4−13 キンキラリンプリンス、恐るべし
「あぁぁぁ……! 怒涛の1日が終わったわぁ……!」
クタクタの体を、充てがわれた「自室」のベッドにボフンと投げ出して。ようやく1人きりになれたと思ったらば、もう夜中の8時である。考えてみれば、朝から晩まで、自由な時間があまりなかった気がすると、ミアレットはフゥと深く息を吐いていた。
魔法駆動車での移動は快適だったし、楽しくもあったが。途中の寄り道だけではなく、宿泊先に着いてからも、色々と緊張しっぱなしで気が休まる暇もない。それもこれも……。
「周りの皆様が、やんごとなさ過ぎるのよ……!」
プリンス兄弟然り、騎士団長様然り……そして、王様は言わずもがな。しかも、無事に宿泊先にたどり着いたと思ったら、ご厄介になる相手は親友の伯母様以前に、お偉い貴族様。それぞれが皆、気さくで「良い人達」なのは分かってはいるのだが。……やはり、育った環境と立場による不慣れ(劣等感)は拭えないものがある。
「しかも……このネグリジェも、超高そう……。私なんかが着ていて、大丈夫なのかなぁ……」
部屋にドレッサーがあったので、鏡の前でちょっぴり気取ったポーズをとってみるものの。すぐに馬鹿馬鹿しくなって、ミアレットはすごすごとベッドに戻る。
夕食も豪華すぎて目が回りそうだったが、メイドさんに全身を磨き上げられるなんていう、入浴は未体験の塊でしかない。聞けば、エルシャはラゴラス邸でもそうして過ごしていたとかで……彼女がいつも輝いて見えるのは、素材がいいだけではなく、手入れもしっかりされているからなのだと、ミアレットは諦めついでに納得してしまっていた。
(アハハ……。やっぱり、エルシャに比べたら、パッとしないわねぇ……)
同じように手入れされていても、自分はちょっぴり小綺麗になった程度で、あまり代わり映えしていない気がする。それでもほんのり、艶が良くなった髪の毛を捻っては。これであれば、少しは王子様達の隣に立っても惨めな思いをしないかもと……妙なことを考えてしまう。
(それはさておき……あっ。早速、来ているわね)
王子様を思い出した拍子に、窓際に置いてある鳥籠を見やれば。入浴前にはいなかったはずの小鳥ちゃんが、「チチッ」と可愛らしい声を出しては、こちらを見つめている。そんな彼の足元には……2通の手紙。どうやら、王子様達はそれぞれにしっかりとお手紙を寄越してきたらしい。
「どれどれ……封筒が白い方がディアメロ様で、青い方がナルシェラ様みたいね……。うっわ、このレターセット……めっちゃ高そう……!」
手紙の内容以前に、レターセットの重厚感に気圧されてしまう平民感覚が恨めしい。それでも、順番に手紙の内容に目を通し……最終的には、微笑ましくてクスリと笑ってしまうミアレット。
「ナルシェラ様は庭園散歩、ディアメロ様はガゼボでのお茶……かぁ。どっちもお城の様子をもっと知れそうだし、何より楽しそう。それにしても……ふふ。2人とも女の子が好きそうなことを、よく理解しているみたいね……。まぁ、それだけ必死って事なんだろうけど……」
ナルシェラはともかく、ディアメロの方はもっと強引なお誘いをしてくると思っていたのだが……2人ともまずまず標準的な距離の詰めかたをしてくるのだから、王子様というのは生粋のプレイボーイなのかも知れない。
(えぇと……確か、ナルシェラ様が17歳で、ディアメロ様が16歳なんだっけ?)
お手紙交換の段階で、さりげなく彼らの歳を聞いてみたところ。1つ違いの兄弟なんだと、これまたサラリと答えが返ってきたが。その年頃であれば、ミアレット(マイ)基準のイメージでは「高校生」くらいである。そして、かつていた「日本での高校生活」の雰囲気を思い浮かべながら、途端にミアレットは末恐ろしいと感じてしまうのだ。
(って、これ……どう考えても、男子高校生のお手紙じゃないわー……)
キンキラリンプリンス、恐るべし。
ポエムまでは行かないにしても、随所に散りばめられた程よい口説き文句に、上品ながらも気取らない言い回し。文才があるかないか以前に、ここまでウィットに富んだ表現ができる時点で、彼らのお手紙スキルは相当に高いとするべきだろう。おまけに、揃いも揃って、字も美しい。
文末のシメが「好きです! 付き合ってください!」ではない時点で、ガツガツさもあまり感じられない。この相手に不必要な気を使わせない「適度な距離感」と「奥ゆかしさ」も、ミアレット的には高ポイントだ。
(となると……これはお返事する側も、しっかり文章を捻らないとダメかしら? ふふふふ……こいつぁ、腕がなるわね……!)
立派なお手紙を前に、尻込みしてしまう……訳ではなく、俄然やる気を漲らせるミアレット。
生前の「マイ」は、成績も業績も標準的な「ごくごく普通の女性」ではあったが、強いて言えば「作文が得意な女の子」でもあったのだ。忌憚なき物言いをすれば、ド文系脳である。「得意教科はなんですか?」と聞かれて、「国語(もっと言えば、古典)です!」とスパッと言えてしまうくらいの自信が、彼女にはある。
(あぁぁ……! やっぱり、文通はいいわ……! レトロの極みよね! メールのやり取りじゃ、こんな風に字が綺麗だなんて、絶対に気づけないもん……!)
ビバ、文通。今までの緊張感を高揚感へと挿げ替えて。ミアレットは早速、天使長様と大悪魔様からの贈り物をそれぞれ取り出すと、ウキウキとレターセットにペンを走らせる。生前にビジネスメールも腐るほど見てきたミアレットにしてみれば、冒頭の挨拶文を綴ることなぞ、朝飯前。「古典文学」で垣間見た、平安時代の和歌のやり取りみたいだと錯覚し始めたらば、もうもうペンも勢いも止まらない。
……だが、しかし。ドアの隙間から、そんな自分を見つめる視線があったことは、当のミアレットは知る由もないことだった。