4−22 ダメなゾーンに入られたパティーン
「ムフフフフ……! ボクのイケメンサーチが、ビッコンビッコン反応してるのだッ! これはもう、カモンベイビーするしかないね……!」
これまた、大天使様は意味不明な事をおっしゃている。
大天使・ミシェルは軽いノリが特徴的な、それはそれはファニーな天使様である。愉快な思考回路で楽しい事を優先してしまう素敵な悪癖があり、その場のテンションと勢いで、怪しい事も平気で言ってのけてしまうのだ。
(あぁぁ……! これはやっぱり、ダメなヤツ! ミシェル様、ダメなゾーンに入られたパティーンですねッ⁉︎)
そんな天使様を遠い目で見つめるのは……悩み多き人の子・ミアレット。
クラウディオを無事に保護できたまでは、よかったものの。深魔の調伏に、セドリックの確保と、しなければならないことは沢山あるはずなのに。頼りの天使様がこの調子では、先が思いやられると……ミアレットの口からは、重々しいため息しか出てこない。
「え、えっと……?」
そして……片や、お調子者な天使様に暑苦しい熱視線を注がれ、怪しすぎるテンションで語りかけられ。流石のセドリックも、気圧されては顔を引き攣らせていた。
「と、言いたいとこだけど……まずは、そっちのを何とかするのが、先かー」
イケメンサーチでターゲットロックオンした所で、ロマンティックな空気にはなりやしない。それもそのはず、彼のすぐ側では、化け物に成り果てたミランダがお構いなしに叫び続けているのだ。これでは、万が一にも芽生えてしまうかも知れない恋心も、芽を出せないではないか。
「あぁ。ロマンスの予感が台無しじゃないか……」
勝手な事を独り言ちつつ。ミシェルは騒々しい深魔の存在を認めて、いかにも面倒臭そうな顔をすると……天使らしからぬ態度で、チッと舌打つ。深魔の対応をしなければならないことは見失っていないようだが、明らかに不機嫌なご様子だ。
「さっきからうるさいよ、君! いい獲物を見つけたんだから、邪魔しないで!」
ムシャクシャしてやった。きっと彼女は、問い詰められればそう言うのだろう。
見れば、ミシェルの手元には冷酷な輝きを放つ、スローイングナイフが構えられている。そんなナイフを容赦なく、深魔の喉元に放つミシェル。セリフから一続きの滑らかな所作は、他人の進言を許す間もない。
「カヒュッ……⁉︎」
「はっ、母上ッ⁉︎」
無慈悲に喉を貫かれ、先程までの大騒ぎが嘘のように静まる深魔。しかし、不思議なことに……傷らしきものは見当たらないし、出血している様子もない。
「あぁ、そこの少年。泣かなくても、大丈夫だよ〜。一旦、喉を潰しただけだし、死にゃしないから」
「い、いや……喉を潰したって……大ごとなんじゃ……?」
「うん。まぁ……深魔相手だったら、このくらいは許されるっしょ。ボクだって、人間相手に喉は狙わないよ。人間だったら、それだけで死んじゃうからねー。だから、相手が人間の場合は足か……目を狙うかなー」
「ヒッ……!」
どこからともなく新しいナイフ(魔法武器と思われる)をジャキっと構えて。とんでもない事を言い放つ、ミシェル。そんなメチャクチャな天使様に、ミアレットは額に手を充てつつ……ツッコミを入れざるを得ない。
「お願いですから、残酷な事は言わないであげて下さい……。回復魔法で、後から治せばいいってものでもないですからね?」
「そうなの?」
「そうですよ! 下手したら、トラウマになるでしょうが!」
「あっ、それもそっか。ゴメン、ゴメン。ちょっと煩いから、イライラしちゃった。勢いでやらかして、ゴメンねー」
さっきから、勢いでやらかしっ放しな気がする……。そんな事を考えながら、ミアレットは振り回されるのにも、ツッコミを入れるのにも、慣れてしまったと肩を落とす。
「でも、一応、言い訳しておくと。もう手遅れそうだから、やってみたんだけど」
「えっ?」
「相手にまだ生身の部分が残ってたら、ドバドバ色々と出てたりすると思うけど……何も出ない時点で、結構イってるねー」
「ちょ、ちょっと待って下さい、ミシェル様! 多分ですけど、その深魔……」
「うん、分かってる。……これ、クラウディオ君の母親だよね?」
両手指にナイフを挟みながら、器用に「お手上げ」ポーズをとるミシェル。やれやれと首を振りながら、ナイフと同様に鋭い質問をクラウディオに投げかけてくる。
「んで、クラウディオ少年」
「はっ、はい……」
「君はこの深魔、助けたいのかな?」
「……え、えぇと……」
「言っておくけど、この状態だと……もう、元通りにはならないよ。多分だけど、この人、魔力適性がない人だったでしょ?」
「……そ、それはそうですけど……」
魔力適性がない人。
ミシェルは何気なく言っただけの言葉だが、クラウディオを不愉快にするには十分すぎる響きだった。吃りつつも、クラウディオがやや反抗的な表情を見せたのにも、しっかりと気づいたのだろう。ミシェルが仕方ないと言った様子で、更に解説を加える。
「あっ。今のは別に、貶めるつもりはないからねー。そんなに怖い顔、しないの」
「……」
「あくまで、事実を述べただけだから。深魔もイロイロあってさー。元から魔力があった人と、そうじゃない人で、瘴気の侵食スピードが違うんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。そうなんだなー、これが」
ミアレットとしても、魔力適性の有無が瘴気の侵食度合いに関係するなんて、初耳である。
「……ミアちゃんも不思議そうな顔、してるなぁ。そっか……学園側のお仕事だけだと、魔力適性アリな相手ばっかりだもんねぇ」
「言われてみれば、そうかも知れません……」
「そんじゃ、いい機会だからここらで説明……っと、その前に。ヨッと!」
話の途中で、ナイフを鮮やかにセドリックに投げるミシェル。きっと、天使相手では分が悪いと判断したのだろう。どうやら……セドリックは天使様が話に夢中な隙に、こっそりと逃げ出そうとしていた様子。しかし、そうは行きませんと……踏み出した足元に、正確にナイフで牽制されれば。セドリックの歩みが、面白いほどにピタリと止まった。
「もぅ……駆け落ちは許さないよぉ……? ボクみたいなプリチーな天使を差し置いても、そっちの深魔とランデブーがいいのかなぁ?」
「いっ、いいえ……そういうワケじゃ……」
「それじゃぁ、どういうワケかなぁ? ボクを置いて2人でドロンはあり得ないし、絶対に許さないからね……?」
じっとりと、怒りの籠った視線で睨めつけられ。折角のイケメンっぷりも台無しなセドリックは、震えることしかできない。
「いい? ボクはイケメンには寛容だけど、悪人には容赦しないよ。んでもって……プフフ〜! 悪いイケメンを矯正するのが、何よりも大好きなんだ〜! だから……」
「だ、だから……?」
「君の事はボクがしーっかりと、ビシバシッって再教育してあげるよ! ふふふ……魔力の波長データも、きっちり観測したし。どこに逃げようとも、どこまでも追いかけちゃうから、楽しみにしてて……!」
「ヒィッ⁉︎」
あっ、セドリックから悲鳴が上がった。そんでもって、これは別方向にもダメなゾーンに入ったヤツ。大天使様は難ありイケメンに、しっかりとターゲットロックオンされたっぽい。
(うっわ、ミシェル様……めっちゃ、怖ッ⁉︎ 目が据わってるし、声もドスが効いてるし!)
そんな異常性を、まざまざと見せつけられ。ルシエルとは異なる恐怖の真髄を、ミシェルに見出すミアレット。魔力適性と瘴気侵食スピードの関係性についても、非常に気になるが。今はそれどころではない気がする。