4−10 貴族様は逞しい
エックス君一式を献上した後の、魔法駆動車にて。ミアレットは思いの外、過分なお土産も頂いてしまったと、王子様達と別れた後も緊張していた。ミアレットの隣には、明らかにお高そうなラッピングの化粧箱が積まれている。ディアメロ曰く、「いつかのランチの返礼品」だとのことで……王家御用達のお菓子を大量に、寄越されてしまったのだ。
「それはそうと、ごめんね、エルシャ……意外と時間がかかっちゃって……」
「別にいいわ。伯母様とは時間の約束をしてたわけじゃないし。それに……」
魔法駆動車の後部座席で、エルシャがクスクスと嬉しそうに肩を揺らしている。彼女としては、王子様が2人ともミアレットに夢中なのが、面白いと同時に……誇らしいそうな。
「……そうなる? 私はどちらかと言うと、両方とも“やっぱりエルシャの方がいい!”って、なると思ってたんだけど」
「えっ? それこそ、どうしてよ」
「えー? だって、エルシャの方が圧倒的に美人だし、貴族じゃない? それに、魔法もしっかり使えるし……王子様の婚約者ってなったら、エルシャの方が適役だと思うけど……」
ミアレットが自信なさげに、そんな事を言い出せば。それは違うと、エルシャだけではなく、前方からドルフとアリラまでおしゃべりに参戦してくる。
「いやいや、ミアレット様。先程の様子からするに、王家の方々は身分は気にされていないかと」
「そうですよ〜! 王子様達は、ミアレット様がいいから、あんなにも必死なんですって〜」
「そ、そうでしょうか……?」
「そうに決まってるじゃない! それじゃなきゃ、あんなにミアレットの隣を取り合ったりしないって」
「うーん……と、言われてもね……。今ひとつ、実感がないわぁ……」
王子様達が固執する理由が分からないのは、ミアレット本人だけらしい。ウムムと唸りながら、そうなってしまった理由をアレコレと考えるが……多分、気安さと気軽さがウケたんだろうと思い至り、脱力してしまう。おそらく、王子様達はミアレットの「ある意味での珍しさ」に惹かれたのだろうと、これまた強引に割り切った。
「それはそうと……うふふ。お父様や伯母様に、王子様達とお知り合いになったって言ったら、喜ばれるわ」
「左様ですね。ハザール陛下も、是非に魔法駆動車を導入したいとおっしゃっていましたし……ラゴラスの販路が広がったと考えれば、これ以上ない程のお土産となりましょう」
「そうよね、そうよね! しかも、お城……とっても、素敵だったわぁ……! 私だけじゃお城にお邪魔なんて、できなかったでしょうし……ミアレット様には感謝しかありません……!」
「い、いや、それほどでも……」
アリラが興奮気味でおっしゃる通り、グランティアズ城は古風ながらも、随所に洒落た趣向が凝らし尽くされた「とっても素敵なお城」だったのは間違いない。緊張しすぎていて、折角のレトロ感を堪能する暇もなかったが。間違いなく、ミアレット好みの城である。
(あぁぁ……次は、ゆっくりお城を見せてもらえるかなぁ。それにしても……やっぱり、貴族様は逞しいわ。そっか。ラゴラス家にとって、さっきのはビジネスチャンスでもあったのね……)
エルシャ自身もラゴラス家の「商人としての顔」を知ったのは、つい最近だと言っていた気がするが。その割には、しっかりと「ラゴラス家」の宣伝をやってのける抜け目なさは、既に一端の営業マンのそれでしかなく。お家第一の思考回路は、お貴族様特有の資質なのかも知れない。
(いずれにしても、エルシャ達に無駄足を踏ませなかっただけ、マシかしら……)
そうして、チラリと王家の皆様から受け取った、お土産に再度目をやるミアレット。これは丸ごと、エルシャの伯母様に預けようと思い直し、気持ちを切り替える。
気づけば……目の前には王城とまでは行かないにしても、立派な豪邸が迫っている。それこそが……エルシャの伯母様のお屋敷であり、ミアレットが数日間ご厄介になる予定の、宿泊先であった。
***
「エックス君。ミアレットは僕と兄上の、どっちを選ぶと思う?」
「ピチチ?」
エックス君を鳥籠ごと、押収せしめて。ディアメロは籠の中で首を傾げるエックス君に、ついつい、話しかけていた。手元には金の箔押しが施された、上品な純白のレターセット。婚約者のご機嫌取りに行ったナルシェラを尻目に、ディアメロは一足先にお手紙作成に精を出しているが……フライングを決めた割には、筆は一向に進まない。
「……分かっているさ。ミアレットは、僕の事はなんとも思っていないって。……あいつは恐ろしい程に、兄上にも、僕にも平等に接してくる。……僕だけに優しいなんて事もない」
「ピッ? ピピッ?」
「お手紙を出すのは、夜にしよう」。ナルシェラとそんな約束をしたものだから、エックス君に手紙を預けるべきではないと、ディアメロも心得ているが。そもそも、そのお手紙自体も書き上げられないのだから、前途多難だ。
「ピュイ、ピュイ!」
「……しかし、本当に魔法道具なんだよな、お前……。なんだか、信じられないな……」
「ピピ?」
ディアメロの言葉に、またも首を傾げるエックス君。しきりに不思議そうにしている彼を鳥籠から出そうと、ディアメロがそっと扉を開けて、指を差し出せば。エックス君は何の疑いもなく、ディアメロの人差し指にチョコンと止まる。
「キュピ!」
外に出してもらって、嬉しそうにパタパタと周辺を飛んだ後、律儀にディアメロの肩に戻ってくるエックス君。そうして、甘えるようにディアメロの頬に頭を寄せてくるのを見る限り……ディアメロの事をしっかりと飼い主認定しているのだろう。ゴリゴリと頬に触れる感触は、滑らかな金属のそれでしかないが。エックス君の仕草には愛嬌があって、ディアメロの気鬱がほんのりと慰められる。
「……そう、だよな。悩んでても、仕方ないよな。とにかく、兄上には負けないように頑張らないと。とは言え、初っ端からアピールしまくるのは、格好悪いし……警戒されそうな気がする」
「キュピ? キュピ?」
「うん、最初は世間話から……だな。それで……あぁ、そうだ。今度は城の中庭に案内するか。あいにくとバラは終わってしまっているが、バーベナは見頃だったし。ガゼボでお茶をするのも、いいかな」
「ピチッ! ピチュチュ!」
「そうか、そうか。お前も名案だと、思うだろ?」
「ピピッ!」
何気ない呟きにさえも、エックス君が誇らしげに胸を張るので、自然とディアメロの頬も緩む。今まで本気で恋をした事がなかった彼にとって、こうして「恋文」をしたためるのも新鮮な経験ではあったが。それ以上に、どのようにミアレットを射止めるかを考える事も、ディアメロにとって「楽しい事」になりつつあった。