4−27 この先は最悪パターン突入
「空虚なる現世に、風の叡智を示せ! 我は空間の支配者なり、ウィンドトーキング!」
一切合切、境遇やら、運命やらへの抵抗も諦めて。ミアレットは素直に使い慣れている補助魔法を発動する。
心迷宮への潜入は3回目。そして、心迷宮でウィンドトーキングを使うのも3回目。図らずとも、ルート探索もお手の物にされつつある。ミアレットは自身のありがたくない成長にも、頼られてしまう境遇にもやや不服だが……ウィンドトーキングが探索に効果的過ぎるのだから、この扱いは致し方ないのかも知れない。
(あはは……風属性の魔術師って、ウィンドトーキングありきなのかもぉ……)
風属性の魔術師はこの魔法があるだけで有り難がられ、何かと心迷宮攻略にお呼ばれされ易い。だがその反面、風属性の魔法は戦闘では役立たずな魔法も多い上に、攻撃魔法も軒並み命中率が不安定になりがちだ。そのため、総じて支援魔法が取り柄の風属性メイジが、攻撃役に転じることはあまりないのだが。
「ふふっ、さっすが〜。ウォーメイジは伊達じゃないねー」
「ミシェル様。お願いですから、ウォー部分は忘れてください……」
「えぇ〜、なんでー? とっても格好いいのにー? ミアちゃんもバッチリ戦えるみたいだし、戦闘面も期待してるから〜。ヨロシクッ★」
今のミアレットは「ウォーメイジ」等と言う、訳の分からない攻撃性も搭載しつつある。魔法依存の攻撃ではないところが、魔術師としては既に微妙であるが。それも瑣末なことと、ミシェルはミアレットの懸念も苦悩も軽く受け流す。そうして、舌ペロリンだけでなく、おでこ辺りでピースを作る……いわゆるアイドルポーズをキメて下さる、大天使様。メープル色の瞳からは、バッチリ星も飛んできそうだ。
「まぁ、無駄にプレッシャーをかけるのは、この位にして。どうどう、ミアちゃん。気になるポイント、あったかな?」
しかも、確信犯と来たもんだ。こちらの大天使様は言動や見た目はファニーなくせに、相当に罪深い。
「……ミシェル様、無駄にプレッシャーかけてる自覚、あるんですね?」
「ふふーん、まぁねー。若人を揶揄うの、楽しいしー」
「アハハ……左様で? それはさておき、うーんと……」
しかしながら、人の子がいくら不服を申し入れようとも、この調子では大天使様に聞き入れてもらえることはなさそうだ。そうして、これまた早々に訂正も諦めつつ……ミアレットは風が伝えてくる情報に神経を注ぐ。
「えっとですね。多分ですけど……そのベッドの下に、隠し経路があるみたいです。風の流れ方しても……かなり広い空間になっていそうかも……」
「ベッドの下……か。だったら、とにかくどかそうか? えっと……ミアレット、そっち持ってくれる?」
「はっ、はい……って、重っも⁉︎」
ミアレットの報告を受けて、率先してベッドをどかそうとするクラウディオ。ミアレットにも手伝ってと声を掛けるが……勢いで持ち上げようとしたベッドは、少年少女2名だけで持ち上がる代物ではなかった。
「うわぁ……このベッド、見た目通りにガッチリしてるんですね……。イメージ的にも、高級品なのかなぁ……?」
「う、うん……しっかり、重いね。これじゃ、2人で持ち上がらない……あっ、そうだ!」
ズシリと重いベッドを前に、クラウディオは何かを思いついた様子。これまたスラスラと呪文を詠唱し始めると、今度はメイジらしく補助魔法を展開してくる。
「大地の呪縛を解け、囚われたる身に自由の情熱を! ヒートボイヤンシー!」
(ヒートボイヤンシー……あぁ! 確か、一時的に相手を軽くする魔法だったっけ?)
クラウディオが使っている魔法が、初級の指南書に記載されていたことも思い出し、同時に「なるほど」とミアレットは手をポンと打つ。
ヒートボイヤンシーは範囲内の空気を温めることで、効果範囲内に強制的な浮力を発生させる補助魔法だ。空気を温めるだけの魔法であるため、炎属性にしては珍しく、攻撃性は皆無。そのため、攻撃魔法を得意とする(使いたがる)炎属性の魔術師達は、この魔法の習得を見送るどころか、存在を知らない者も多い。
「……クラウディオ君、レアな魔法知ってるんですね……」
「アハハ、魔法学園に行ってたら、そうなるよね。でも僕は、戦いからは縁が遠かったし……。こういう魔法の方が生活に便利だから、得意なんだ」
「あぁ、そういうことですかぁ」
クラウディオが「メイジ」と判定されたのは、攻撃魔法を使う機会があまりなかったせいのようだ。炎属性の補助魔法は「温める」ことに特化しているものが多く、即座に洗濯物を乾かしたり、冷めてしまったスープを温め直したりと、それなりに利用シーンもあるのだとか。
(そっか……魔法の使い道は、戦闘だけじゃないわよね。それに、言われてみれば……アーニャ先生も洗濯物乾かすのに、魔法を使っていたかも)
それでなくとも、孤児院の洗濯物の量は一般家庭の比ではない。太陽任せでは間に合わない事もあるため、溜まりに溜まった洗濯物はアーニャが一気に乾かしていたし、何なら、彼女が不在時にはネデルも同じように魔法で洗濯問題をカラッと解決している。彼女達は何気なく、魔法で「普通の日常」を快適なものに変えていたが。当然ながら、これも魔法が使える者に許された「特別な日常」。……魔法が使えない者からしてみれば、羨ましい以外の何物でもないだろう。
(……クラウディオ君のお母さんが魔力を欲しがったことだけは、理解できる気がするわ……)
ないものねだりは、程々に。ミシェルもそんな事を、嘯いていたが。魔法に関しては、ないものねだりも仕方がない気がする。
「うんうん、少年もいい感じだねー。そんじゃ……早速、この下に行ってみる? ただ……」
「だた?」
ミアレットの憂慮は、さておき。クラウディオの活躍を満足そうに見つめていたミシェルだったが、すぐさま何かの空気を感じ取ったのだろう。突然、軽やかな口調を濁した。
「……少年。改めて、聞いとくよ。君には、お母さんの最悪を知る覚悟はあるかい?」
「えっ? ミシェル様……それはどう言う意味ですか? この下に、一体何が……」
「うん。良くない方の予想が的中したっぽくてね。この下から、かなり不味い魔力を感じる。ボクもそうではないと、願いたいけど……この先は最悪パターン突入かも」
クラウディオを褒めていた同じ口から、思いがけない冷たい言葉を吐き出すミシェル。アイドルポーズでおちゃらけていた大天使様とは同一人物とは信じられない程に、真剣な顔をしながら……残念そうに首を振っている。
(この様子だと、もしかして……この下からは、法則変化しているのかなぁ……。うーん……でも、他に抜け道もなかったし、進むしかないんだろうけど……)
同じ部屋ばかりが続く、異様な心迷宮。その異常性には、理由があるのかも知れないが。だが、あまり残酷な理由でなければ良いなと、ミアレットは切に願う。しかして……ミシェルの様子からしても、この先に広がる「現実」は、そこまで生易しいものではないだろう。
【魔法説明】
・ヒートボイヤンシー(炎属性/初級・補助魔法)
「大地の呪縛を解け 囚われたる身に自由の情熱を ヒートボイヤンシー」
魔法陣上にある対象物周辺の空気を温め、浮力を発生させ、結果的に対象物を軽くする補助魔法。
周辺の気温が低ければ低いほど、空気を温めるための魔力消費量が上がるが、相対的に得られる浮力も高まる。
得られる効果は空気の密度を変化させる事であり、対象の重さ自体を変化させる訳ではない。
この点を勘違いしていると、思うような効果を得る事ができず、不発扱いとなる。