4−11 複雑なご家庭の内部事情
ドルフが軽やかに、魔法駆動車を停止させれば。穏やかに魔法道具を受け止めたのは、きちんと手入れされた新緑の芝生。そんなどこまでも青々とした、草原の上に降り立ったミアレット達を出迎えたのは……道の両端を固めに固めた、ズラリと並ぶメイドさん達の列だった。
「ヘぁ……? エ、エルシャ……これ、どういう事?」
「どういう事も、何も……彼女達は伯母様の屋敷のメイドさん達だけど」
「いや、そうじゃなくて。……どうして、みんな一列に並んでいるのよ……」
「なんだ、そんな事? もちろん、私達を歓迎してくれているからに、決まっているじゃない」
「そ、そういうものなの……?」
エルシャはあっけらかんとした様子で、さも当然とばかりにメイドさん達が見守る道を行くが。彼女の説明によると、エルシャの伯母様は公爵家の女当主だそうで、お屋敷もカーヴェラにあるラゴラス邸よりも格段に広いらしい。使用人の人数も段違いで……なんと100人以上もの人々が、この豪邸で働いているそうな。
(私、明らかに場違いな所に来ちゃったかも……!)
ミアレットは勝手に、ラゴラス邸(も完全に豪邸の部類である)の規模や雰囲気を想像していたものだから、ここまで規格外の建造物とおもてなしが待っているだなんて、予想だにしていない。しかも、エルシャの父親は「ラゴラス伯」だったはず。つまりは、エルシャの伯母様はラゴラス伯よりも地位が上ということになりそうだが……。
「伯母様! 今年もお世話になります!」
「まぁまぁ、遠いところよく来ましたね、エルシャにミアレットさん。私は、マーゴット・ファヴィリオと申しますわ。ミアレットさんも数日の間、よろしくね」
「は、初めまして……ミアレットと申します……。この度は、ご厚意に甘えて、ご厄介になりますですぅ……。よろしくお願い致します……」
元気よく挨拶をするエルシャの一方で、完全に尻込みしているミアレットは、ヘナヘナなお返事がやっとである。それもそのはず、相手は公爵様。……要するに、貴族のランク内でも偉い人なのだ。ハザール王には及ばないかもしれないが、ミアレットの立場からすれば、いずれも雲の上の人であることには変わりない。
「えぇ。もちろん歓迎しますよ。さ……皆さんの荷物を預かってあげて頂戴。それで、お部屋にご案内を」
「かしこまりました」
「エルシャ様に、ミアレット様。こちらへどうぞ」
「は、はひ……!」
抱えきれない「王子様のお土産」も丸ごと、メイドさん達に預ければ。ミアレット自身は身軽になったものの、心は到底、軽くはならない。それでも、メイドさん達の朗らかな笑顔を見る限り、本当に歓迎してもらっているのだと思い直し。ミアレットはエルシャに引っ付く形で、屋敷の中に足を踏み入れる。
(うぁ……これまた、すごい場所だわぁ……!)
ファヴィリオ邸は外観も立派ならば、内装も立派である。エントランスのサイドに伸びる緩やかなカーブの階段は、いつか見た気がする映画のセットのような趣。乳白色の石材に映えるブルーの絨毯が、目にも鮮やかだ。天井を見上げれば、豪邸の定番・シャンデリアがキラキラと輝いている。壁には「きっとお高いんだろうな」と思わされる、風景画がいくつも架かっており、色彩豊かながらも、不思議な調和を見せていた。
(……綺麗なのもそうだけど、調度の趣味もいいわぁ。うん、これぞまさしく、貴族様のお屋敷よね……!)
ファヴィリオ邸は、まさにミアレット好みのヴィンテージ感溢れる空間。明らかに豪華過ぎる宿泊先に、ミアレットはようやくワクワクする余裕をとりもどしつつあった。
「あれ? ところで、伯母様……クラウディオは?」
一方……エルシャは当然ながら、お屋敷の豪華さには慣れているのだろう。屋敷に足を踏み入れてすかさず、伯母様に誰かの所在を尋ねている。そうして、伯母様の方も何気なく答えるが……どことなく苦しそうに見えるのは、気のせいだろうか。
「もちろん、おりますよ。ただ……あの子はあまり、人に会いたがらない子ですから。挨拶もできずに、ごめんなさいね」
「いえ、大丈夫ですけど……ほら。今年はお兄様がいないから……。私で、話し相手になるかどうか……」
「そうね。クラウディオは、セドリックとは仲が良かったものね。毎年、セドリックが来るのを楽しみにしていたみたいですし……確かに、あの子がいないと寂しがるかもしれませんね……」
悲しそうに瞳を伏せて、フゥ……と、小さくため息をつく、エルシャの伯母様。そんな彼女の様子に、エルシャも少しばかり寂しそうに俯いている。
「……エルシャ、ところで……クラウディオさん? って、誰かしら?」
「あっ、そっか。ミアレットには伝えていなかったっけ。クラウディオは伯母様の旦那様の息子で、私の従兄弟なんだけど……」
(……ん? 伯母様の旦那様の……息子? それって、伯母様の息子じゃないの?)
エルシャの妙に回りくどい解説に、首を傾げるミアレット。そんな彼女に……こっそりと助け舟を出してくれたのは、すぐ後ろに控えていたアリラだった。
(クラウディオ様は、エルシャ様の伯母様のご主人……つまりは、このお屋敷の跡取りだった方の息子さんではあるんですけど……。いわゆる、愛人とのお子さんでして……)
(あっ、そういう事ですね……)
なお、クラウディオの父(つまりは伯母様の旦那様)は既に亡く。なんでも、「口に出すのも恥ずかしい状況」の最中に心不全で急死されたのだとか、なんとか……。
(ですので、シーッですよぉ。シーッ!)
(分かりました……!)
これまた、厄介なまでに複雑なご家庭の内部事情である。周囲のメイドさん達も示し合わせたように、アリラの言葉にコクコクと頷いているが、それ以上は余計な事を言うつもりもないらしい。
(うん。これは、深く突っ込んじゃいけない内容だわ……。しかし、アリラさん……意外と遠慮がないわね)
一応は12歳の少女相手に、「愛人」だなんてキーワードを持ち出すのは、どうかと思う。しかも、「口に出すのも恥ずかしい状況」と暴露している時点で、情操教育的にも色々とアウトである。
しかし、「中身は大人」なミアレットはアリラの解説にあらかたの事情を察すると、これまたコクコクと頷き返す。「余計な詮索はしませんよ」の意思表示を示したところで、メイドさん達もホッとした表情を浮かべ始めるが。どこか「腫れ物に触るよう」な空気感に、ミアレットはクラウディオ君に対して、少しばかり憐憫を感じてしまうのだった。
【登場人物紹介】
・マーゴット・ファヴィリオ(水属性)
エルシャの父・ラゴラス伯の姉であり、エルシャの伯母にあたる人物。41歳。
頭脳明晰で、類稀な経営センスを持つ、誇り高き淑女。
若かりし頃、是非に後継の伴侶にと望まれ、ファヴィリオ家へと嫁いだ。
しかしながら、親が勝手に決めた婚姻に不満だった夫・ファーガスからは愛されず、子宝には恵まれなかったため、彼女の実子はない。
挙句、ファーガスは予てから愛人を囲っており、彼女との息子を残し頓死。
現在は義父から「罪滅ぼし」の形で当主の座を受け継ぎ、領地経営に敏腕を奮っている。
・クラウディオ(炎属性)
ファヴィリオ公・マーゴットのかつての夫・ファーガスと愛人との間に生まれた、不義の子。16歳。
マーゴットとファーガスに子がなかったため、ファヴィリオ家の一応の跡取りではあるが、母が正妻ではなく愛人という事もあり、正式な後継者として認められていない。
マーゴットとの「親子仲」は悪くないものの、祖父母との関係は少しギクシャクしている。
やや影のある、陰気な雰囲気の少年。