4−17 ノスタルジックが止まらない
マーゴットの農園での視察は、ミアレットにとって思った以上に充実したものだった。新鮮な野菜や果物の試食も、楽しかったが。何よりも、マーゴットの農園で使われていた魔法道具が「魔力遺産」と呼ばれる逸品だったため、ミアレットは興奮しっぱなしだったのだ。
(魔力遺産と言えば! 霊樹戦役以前に作られた、ヴィンテージモノの魔法道具のこと! クゥ〜! ノスタルジックが止まらないわぁ……!)
先代の霊樹・ユグドラシルが健在だった頃。興隆期を迎えていた人間界の魔力技術は、現代のそれよりも格段に進歩していた。しかしながら、魔力を身勝手に利用はできても、魔力をきちんと扱うことができなかった人間達によって作られた魔法道具は、霊樹・ユグドラシルの恩寵を蔑ろにしながら、無遠慮に魔力を消費するものが多く……魔法道具の「誰でも利用できる」という普遍的な性能も相まって、魔力を旺盛に食い潰していったのだ。
(魔力遺産はそういう意味では、厄介なシロモノだったのかも……。ユグドラシル焼失の原因みたいだし……)
霊樹戦役後に新たな霊樹・オフィーリアが降誕したことにより、人間界にも魔法が復活したが。結局のところ、魔法復活は人間達が成し遂げた功績ではなく、どこまでも天使と悪魔の補助ありきであった。そして、彼らの指導や努力の甲斐もあり、現代の人間界では「魔力は正しく使わなければならない」という概念がようよう普及しつつある。
一方で、魔力遺産に匹敵する新たな魔法道具が作られる事もなくなり、興隆期のそれと比較しても普遍性・利便性は大幅に削がれている。利用者限定構築がなければ、誰でも利用できる側面は変わらないが。以前のように「誰でも、いつでも、便利な機能を使い放題」ではなくなってきているし、魔法道具の絶対数が減っている状況では、高価な魔法道具は所有さえもが難しい。それが故に、貧富の差がそのまま魔法格差(魔法の恩恵を受けられるかどうか)にも繋がっている。
(魔法道具を当たり前のように使えるのって、本当に恵まれている事なのよね……)
【アイテムボックス】に収まっている、「メッセージバード」の文字を見つめては。改めて恵まれていると実感するミアレット。天使や悪魔は、いとも簡単に魔法道具を製作してくるが。この道具だって、本来は魔力遺産に匹敵する逸品なのだ。お知り合いに悪魔のお兄様でもいない限り、人間が手に取る機会はまずないだろう。
「ミアレット! 大変、大変なのッ!」
「エルシャ? ど、どうしたの? そんなに慌てて……」
ミアレットがそこはかとなく、魔法道具にまつわるノスタルジーに浸っていると。いつも優雅なはずのエルシャが珍しく、ドタドタと足音荒くやってくる。そうして、ミアレットの部屋にやってきたと同時に、思いもよらぬことを言い出した。
「クラウディオがいないの! 屋敷中、どこ探してもいないのよ……!」
「えっ⁉︎」
そろそろ夕食なので、メイドさんがクラウディオ君を呼びに行ったところ。クラウディオは自室にもおらず、使用人総出で屋敷内を隈なく探しているそうだが、見つからないらしい。
「それだけ探しても、見つからないとなると……屋敷の外にいるのかしら?」
「……その可能性はあるかも……。でも、クラウディオ、とっても怖がりだし……何より、上手く喋れないみたいだから、あんまり屋敷の外に出る事もなかったんだけど……」
「そうだったんだ?」
「うん……」
エルシャによれば、クラウディオはスムーズに喋ることができないそうで、とにかく臆病な少年らしい。セドリックやエルシャは従兄弟という事もあり、それなりに会話はできていたようだが。ボソボソと小声な上に、吃る事もあって、彼の声は非常に聞きづらかったそうな。
(あぁ、なるほど……)
クラウディオの異常なまでの寡黙加減は、吃音のせいもあったのだと理解するミアレットだったが。それでも、ゲスト相手にはともかく……マーゴットに対する反抗的な態度は、やや腑に落ちない。
「ねぇ、エルシャ。もしかして、マーゴットさんとクラウディオ君って、仲が悪かったりする?」
「えっ? うーん……どうなんだろう……? 昔からお祖父さん達とはあんまり上手くいってない、とは聞いてたけど……」
「そっか。とにかく、暗くなる前に探した方が良さそうね。それにしても、もしかして……セドリックじゃなくて、私がやって来たのがいけなかったのかなぁ。私の事を気に入らなかった、とか?」
祖父母と距離があったのは、昔から……ともなれば。臆病なクラウディオが屋敷を飛び出したのは、自分のせいなのではなかろうかと、ミアレットは考え込んでしまう。エルシャの友人とは言え、クラウディオにしてみればミアレットは余所者だ。上手くお喋りができない彼にしてみれば、部外者の存在は精神的な負担も大きかったのかも知れない。
「多分、それはないんじゃないかなぁ。クラウディオはいつも、あんな感じだし……ミアレットのせいじゃないと思うわ」
「だといいんだけど……」
いつもあんな感じ。エルシャは何気なく、そんな風に言ったのだろうが。それはそれで大丈夫なんだろうかと、ミアレットは心配してしまう。
(普段からあの調子じゃ、気疲れしちゃうわ……。それに、私のせいかも知れない可能性はゼロじゃないし。……一緒に探した方が良さそうね)
窓の外を見やれば、沈みかけた夕日のオレンジに少しずつ紺色が混ざり始めている。そんな移り気な色を見上げて、ミアレットは空から探してみようかと思い立つ。
「……そうともなれば、私は空から探すわ」
「空から……あぁ! あの魔法の箒を使うのね!」
「えぇ。悪いんだけど、エルシャ。外に出かけるって、みんなに伝えておいてくれる?」
「うん、分かったわ。ミアレット……クラウディオを見つけたら、よろしくね。もしかしたら、泣いているかも知れないけど……それでも、笑わないであげてほしいの」
なんだかんだで、エルシャもクラウディオが心配なのだろう。自分の方が今にも泣きそうな表情を浮かべながらも、気丈にクラウディオを気遣う。
「任せなさいって。それじゃ……行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい。ミアレットも、気をつけてね!」
ウィンドブルームを呼び出すと同時に、颯爽と跨って。ミアレットは、窓から黄昏色の空へと飛び立つ。
(とにかく、急がないと……! 暗くなったら、見つからなくなっちゃう!)
眼下を見渡せば、濃い緑を纏った森林が広がっている。この状況では……空から探しても、見つけるのは難しい。
(くっ……! こうなったら……!)
頼りになる助っ人を呼ぶしかない。「彼女」は間違っても、人探しで呼んでいい相手ではないだろうが……人間界の夜は非常に危険なのだ。深魔だけではなく、瘴気によって魔物化した野生動物に襲われる事だってある。最悪の場合、朝を迎える前に魔物の腹の中……なんて事もあり得る。
「これで、こうして……っと。お願いです、天使長様。助けてください……! 緊急事態なんですぅ……!」
天使長様の羽ペンで、サラサラと虚空に文字を書き。祈るように手を合わせる、ミアレット。しかして、天使長様は非常に多忙なご様子。願いを聞き届けてくれはするものの、代役を寄越してきたらしい。そして、その代役は……。
「えっと……あなた様は確か……」
「ニャハハハハ! 大天使・ミシェル、降臨しちゃいました! ボクが来たからには、もう安心だからねッ!」
「あっ、はい……」
ミアレットの元にやってきたのは、天使長・ルシフェルではなく……いつぞやの浮ついた大天使・ミシェルだった。
【補足】
・魔力遺産
本来は、「魔力式回路を持つ道具の中でも、継続的に効果を発揮している道具や史跡」を指す言葉。
霊樹・ユグドラシル焼失以前から成立していた魔法道具・設備を示すことが多く、機能を保持している場合は「現役の魔力遺産」と呼ばれる。
人間界の魔力枯渇と同時に、多くの魔法道具製造の技術も失われていた事情もあり、現代の人間界では霊樹戦役以前の「魔力遺産」と同等レベルの魔法道具の生成は難しいとされている。
そのため、「魔力遺産」とタダシが付く魔法道具は霊樹戦役以前から現存していた道具ということになり、現代の魔法道具よりも格段に優れた機能を保持している事が多い。
反面、構築情報が不明な魔力遺産が圧倒的に多く、改修は難しいとされる。