4−14 余計な火種
「やっぱり、クラウディオは来なかったかぁ……」
明くる日。伯母様自慢の農園を見せていただこうと、マーゴットに連れられて色とりどりの果樹園を散策中のミアレット。そんなミアレットの隣では、エルシャが残念そうな声を上げている。
「そう言えば……クラウディオ君って、食事の時に私の正面にいた子で……間違いない?」
「うん、間違いないわ」
自己紹介がなかったものだから、ミアレットが改めて尋ねると、エルシャからはまずまず予想通りの答えが返ってくる。クラウディオは人見知りが非常に激しく、とにかく口下手なため、自分から話題を振り撒くことはしないらしい。その上で「雑多な事情」のせいもあり、屋敷内での立場も悪いそうで……。
「……ここだけの話、なんだけど。クラウディオの本当のお母さん、お金遣いが荒いみたいなの。伯母様にお金ちょうだいって来るんだって、ファヴィリオの執事さんがこぼしてたわ」
「うわぁ……それはまた、クラウディオ君的には肩身の狭い……」
少し前を歩くマーゴットは農園担当者の男性とにこやかに談笑しており、ミアレットとエルシャの内緒話には気付いていない。そんな伯母様の様子を窺いながら、エルシャがため息をつきつつ、小声でファヴィリオの内情について説明し始めた。
「……伯母様はそっちのお母さんにも、お金をいっぱい出す代わりに、屋敷には来ないようにお願いしてたらしいの。だけど、クラウディオのお母さんは、約束を守ってくれなくて……たまにこっそり、伯母様がお金を送っているみたい。別に、相手も大人なんだから、お金をあげる必要はないと思うんだけど」
「うん、まぁ。普通はそうよね。自分で働くのが、筋よね〜」
きっと、エルシャも深い事情はよく理解できていないのだろう。「クラウディオの母親」を「そっちのお母さん」と言っている時点で「愛人」がどういう存在なのかも、知らない様子。だからこそ、どうしてマーゴットが「他の大人」の無心に応えなければならないのかも、よく分からない様子だったが……ミアレットには何となく、分かってしまうのが微妙に辛い。
(……多分、彼女は正妻の座を狙っているんでしょうねぇ……)
度重なる無心からしても、愛人の方は決して裕福な人間ではないだろう。それに、もし彼女がきちんとした「貴族」であったのなら、前ファヴィリオ公爵も彼女の方こそを嫁にと迎え入れたに違いない。しかしながら、実際には正妻に据えられることがなかった時点で……。
(愛人の方は平民だった、と)
ありがちな話である。きっと、彼女は「平民である」ことを理由に、輿入れを許されなかったのだ。
お屋敷や前公爵夫婦の様子を見ていても、ファヴィリオ家は格式高い「由緒正しい名家」なのだろう。それはつまり、前公爵様や亡くなったマーゴットの夫も血筋は確かだと言う事であり、魔力適性もしっかりあるに違いない。そして、マーゴットは言わずもがな。……天才・セドリックを輩出した、ラゴラスの血統であることからしても、高水準の魔力適性を持っているだろうことは、想像に容易い。
(……ゴラニアの貴族って、冗談抜きで血筋がモノを言うのよね……)
ティデルが呆れ気味に解説してくれていた通り、ゴラニアの貴族社会では魔力適性の有無に、お家の存続さえもが左右される。だからこそ、余計に前公爵様達は経営センスだけではなく、「血筋も確かな」マーゴットを嫁として望んだのだろうが……次期当主は当然ながら、親にも政略結婚にも反発したのだ。その結果に生まれたのが、クラウディオだったのだとすれば。……余計な火種を残していきおってと、ファヴィリオの人々が彼を邪険にするのも、ある意味で当然の反応であろう。
(生まれた子供には、何の非もないんだけどねぇ……。マーゴット様が優しいのが、まだ救いかしら?)
先日の食事時の様子を見ていても、マーゴットにはクラウディオを蔑ろにする素振りは見えなかった。むしろ、時折様子を気にしては、食事を黙々と進めるクラウディオに微笑みかけていたのだから、彼をぞんざいに扱うつもりはないように見受けられる。
しかし一方で、クラウディオにはマーゴットを母親と認識している様子があったかと言えば……違う気がすると、ミアレットは思ってしまう。マーゴットに話しかけられて、返事もしなければ、視線を逸らす(そもそも、前髪で目が隠れているのだが)仕草を見ていても、やや反抗的な態度ですらあった。このことからしても、クラウディオはマーゴットにも卑屈になっているのではなかろうか。
「……ただ、今年のクラウディオはいつも以上に暗い気がする……。やっぱり、お兄様がいないせいかな……」
「とすると、あの感じはいつもとは違うのね?」
「ウゥン、クラウディオは元からあの感じなんだけど……。でも、クラウディオも魔法は上手だから、お兄様とは仲が良くて。お兄様もなんだかんだで、2人で魔法の練習をするのが楽しかったみたい。だから、一緒に魔法学園へ行けたらいいのにって、お兄様も言ってて……」
「そうだったんだ。でも……うん? だったら……クラウディオ君は魔法が使えるのに、どうして魔法学園に来なかったのかしら?」
「あっ。言われてみれば、確かにそうよね。うーん……どうしてだろ?」
ミアレットはクラウディオが後継者として認められていないのは、魔法適性に乏しいのが理由だとばかり、思っていたが。あのセドリックと仲良くできるとなると、クラウディオには十分に素質があると考えていいだろう。何せ……。
(僕は優秀な相手が好きだからね……だったっけ?)
セドリックは平民のミアレットの素質を認めた上で、「いい関係を築いておきたい」とも言っていた。彼は優秀な人間が好きだと公言していた通り、有能でさえあれば、身分の貴賤には頓着するタイプではなかったのだろう。魔法に傾倒するあまりに、それ以外の部分に大いに問題を抱えていたようだが。いずれにしても、セドリックとクラウディオの関係はそこまで悪くなかったみたいだ。
「エルシャ、ミアレットさん。もしよければ、そろそろ休憩しませんこと? 朝摘みイチゴのパイがあるそうよ」
それ、絶対に美味しいヤツだ。間違いなく、絶品なヤツ。
セドリックとクラウディオの関係性に思いを馳せるのも、そこそこに。魅惑のデザートをぶら下げられては、マーゴットのお誘いにエルシャと一緒に食いつく、ミアレット。お茶の合間に、魔法技術の話もいただけるともなれば、このお誘いに乗らない手はない。
(クラウディオ君の事も気になるけど……まぁ、私が首を突っ込んでいい話じゃないでしょうし。とにかく、今は見学を楽しませていただきましょ)
しかしながら……いくら無関係だと思っていても、ガッツリ関わってしまう羽目になるのが、悲しいかな。ミアレットの巻き込まれ体質の本領である。無関係で通せる程、ミアレットの周囲は平穏ではないのだった。