4−12 とっても、興味津々です!
遅めの昼食をいかがと、マーゴットに誘われて。これまた、ミアレットはあれよあれよという間に、エルシャと共に広すぎる食堂へと通されていた。そうして、またもぎこちなく席に着こうとしたところで……メイドさんがすかさず椅子を引いてくれるのが、ありがたいやら、申し訳ないやら。
(さっきのエントランスもだけど……この食堂も、映画でしか見たことないヤツだ……!)
端から端まで何メートルあるんだと言いたくなるような、長い長ーい机。純白のテーブルクロスの上を一直線に走るのは、繊細な植物模様が施された深緑のテーブルランナー。……これまた何メートルあるんだろうと、ミアレットは訝しんでしまうが。そんな野暮なことを考えるのは、平民ならではなんだろうと思い直す。日常生活では決して味わえない空気感を、ここぞとばかりに堪能しないのは損である。
「あれ? そう言えば……ドルフさんと、アリラさんは?」
「2人なら、使用人室へ向かったわ。食事は別々になるから、ちょっと寂しいけどね。でも……そういうものだから、仕方ないのよ」
優雅に着座した、隣のエルシャによれば。専属の使用人を連れてきた場合、ゲスト側の人間であろうとも、寝泊まりは使用人の部屋になるのだそうだ。なので、エルシャやミアレットの身の回りの世話をしていない間は、「普通であれば」ファヴィリオ家の使用人に混ざって、仕事をすることになるそうで……。
「えぇ〜……でも、それじゃドルフさん達が可哀想よ……。新婚旅行も兼ねているのに……」
「ふふ、そこは心配しないで。お母様がちゃんと、お祝い金を持たせていたみたいだから。私達に構わなくていい間は自由に出かけていいって、伯母様も許してくれているし。今頃、デートに行ってるんじゃない?」
「あっ、そうなのね。なんだ……なら、よかったわぁ」
それでなくとも、今までの様子からしても……ラゴラス家やファヴィリオ家は使用人に対して、ぞんざいな扱いをしている雰囲気はなさそうだ。ラゴラス伯夫人が「お祝い金」を出している時点で、使用人の自由行動に関しても、大らかである模様。
「さ、冷めないうちに召し上がれ。お口に合えばいいのだけど」
(あっ、いけない、いけない。今はお食事会の最中だったわ……)
マーゴットの声に、我に返るミアレット。ドルフ達の身の上は心配いらないと分かり、安心したついでに……急に現実に引き戻され、妙に慌ててしまう。
(こ、これ……どれから、どう食べればいいのかしら……?)
しかも、手元を見れば……いつの間にか、ミアレットの前にも他の皆様と同じ料理が並べられているではないか。しかしながら、昼食にしては明らかに品数も量も多いご馳走に、ミアレットは目を白黒させるのが精一杯だ。
「い、いただきます……(ここは皆様のマナーを見習えばいいわよね……)」
マーゴットの左隣には、彼女の義父母だと自己紹介をくださった、上品な印象の老夫婦がにこやかな様子で座っている。そしてマーゴットの右隣には、灰色がかった髪色の少年が座っており、挨拶もなく黙々と食事を進めているが……。
(もしかして……彼がクラウディオ君、かしら?)
長めの前髪で、目元はほとんど見えない。モソモソと動いている口元は小さめで、いかにもお喋りは苦手そうな印象だ。周囲を一瞥すらしないのを見ても、積極的に食事の輪に加わろうという意思も感じられない。
(エルシャは初対面じゃないだろうけど、私は完璧に部外者でしょうし……。こちらから話しかけるのは、きっと迷惑よね……)
元からシャイな上に、複雑な家庭環境に疲れているんだろうなと、思い至ると……ここはそっとしておこうと決める、ミアレット。話しかけられたら答えればいいのだろうし、最初から強引に垣根を越える必要もない。何より……。
(正直なところ、人様の心配をしている余裕がないのよね……)
それもそのはず、ミアレットにはこちらの世界のテーブルマナーがとんと分からないのだ。孤児院ではスプーンとフォークを使い分けることはあっても、パンや果物は手掴みだったし、全部手掴みで食事をしてしまう子供も少なくない。スープに至っては、ボウルから豪快に飲み干す猛者もいたりする。
(うーん……この感じ、そこまで緊張しなくても、大丈夫そう……?)
チラリチラリと周囲に合わせるように、フォークを手に取るミアレット。カトラリーを使う順番は……どうやら、決まっていない様子。エルシャが時折、トングで籠からパンを取っているのを見ても、割合自由に食事を進めても良さそうだ。
(ま、まずはサラダからにしておこう……。うん、ドレッシングもかかってるし……)
これはこのまま食べても、イケそうだ。思い切って手近にあったサラダに、何気なくフォークを立てて、パプリカらしきものを口に運べば。ミアレットのお口に広がるのは、濃厚ながらも決してクドくない、野菜の旨味そのもの。素材が新鮮なのもそうだが、凝縮されたような果実のような甘みがじんわりと舌の上を覆っていく。
「……! このお野菜……凄く美味しい……!」
「ふふ、そう? それは何よりですわ。それはファヴィリオの農園から届いた、野菜なのよ?」
「えっ? となると……マーゴット様が経営されているのって……」
「えぇ。ローヴェルズ公認農園の経営と管理を任されておりますわ」
ミアレットが野菜に興味を示したのが、嬉しかったのだろう。エルシャの正面に座っているマーゴットが、微笑みながらファヴィリオ家の家業について、簡潔に説明してくれる。それによると……ファヴィリオ家は代々、王家から大規模農園の経営と領地管理を任されてきたそうで、最近では魔法を織り交ぜての品種改良や、生産性向上の研究も盛んに行われているそうだ。
「ほえぇ……! そんな所にも、魔法技術が使われているんですね……!」
「まぁ、もしかして……ミアレットさんは、農園の様子にご興味がおありかしら?」
「はい! とっても、興味津々です! こんなに美味しいお野菜ができるんですから、きっと凄い技術なんでしょうね……!」
ミアレットはついつい食事も忘れ、手を合わせてはキラキラと瞳を輝かせてしまう。(全くもって、本意ではないが)魔法を勉強することが本分になりつつある彼女にとって、魔法が「どのように活用されているのか」はかなり気になる話題である。しかし……。
「って、はっ! す、すみません……変なところで興奮しまして……」
つい、前のめりになってしまった……と、すぐさま勢いを萎ませては、小さくなるミアレット。それでも、マーゴットや老夫婦には咎める雰囲気はなく、少女の姿勢を寧ろ好意的に捉えてくれたようだ。
「でしたらば、マーゴット。こちらのお嬢さんを視察に連れて行ってあげたら、いかがかな?」
「そうですわね、お義父様。こんなにも、ご興味を示してくださるのですもの。是非にご見学頂かないと」
「いいんですか……?」
「もちろん、喜んで。明日は領内を見回る予定でしたし、宜しければご一緒してくださいませんこと?」
もちろん、視察にはご一緒したい。だが、今のミアレットはエルシャの「おまけ」である。勝手に判断していいものかと、お隣のエルシャにもお伺いを立ててみるが……。
「私は行ってみたいのだけど……えっと、エルシャはどうする?」
「私も行ってみようかな。折角、来たのだもの。伯母様のお仕事も、ちゃんと勉強しないと」
エルシャも意外と、乗り気である。そんな姪っ子に、マーゴットが驚いた表情を見せたが……すぐさま、嬉しそうに微笑むと。明日は一緒に農園へ行きましょうと、快く承諾してくれるのだった。