4−23 めっちゃ鬼畜なんですけど
「いずれにしても、お仕事はしないといけないよねぇ。うん、仕方ない。ボクも一応は助ける方向で、頑張ってみるか……」
大天使らしからぬミシェルの呟きに、ミアレットは天を仰ぎつつも……天使達のディテールを考えると、彼女の軽薄さは仕方がないのかも知れないと、思い直す。
(そう言えば……天使様達って、基本的に人間が嫌いなのよね……)
この世界の天使達は、ミアレット(マイ)が知っている「天使像」とはあまりにかけ離れた存在。神様の使いである事は間違いないものの、救世主というよりは、監視者という方がしっくりくる。
ゴラニアの天使達は神界に召し上げられた「元人間の少女」ではあるのだが、転生時に生贄として捧げられた……つまりは、他の人間に「殺された」という被虐を多かれ少なかれ辿っているので、人間に対して驚く程にドライである。その上で天使に昇華したプライドもあって、人間を見下す傾向も強く、全体的に高慢な者が多かった。
現代でこそ、(観光で)人間界に降りる天使も増えてきたため、その限りではないが。少なくとも、興味のない相手に手を差し伸べる積極性はあまりない。
(ミシェル様はそこまで高慢って感じじゃないし、実力はあるっぽいし……一応は助けてくれるだけ、マシかもぉ)
ミシェルは歴とした、大天使クラスの大物である。熟練の特殊祓魔師・アレイルをして、「弓の名手として、弓使い憧れの存在」と言わしめる実力者なのだから、頼りになる相手である事は間違いないのだが……。
(……稼働率3割って、どのくらいなのかなぁ)
脱力モードのミシェルが、どれ程までの実力の片鱗を見せてくれるかは、まずまず未知数。ミアレットにしてみれば、不安しかない。
「と、いう事で。セドリック君、だっけ?」
「はいっ⁉︎」
「君は後で、たっぷり可愛がってあげる。だから……しばらくは大人しく、捕まっててねー。虚なる罪を問え、虚なる罰を掴めっ。光が桎梏によりて、汝が枷とならん! シールドチェイン!」
しかしながら……ミシェルの「お仕事はしないと」の発言に嘘はなかったらしい。ミアレットの不安を他所に、軽い口調から放たれるのは、鮮烈な純白の光を纏った魔法陣。あっという間に展開された魔法陣から、しなる鞭のように光の鎖がセドリックへと伸びていく。雰囲気からするに……拘束魔法だろうか?
(でも……セドリックは前回、アレイル先生の拘束魔法を解除していたような。だとすると……)
前回の邂逅は、アンジェの心迷宮・深淵にて。セドリックにはミアレットが知らない魔法で、アレイルの拘束魔法・エンドサークルを鮮やかに解除した実績がある。その前例から、またもセドリックは易々と逃げ切るのだろうと、ミアレットは勝手に諦めてしまう。しかし……。
「……拘束魔法、ですか。この程度で僕を捕まえられると思ったら、大間違いですよ。僕には、解除魔法がありますから」
「そう? できるものなら、やってごらんよ。一応、煽っておくと。……ボクの封印魔法に引っかかって、ちゃんと魔法を発動できたヤツは、今までいないんだけどね〜」
なすがままに魔法を受け止めたセドリックが、慣れたように解除魔法を展開しようと試みる。だが……ミシェルの予告通り、セドリックの魔法は発動どころか、錬成さえも何かに阻まれている様子。余裕の表情をすぐさま曇らせ、セドリックが俄に慌て始めた。
「なっ……? 魔力が集められない……?」
「ふふ……気づいた? シールドチェインはボク達天使にしか使えない、封印魔法でね。元々は悪魔の魔法を封じた上で、捕まえるための魔法なんだー。その鎖が絡み付いたら、最後。外から魔法を解除してもらうか……あるいは、嬲り殺されるまで。器の強制停止状態は続くよ」
「……⁉︎」
どうやら、ミシェルが展開した「封印魔法」は身柄を「拘束」するだけではなく、相手の魔法を「封じる」ものでもあるらしい。しかしながら……相変わらずドスの効いたお声で、丁寧に魔法の解説をしてくださる大天使様は、嗜虐性もお高ぶり遊ばしている様子。
(きっ、鬼畜……! ミシェル様、めっちゃ鬼畜なんですけど⁉︎)
ミアレットが内心で慄いている横で、クラウディオもカタカタと震えている。あっけらかんと恐ろしいことをおっしゃる大天使様を前に、人の子に言葉を発する余裕が捻出できるはずもなし。できることと言えば……ただただ身を寄せ合って、恐怖を分かち合う事くらいである。
「と言ってもー、最近の悪魔は話もちゃんと聞いてくれるし、お願いすれば協力してくれるから。わざわざ捕まえる必要、ないんだよねぇ。だから……」
「だ、だから……?」
「今は専ら、悪い子をお仕置きするために使っているよ? ふふふ……どうせなら、矯正ついでにボク好みに仕立て上げるのも、悪くないかもね。この魔力の感じ……君、もう普通の人間じゃないっしょ? ちょっと手荒な事をしても、大丈夫そうだねー」
「ヒエッ⁉︎」
あっ、セドリックから2回目の悲鳴が上がった。そして……これは悲鳴どころか、絶叫不可避なヤツ。
(クラウディオの震えが、激しくなったかもぉ。とっ、とにかく! ここはミシェル様の意識を、セドリックから逸らした方が良さそうね……!)
可及的速やかに。ミシェルにはお仕事を思い出していただいた方が良さそうだ。
「ミシェル様! セドリックを捕まえられたんなら、深魔の調伏をしましょうよ! ほっ、ほら! 私もちゃんと手伝いますから!」
「ちぇー……それもそっかぁ。そんじゃ仕方ないねー。ミアちゃんが手伝ってくれるんなら、サクッと終わらせられそうだし。そっち、行っちゃうか」
ナイフも、サドっ気も、引っ込めて。ブーブー言いながらも、ミシェルがメモリーリアライズに手を添える。そうして、含みのある笑顔でニンマリとしながら、ミアレットに作り出したコピーを押し付けてきた。
「はい、ミアちゃん。言ったからには、頑張ってよね。ボク、とっても期待してるよ!」
「はひ……」
勢いで「ちゃんと手伝う」なんて、言わなければ良かった。(主に精神的な理由で)急を要する状況だったので、口を突いて飛び出した言葉に……ミアレットは早々に後悔しては、肩を落とす。
(ゔぅ……なんだか、言わされた気がするんですけどぉ……!)
言い出したからには、責任を取るしかあるまい。そうして、ミアレットはいつもながらに受動的な覚悟を決める。一方で……ミシェルはもう1つ、コピーを作り出すと、クラウディオにも渡し始めた。
「ミシェル様、クラウディオ君も連れていくつもりなんですか?」
「あれ? ダメだった?」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど……」
チラリと、隣のクラウディオを見やれば。渡された腕輪を手に、硬直している。……おそらく、どうすればいいのか分からないのだろう。
「だって、君……彼女を助けたいんでしょ?」
「えっ?」
「……もし、君にその気があるんなら、連れて行ってあげるよ。深魔を鎮めるには、対象者を知っている人がいた方が、成功率が上がるからね」
「そっ、そうなんですか⁉︎ だ、だ、だったら、僕も行きます!」
先程までの震えが嘘のように、クラウディオが迷わず腕輪に手を通す。そんな彼の様子に、ミシェルは満足げに微笑むが……尚も、残酷なことを口走る。
「やる気は十分、ってとこかな? でも、覚悟しておいてね。……助からない可能性の方が高いし、何より……」
「な、何より?」
「……これから行く場所で、君は深く傷つく事になるかも。お母さんが君に隠していたこと、嘘をついていたこと……そして、お母さんの醜いところ。見たくないものが、丸見えしちゃうかも? それでも、行くかい? それでも、君は……お母さんを助けると、言い切れるかな?」
ミシェルの試すような質問に、クラウディオはしばらくまごついていたが。勇気を健気に振り絞り、怯えていたはずの大天使様相手に、力強く答える。
「ぼ、僕は……母上を助けたい。もう、元に戻れないのかも知れないけれど……。でっ、でも! 助けることを……あっ、諦めたくない……!」
「そっか。よく言ったぞー、少年。そんじゃ、ボク達と一緒に頑張ろうねー。ま、大丈夫さ。ボクだって、手遅れな人達をたくさん見てきているし、助かった人達も知ってるから。なるように、なるっしょ」
軽い口調ながらも、どこか心強い言葉。ミシェルの励ましに、クラウディオの顔の影が少しだけ明るくなった気がする。
(あぁ。やっぱり、見事に巻き込まれたわぁ。でも、これで私だけ頑張らないのは……格好悪いよね)
仕方ない。今回もできる限り、頑張ろう。
恐怖も不安も、拭えないけれど。ミアレットはいよいよ口を開けている、「心迷宮」を見据えつつ。少しでもクラウディオの助けにならなければと、2人に続いて暗黒へと飛び込んだ。
【魔法説明】
・シールドチェイン(光属性/上級・封印魔法)
「虚なる罪を問え 虚なる罰を掴め 光が桎梏によりて 汝が枷とならん シールドチェイン」
光の鎖によって相手の自由を奪い、「魔力の器」の機能停止を強制する魔法。
成功率・拘束力は術者と対象者の魔力レベルの差に準じ、対象者が高レベルであればある程、強制力は弱まる。
天使言語・マナ語による天使専用の種族限定魔法であり、かつては主に悪魔狩りに利用されていた。
一見、拘束魔法に見えるが、一時的とは言え相手の魔法能力を根元から遮断・凍結する魔法のため、封印魔法に分類される。
マジックディスペルなどの無効化魔法で解除可能ではあるが、それにはこの魔法の詳細を知っている必要があるため、解除できる術者は非常に限られる。