4−8 尊み、ここに極まれり
「……呼んできたぞ」
王様と騎士団長様とで、楽しく(?)歓談していると。まだまだ不貞腐れているらしいディアメロが、ドアの隙間から顔を出す。そうして、予断なくナルシェラを先に部屋に通すと……自身は廊下を探るようにしてから、パタンと後ろ手にドアを閉めた。
「全く……兄上を呼んでくるのに、どれだけ苦労すると思っているんだ」
「へっ?」
「……セットで母上が付いてくるの、必死で止めたんだぞ」
「はいっ?」
セットでくっついてくるのは、婚約者ではなく……母上、とな?
そうしてグチグチとクダを巻く、ディアメロによると。彼らの母であり、王妃でもあるナディア妃はナルシェラと彼の婚約者・ステフィアとの婚姻をよく思っていないらしく、婚約破棄の口実を常に探しているのだと言う。そして、そんな彼女にとって……ミアレットの存在はネタとしても、ステフィアをやり込めるにしても、都合がいい存在だろうとのことだった。
「と、言われましてもぉ……。そもそも私、まだ婚約自体を検討中なんですけどぉ……」
「まだ、そんな事を言っているのか? ここまで来たんだから、そろそろ僕の婚約者として、腹を括れよ」
「待って、ディア。ミアレットが困っているだろう? 母上も望んでいる事だし、ステフィアとの婚約破棄のきっかけを作る意味でも、僕の婚約者として迎えた方がいいと思うけど」
「あっ、あのぅ……。と、とりあえず、2人とも落ち着いて……」
決心も覚悟も足りないミアレットを他所に、その場で口論を始める、ナルシェラとディアメロ。雲行きが怪しいので、ミアレットが仲裁に入ろうとするが……ヒートアップし始めた彼らの耳には、か細い少女の声は届かない。
「どうして、そうなるんですか⁉︎ 兄上は大人しく、アレの婚約者を続けていればいいでしょう!」
「それは勘弁してほしいな。それに、最初にミアレットを見初めたのは僕の方だ。そこまで言うんだったら、ディアの方こそ、ステフィアの婚約者になればいいだろう。彼女にしてみれば公費さえ使い込めれば、相手は僕でもディアでも、どっちでもいいんだろうから」
「はぁッ⁉︎ 何をふざけた事を言ってるんです‼︎ 絶対に嫌ですよ、そんなの!」
ステフィアと言うらしい、ナルシェラの婚約者を押し付け合う兄弟2人。控え目だとばかり思っていたナルシェラさえもが、ディアメロに負けじと声を張り上げるのだから、ステフィアとやらは余程に嫌われていると見える。
(えぇぇ……⁉︎ こ、この状況……どうすればいいのぉ〜⁉︎)
王子様達の喧嘩をワタワタと見守る、ミアレット。しかし、彼女の言葉に聞く耳を持たない王子様達を止められるはずもなし。それでなくとも、相手は王族である。ミアレットは無論のこと、エルシャや騎士団長も彼らに意見できる立場にない。
「いい加減にしないか、2人とも!」
ともなれば、2人を諌められるのはハザール王しかいない。そうして、当然の如く息子達を一喝すると、やれやれと疲れたようにため息をつく。
「驚かせてしまってすまないな、お嬢さん方。……本当に、先ほどから愚息達が迷惑をかけ通しで、申し訳ない」
そうして、律儀に頭を下げる国王様だが。彼の誠意があまりに恐れ多いと、ミアレットとエルシャはブンブンと首を振るのがやっとである。
「い、いいえ……! 私達は、大丈夫ですし……」
「とにかく、頭をお上げくださいぃ……!」
緊張感メガ盛りな少女達の懇願を受け、ようよう王様が顔を上げるが。哀愁漂うお疲れ気味の顔に、ミアレットはまたも……場違いにも「キュン」としてしまう。
(クハァッ⁉︎ 突き抜けるダンディボイスも素敵だけど、この渋い表情はマジで尊いわぁ……!)
ナイスミドルの影のある表情は、ミアレットにしてみればご褒美でしかない。尊み、ここに極まれり……である。多分。
(うん……? 王子様達……まだ、懲りてないのかしら⁇)
ミアレットが明後日の方向に、妄想に勤しんでいるのも露知らず。ナルシェラが当然のように、ミアレットの左に移動してきた……と思ったところで、ディアメロも負けじとミアレットの左を陣取る。そうして、またも2人で睨み合うが……。
「……お前達は余の隣に座りなさい。ほら、この通り、両脇が空いているぞ?」
「……何が悲しくて、父上の隣に座らないといけないのです」
「ほぅ、そうか? だったら、膝の上なんか、どうだ? ほらほら、2人とも昔はよく余の膝上を取り合っていたではないか」
「父上……いくらなんでも、この歳になって膝の上はご遠慮願いたいです……」
場を取り繕うようにニコニコとしながら、自分の膝をパンパンと叩いて見せるハザール王。彼の話からしても、昔からプリンス兄弟は「お父様っ子」だったようだが……。
「……陛下。お客様を前にして、それはないかと思います……」
「ふむ、それもそうか」
リオダが呆れ顔で王様の迷案を却下したところで、最適解と思われる提案をし始める。王子様達が2人ともミアレットの隣に座りたいのであれば、彼女の両端を開ければいいだけのこと。そして、そのためには……。
「あぁ、すまない。そちらの、えぇと……」
「エルシャ・ラゴラスです、騎士団長様。えっと……この場合、私が別の席に移動すればよさそうですか?」
「すまないが、そうしてくれるか。……という事で、レディ・エルシャと従者殿達は、あちらの席に移ってもらえると助かる」
「もちろんですわ」
騎士団長に示された、少し離れた席へ素直に移動するエルシャと召使いご夫妻。しかも、エルシャにとってはこの状況が面白いと見えて……去り際に、ミアレットを慌てさせることも忘れない。
「それじゃ、ミアレット。頑張ってね〜」
「えぇぇ〜……エルシャ、置いていかないでぇ……!」
「置いてくだなんて、大袈裟よ。私達は、そっちでちゃんと観察しててあげるから」
「ヴっ……エルシャ、楽しんでるでしょ?」
「ふふっ、当たり前じゃない」
美少女の笑顔もやっぱり、尊い。例え、それが意地悪な微笑みであろうとも。
そうして、両脇を王子様達に固められたミアレットではあるが。この際だから、王子様にサンドされるのではなく、現実逃避ついでに王様のお膝に座ってみたいと考えてしまう。
(と、とにかく……エックス君を渡してしまおう……。ここはサッサとご用件を済ませてしまうに、限るわ)
自暴自棄ついでに、ミアレットが王様の膝に乗ってみたところで、笑って許される……なんて甘い展開はないだろう。最悪の場合、冗談抜きで不敬罪に処せられてしまうかも知れない。
【登場人物紹介】
・ナディア・ファレッツァ・グランティアズ(風属性)
ローヴェルズ王国の王妃。35歳。
ローヴェルズの公爵家・ファレッツァ家の長女であり、ハザール王との典型的な政略結婚にて王妃となる。
それでもハザール王との夫婦仲は良好らしく、国民の事を第一に考える夫を誇りに思う一方で、王家を蔑ろにしている大臣親娘を快く思っていない。
そのため、どうにかしてナルシェラとステフィアの婚約を破棄させたいと考えている。
温厚で聡明な淑女ではあるが、意外と知謀に長けている部分があり、敵に回したくないタイプの人物である。