4−25 物騒路線まっしぐら
「え、えっと。クラウディオ君もスッキリしたところで、仕切り直しと行こうか……」
あろうことか多感な少年の前髪を、根こそぎバッサリ行ってしまった。しかも、致命的な感じで。
(スッキリどころじゃないですよ、これは……)
ある意味で、やらかしてしまったミシェル様。しかし、不幸中の幸いと言うべきか。クラウディオ自身が平気そうなこともあり、知れっと心迷宮攻略へと話題シフトを成功せしめる。そうして、まずは状況確認と……ミアレットに「当然の事」をお願いしてきた。
「ミアちゃんの魔術師帳って、実績記録を見れたりする?」
「一応は。最初にマモン先生と心迷宮に入った時に、開放してもらいました。っと、あぁ。そうですよね。まずは、迷宮の深度レベルとか確認するべきでした」
「そういう事ー。ボクは魔法学園には所属してないから、魔術師帳持ってないんだよね。だから、確認をお願いできる?」
「は、はいっ!」
意外や意外、ミシェルは魔術師帳を持っていないそうで。しかしながら、何も持たされていないかと言えば、そんなこともなく。彼女達は、神界から天使専用のデバイス・「精霊帳」を支給されており、そちらの方が魔術師帳のオリジナルに当たるらしい。
「ま、天使の身分証みたいなものなんだ、これ。そもそも、ボク達は天使としてのメインな仕事もあるし……。魔法学園にどっぷり入り浸るわけにもいかないから、魔術師帳は持っていないんだよ」
「そうだったんですか……」
ミシェル曰く、彼女達の深魔対応は言わば、副業。普段から天使達には神界でのお仕事が割り振られているし、大天使階級ともなれば日常業務に加えて、部下からの報告書にも目を通さないといけない。ミシェルもそれなりに忙しい毎日を送っているようだ。
「みんなの報告書もこの精霊帳に届くから、お仕事はどこでもできるんだけどね。それに、ボクはまだ報告書の量が少ない分、気楽だけど。2部門を兼任しているルシエルは、報告書の確認だけで虚な目をしてたなー」
「……天使様も大変なんですね……」
「うん、それなりにねー。お仕事は普通にガッツリあるし、いつも人間界を見張ってないといけないから」
そんなワケで……天使は悪魔とは異なり、魔法学園で教師をすることもなければ、人間界に降臨している時間も限られている。近くに居合わせない限りは深魔対応もしないとのことで、今回のミシェル出動は相当にレアケースなのだとか。
(だとすると、天使長様はもっと忙しいんだろうなぁ。やっぱり、気軽にヘルプするべきじゃないのかもぉ……)
それでも助っ人を寄越してくれるのだから、本格的に迷惑がられている訳ではないだろう。やや楽観的に、そんな事を考えつつ……改めて、ミアレットが「特殊任務実績記録」のタブを見つめてみれば。そこには……ご丁寧にも安心材料と不安材料とが、器用に仲良く並んでいる。
***
発生対象:人間(成体)
発生日:人間界暦 2722年 312日
発生レベル:★
報酬分配:レシオ
迷宮性質:なし
深度:★★
担当者編成
責任者:ミシェル(クラス:アークエンジェル)
同行者:ミアレット(クラス:ウォーメイジ)
同行者:クラウディオ(クラス:メイジ)
***
「……えっ?」
思いの外、難易度が易しめなのはさておき。ミアレットはすぐさま、自分の「クラス」が変化しているのにも、気付く。クラウディオが「メイジ」なのは、まだいいとして。これまでは、ミアレットも補助魔法が得意な「メイジ」だったはずなのだが……。
「どしたの、ミアちゃん」
「私のクラスが変わっているんです……。確か、私もメイジだったんですけど……」
「どれどれ? ワォ! 凄いね、ミアちゃん。その年で一体、何をやらかしたのさー?」
「へぇっ? そ、それ……どういう意味です?」
「確か、ウォーメイジはメイジの複合職……つまりは、上位クラスだったと思うよ。ボクには、細かい昇進条件は分からないけど。魔法じゃなくて、物理攻撃で相手をフルボッコにできる魔術師、ってヤツだった気がする」
「えぇぇぇッ⁉︎」
ちょっと待て。何がどうなって、そうなった。物理攻撃でフルボッコだなんて、身に覚えがない……はずだったが。さりげなくそれらしい武勇伝があることも、思い浮かべて。ミアレットは嫌な予感を大いに募らせる。
(ゔっ……ちょっとだけ、身に覚えがあるかもぉ。魔物を箒で殴ったり、ステッキをフルスウィングしたのがいけなかった……?)
しかも、ステッキ(コズミックワンド)は見た目はややファンシーなくせに、性能は凶悪だった気がする。ボスクラスの漆黒霊獣相手に遠距離攻撃(物理)を容赦なくかまし、膝を着かせるという凶暴性を遺憾なく発揮していた。
(この感じだと……私も凶暴扱いされてるって事……? ウォーメイジとか……響きも何だか、いかついし……)
ミシェルもクラス昇進の細かい条件は知らないと、言ってはいたが。彼女によれば、ウォーメイジは「物理攻撃で相手をフルボッコにできる魔術師」らしい。そもそも、「ウォー」である、「ウォー」。言うなれば、「戦争」とか、「戦闘」とかいう意味である。これは……完璧に物騒路線まっしぐらであろう。
「いいなぁ……」
「えっ?」
「僕もこういうの、やってみたい……。やっぱり、僕も魔法学園に通ってれば、よかったかな……」
予想外のクラスチェンジに、戦慄くミアレットをよそに。隣からクラウディオが、ポツリと呟く。
(確かに、これは男の子がワクワクする分野かもね……。「クラスチェンジ!」とかって、普通に考えれば格好いいんだろうなぁ……)
だが、しかし。ミアレットは格好いい路線を狙ってもいなければ、物騒路線は願い下げである。この勝手な「クラスチェンジ!」は完璧に迷惑だ。
「そう言えば……クラウディオ君って、どうして魔法学園に通わなかったのです? 確かに、ローヴェルズには分校はないですけど……。セドリックやエルシャの従兄弟なら、カーヴェラに来ることだって、できたでしょうに」
「うん……。セドリックもそう言ってくれたし、マーゴットも実家にお願いしてくれるっと言ってたけど。……でも、僕がカーヴェラに行ったら……母上にお金をあげる人がいなくなっちゃうし……。それでなくても、祖父様やマーゴットに意地悪されているみたいで、ちゃんと働き口が探せないって言ってて……」
健気すぎる少年の話に、ミアレットはもうもう何をどう納得すればいいのか、分からない。ただ、分かっている事と言えば……。
(クラウディオのお母さんが、最低だってことね……!)
この際だ。ここはきちんと、説明してしまった方が良さそうだ。マーゴットへの誤解も解いておけば、クラウディオがあの屋敷で過ごす上でも、都合がいいに違いない。