1−9 学園生活は波瀾万丈
「ヨォ、元気してたか?」
アーニャに連れられて、食堂に出向けば。ミアレットの顔を認めると、嬉しそうに片手を挙げる大物悪魔がそこにいた。
……大悪魔・マモン。魔界でも最高位レベルの悪魔ではあるが、気さくな様子でニコニコとされると、やはり大物どころか、悪魔にさえ見えない。しかし、「俺は人間じゃねーぞ」と主張するかのように、黒髪から覗く金色の角が片方折れているのも、再確認して……それなりの修羅場を潜り抜けてきたのだろうと、ミアレットはぼんやりと考える。
「マモン先生、もしかして……私に会うために、わざわざ来てくれたんですか?」
「おぅ。ちょいと、様子が気になってな。ほれ、本校進級の選考試験があるだろ? お前さんなら、大丈夫だと思うが……チィっと不穏な空気があるもんで。……警告も兼ねて、来てみたんだよ」
「不穏な空気……?」
軽やかな口調の割には、妙に物騒なことを言い出すマモン。しかし、不穏な空気の正体をアッサリと教えてくれるつもりもないのか、まずはお土産とばかりに……机の上に乳白色の石が付いたペンダントを1つ、滑らせる。
「マモン先生、これは?」
「こいつは竜女帝の鱗を使ったペンダントでな。竜女帝には、周囲の相手の悪意を感じ取る特殊能力がある。こいつはそんな竜女帝様の力の一部を魔法道具として、再現したもので。本家本元みたいに、些細な悪意には反応できないみたいだが……強い負の感情はしっかりキャッチして、光って教えてくれるぞ」
竜女帝と言えば、竜族の頂点とされる精霊だった気がする。ミアレットが精霊学の授業で習った内容では、霊樹・オフィーリアを守る竜族の女王であり、奇跡をもたらす固有魔法を2つも有している大精霊と教えられていた。
それでなくとも竜族の鱗は種類に関わらず、一律最高ランクの魔法道具素材に指定されている代物でもある。ましてや、その頂点とも言える竜女帝の鱗を使った魔法道具など……おいそれと、お目にかかれないはずなのだが。
「これ、相当の貴重品じゃないですか? 私が貰っちゃって、大丈夫です?」
「うん、構わない。今の竜女帝様……エルノアちゃんって言うんだが。ま、色々とあって、彼女とは結構な知り合いでもあってな。鱗も何枚か、分けてもらってあるんだ」
「そう、なんですか……?」
結構な知り合いって、どういう知り合いだろう?
くれると言っているのだし、素直に受け取ればいいのだろうが……有難い反面、ミアレットの頭には「?」が浮かびっ放し。……妙に釈然としない。
「ふふ、本当に……あのチビ助が、あんなに立派になるなんてねぇ」
「チビ助……? それ、竜女帝様のことで、合ってます?」
「えぇ、合ってるわ」
しかも、アーニャに至っては大精霊であるはずの竜女帝を「チビ助」呼ばわりしては、嬉しそうに目を細めているではないか。おそらく、アーニャの方が竜女帝よりも「年上」だからこその発言だとは思うが。
(もう、いいわ……。この人達の交友関係にツッコミを入れだすと、キリないし……)
……ここまでくると、悪魔達の距離感は基本的にオカシイのだと、割り切ってしまった方がいいのかも知れない。
「マモン、それはそうと……こんな道具をミアに渡してくるとなると、何かあったの?」
「それなりに、な。まだ、本格的なことは分かっちゃいないが、学園内でちっとキナ臭い動きがあるそーで」
「キナ臭い動き?」
「あぁ。アーニャも聞いたことがあると思うが、“深魔の破片”を手に入れるために、無茶をする奴が出ているのが問題になっていてな。ま、個人的に無茶をしておっ死ぬくらいであれば、まだいいんだが。……どうも、わざと深魔を発生させて、破片をゲットしようって奴らがいるらしい」
「なんですって⁉︎」
予想以上の剣呑な内容に、アーニャが鋭い声を上げる。そんな彼女をドウドウと諌めながら、マモンが話を続けるが……同じ席に呼んだ時点で、彼らはミアレットをしっかり巻き込むつもりなのだろう。……特注品の魔法道具を寄越してきたのには、そういう魂胆があってのことに違いない。
「まだ、確実にそうと決まったワケじゃない。ただ、不可解な状態で発生している深魔がいるのも、現実ってなもんで。……事実確認もせにゃならんし、手分けして分校の様子も視察しましょう、って事になったんだ」
「そうだったの。随分と、急な訪問だとは思ったけど。確かに、すぐに確認した方が良さそうね。それに……どうせ、ルシファーの一声で決まったことなんでしょ?」
「そーいうこった。アーニャも、よく分かってるじゃん。そんなもんだから、明日はミアちゃんと一緒にカーヴェラ分校に登校しまーす」
「……はい?」
カラカラと嬉しそうに笑いつつ、更に突拍子もない事を言い出すマモン。それはつまり……明日はミアレットと一緒に、マモンも学校へ来るということか? 魔界のトップが? 人間の小娘と? 学校に仲良く登校する……だと?
(うわ……また、超メンドい事になったかも……)
それでなくても、マモン自身は相当の美男子である。ミアレットの好みに引っかからないだけで、文字通り「人間離れした」ハンサムである事には相違ない。ただ一緒にいるだけで、確実に目立ってしまう。
「あぁ、なるほど。それで、今夜は泊まりたいって言い出したのね?」
「それもあるが……お泊まりはリッテルのご希望が大きいかな。久しぶりにカーヴェラで買い物をしたいんだと」
「と、言うことは……リッテルさんも、来ているんですか?」
「うん。明日はどこに行こうって、ティデルとお話し合い中だ」
リッテルはマモンの契約主の天使で、彼の「お嫁さん」ではあるのだが。妙にテンションが高く、常々マモンを振り回している姿しか知らない気がすると、ミアレットは脱力してしまう。彼女も個人的に接する分には、優しいお姉さんな一方で……マモンが苦労している姿を散々見かけているので、どうも「ワガママ」な印象が強い。
「そういう訳で、明日はヨロシクなー。あっ、もちろん俺はそのまま校長室行きだから、お勉強の邪魔をするつもりはないぞ」
「は、はい……」
ハーヴェンやマモンであれば、いきなり非常識なことを言わないはず。……そう、少しばかり勝手に安心していたが。それ以前に、ゴラニアの悪魔男子達は仕事熱心な生き物でもあるらしい。天使長(オフィーリア魔法学園の学園長でもある)の即決にも、こうして健気に応じるのだから……一種のワーカホリックなのだろう。
(……魔法学園の先生って、普通に社畜なのかも……)
授業の邪魔はしないと、きちんとそれらしい配慮は見せるものの……ミアレットが気を揉んでいるポイントは、無論そこではない。仕事熱心なのは、非常にいい事だが。……自分の存在感を忘れている時があるのが、巻き込まれる身としては、とにかく気疲れしてしまう。
(まだ、ハーヴェン先生じゃなくてよかった……? いや、マモン先生も大騒ぎになりそうな気がする……!)
なんでも、本校で彼らが2人揃うともなれば。職員室の前には、「出待ち」の女子生徒が廊下の脇に整列する光景が見られると言う。そんな話に、ミアレットは「はて、宝島歌劇団ですかな?」と呆れていたが……実際に会ってみると、あり得るかも知れないと思ってしまうオーラが、彼らにはあった。
魔法の勉強も前途多難だが、天使と悪魔に見守られての学園生活は波瀾万丈である。周囲の交友関係や距離感が浮世離れしているせいで、ミアレットの学園生活に「平穏」は保証されないのだった。
【登場人物紹介】
・エルノア(炎属性/光属性)
巨大な爬虫類の姿を持つ精霊、竜族の頂点にして、女王。
先代の竜女帝・エスペランザの孫であり、バハムート・ゲルニカの娘。
竜族としてはまだまだ若い個体のため、好奇心旺盛で無邪気な部分があり、人懐っこい性格。
調和の大天使・ルシエルと契約しており、たまに彼女にお願いして、人間界へのお出かけを楽しむことがあるとか、ないとか。
・エスペランザ(炎属性/光属性)
先代の竜女帝。
エルノアが竜女帝の役目を引き継ぐまで、竜界の人間界脱離・帰還に、霊樹戦役への突入と、竜族の歴史の中でも波乱の御世を統治していた偉大な女王。
現在は隠居しており、娘婿のゲルニカ邸で穏やかな余生を過ごしている。
・ゲルニカ(炎属性/闇属性)
現代の竜女帝・エルノアの父親であり、竜族にあって魔力の調律を担う「エレメントマスター」の一柱。
ゲルニカはその中でも、炎属性を担当している。
竜族で最強を誇る竜神・バハムートでもあるのだが……非常に温厚すぎる嫌いがあり、奥様や娘に気圧され気味な苦労人の旦那様・その3。
竜界書庫の管理者で、オフィーリア魔法学園の「魔法書架」の室長。
また、オフィーリア魔法学園で採用されている魔法の指南書は全て、彼の著作である。
【補足】
・精霊
霊樹の吐き出す魔力に適合し、それぞれの聖域で暮らすようになった、魔法生命体のこと。
現在はオフィーリア(ドラグニール)→竜族、アークノア→魔獣族、グリムリース→妖精族の計3種族にてそれぞれの霊樹を守護しており、ゴラニア世界の魔力循環を見守っている。
かつてはもう1種類、ローレライ由来の精霊・機神族が存在していたが……霊樹戦役の際にローレライが失われてからは、絶滅の扱いになっている。
・竜族
ゴラニアにおける、精霊の一種。
角で瘴気を浄化し、鱗に魔力を溜め込む特殊性能を持ち、「神に近い存在」とまで言われる精霊。
本性に巨大な爬虫類の姿を持つが、他種族との交渉・交流の際には人間の姿に角と尻尾を残した「理性の姿」を顕す。
全体的に穏やかな気質で争いを好まないが、一度戦いともなれば、驚異的な魔力と身体能力とで全てを圧倒するポテンシャルを持つ。
・魔獣族
ゴラニアにおける、精霊の一種。
アークノアの魔力によって、動物や魔獣が知性を獲得し、精霊化したもの。
竜族にも引けを取らない身体能力と、個性的な種類が多く存在し、最も本性の姿がバラエティに富んでいる種である。
やや血気盛んではあるが、契約主や同盟を結んだ相手には絶対的な信頼と友好を示す、義理堅い一面がある。
グリフォンやフェンリル、ケット・シーにフェニックス等、「ファンタジーでお約束」な種が多く存在している。
・妖精族
ゴラニアにおける、精霊の一種。
グリムリースの魔力を礎に、亜人や樹木の精等が精霊化したもの。
霊樹由来の魔法薬生成や、言霊による「呪詛」の行使など、他の精霊にはない独自の魔法文化・薬学文化を築いている。
かつては外界との交流を積極的に持つことはなかったが、霊樹戦役に参戦してからは、徐々に外界との交流にも参加するようになった。
精霊としての「本性の姿」と、交渉のための「理性の姿」の乖離が最も少ない種族でもある。