傑出した魔法能力、ないし戦闘能力を誇る。

なお、本来「真祖」は吸血鬼の始祖を指す言葉だが、霊樹・ヨルムツリーの妙なこだわりにより「真祖の悪魔」で呼称が定着している。

配下の悪魔に対して絶対的な支配権を持ち、大悪魔固有の特殊魔法により、同じ領分の配下に対して「祝詞」の付与・剥奪をすることができる。


・上級悪魔:悪魔のうち、個体数は1割ほど。

死に際に多大な禍根を残し、有り余る苦痛を受けたことにより、記憶を捨てることができなかった存在。

生前から引き継がれる記憶の量は「最大」である一方で、記憶に対する喪失感も大きく、実力に反して情緒不安定になりがちな傾向がある。

悪魔になった時から「個体名」と、悪魔としての領分を刻まれた「祝詞」を持つ。

記憶を取り戻し、「追憶の試練」を乗り越えた上級悪魔は情緒面での不安定さも乗り越えた存在であり、真祖の悪魔にも匹敵する実力を有する。


・中級悪魔:記憶の残量は上級悪魔に遠く及ばず、闇堕ち時に「個体名」はあっても、欲望の根源を示す「祝詞」を持たない悪魔。

悪魔のうち、3割強を占める。姿形は人間と悪魔の中間といったところで、生前の個体名を引き継いでいるため、人の姿に化けることも可能。

しかしながら、何かと中途半端な立ち位置であるせいか、魔界ではかなり影が薄い。


・下級悪魔:生前の記憶や名前も持たず、「祝詞」さえも持ち得なかった最下級の存在。

魔界では6割ほどを占め、それぞれが個性的な「小悪魔」である。

戦闘能力や魔法能力も微妙な部分があるが、何故か全員が「可愛らしい小動物」の姿をしており、天使様達からは「癒しのマスコット」として人気があるらしい。

そのため、彼女達がこぞって契約したがる相手であり、「マイ小悪魔」を持つことがちょっとしたブームになっている。

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