4−7 気の置けない間柄
(いけない、いけない。今はイケオジに気を取られている場合じゃないわ……)
国王陛下が思っていた以上に、マトモで気さくだったために、ミアレットはあらぬ方向に意識を飛ばしていたが。当初の目的を思い出し、隣のディアメロのもう1人の王子様の所在を尋ねてみる。
「ところで、ディアメロ様。……ナルシェラ様は、どちらに?」
「……なんだ、ミアレット。僕よりも、兄上の方が気になるのか?」
「そうじゃなくて、ですね。お届け物がナルシェラ様にも関係がある物でしたから、お二人に使い方を説明したくて……」
ミアレットがナルシェラの名前を出した途端、ムッとした表情でディアメロが不服そうにしている。ミアレットにはまだまだ彼らのどちらとも婚約を結ぶ気は無いのだが、ディアメロは既にミアレットと婚約を結んだ気でいるらしい。ナルシェラにはお届け物は自分から渡すと、ディアメロは兄を呼ぶ事を拒む。
「いや、できればご本人様を呼んで欲しいです。もし、ナルシェラ様が忙しいのであれば、他の日に改めます」
「ちょっと待て。どうして、そこまで兄上に会いたがるんだ? ま、まさか……」
「だから、違うって言ってるでしょうに。……お渡しする道具の性質上、どうしてもナルシェラ様の声が必要なんです」
「兄上の……声?」
先ほど、父上からも「事を急ぎ過ぎる」と指摘されたばかりだろうに。ディアメロは王様のご指摘通り、どうも事を先走る傾向がある模様。ミアレットに懇々と説明され、不貞腐れたように「ちょっと待ってろ」と言い捨てて、部屋を出て行くものの。……妙に納得していないのか、その背中からは不機嫌さが滲み出ている。
「本当に、面倒臭い奴だ。先ほどから、愚息がすまないな」
「い、いえ……滅相もありません……」
お向かいのソファで足を優雅に組み替え、ハザール王が「ふふっ」と笑いを溢す。呆れた調子の言葉とは裏腹に、ディアメロの様子がおかしくて仕方がないらしい。不機嫌なディアメロとは対照的に、お父様の方は随分と楽しそうだ。
「ところで、君が持ってきた道具というのは、どのような品物なのだろうか? ナルシェラの話によれば、君達は優秀な魔術師候補だと聞く。……もしかして……」
「はい、そのもしかして……だと思います。とは言え……」
そこまで言いかけて、言葉を濁し……チラリとドアの所に立っている護衛を見やるミアレット。
《魔法さえ使えれば、大臣の言いなりにならなくて済む。魔法さえ使えれば……無能な王族だって、蔑まれないで済む》
ディアメロがそう言っていたことを思い出し、この城の実権は大臣が握っている事にも思い至る。もし、そこに立っている護衛が大臣の手の者だった場合……大悪魔様の自信作が「秘密道具」ではなくなってしまう。
「……そちらの者は大丈夫だよ、ミアレット嬢。彼はローヴェルズの騎士団長でね。……余にはともかく、ナルシェラには忠誠を誓っているようだから、大臣に告げ口はせんよ」
この反応……やはり、ハザール王は噂通りの「傀儡の王」ではなさそうだ。ミアレットの視線の意味にも気付くと、これまた的確な答えが返ってくる。
「おや、心外な……私はナルシェラ様以上に、陛下に忠誠を尽くす所存ですよ?」
「そうか。まぁ、いい。そういう事にしておこうか」
しかも、この気兼ねないやり取りである。こちらの王様は騎士団長様との仲も良好な様子。気の置けない間柄と言うのは、彼らのような関係性を言うのだろう。
「あぁ、失礼。まずは、自己紹介をしないといけませんよね。申し遅れました。私はリオダと申しまして。……ミアレット嬢が指名されていた、ラウドの兄です」
「えっ? そうだったのですか……?」
しかし……そうは言われてみても、大柄で威圧感のあるラウドと彼とでは、似ても似つかない気がする。リオダと名乗った騎士団長様も、もちろん騎士らしく筋骨隆々としているのだが……どちらかと言うと、貴族っぽい空気感が漂っており、騎士というよりは、それこそ王族にしか見えない。
「ちなみに、ラウドとは腹違いの兄弟でしてね。……そのお顔ですと、あまり似てないと思われたのでしょう?」
「へぁっ⁉︎」
図星を指されて、ミアレットはまたも変な声を上げてしまう。そんな彼女の反応に、王様も騎士団長様も、嬉しそうに笑っているが。緊張感が拭えないミアレットに、その場を取り繕う余裕はない。
「ふふ……っ! 本当に、ミアレット嬢は面白い反応をする」
「ず、ズビバゼン……」
「なるほど、なるほど。ミアレット嬢はとても純朴で、愛嬌があるのですね。これであれば、確かに……ナルシェラ様や、ディアメロ様が気になさるのも、頷けるというものです。弟からも、ご兄弟揃ってお熱だと聞いてはおりましたが……」
リオダがそこまで言ったところで、少し悲しそうに息を吐く。そうされて、ハザール王も先程までの快活な笑顔から一変、リオダに釣られるように萎れた表情を見せた。
「……そうか。ナルシェラも、ミアレット嬢に懸想しておるのか」
「そのようです。まぁ、無理もありません。ラウドの話を抜きにしても、ナルシェラ様の婚約者があれですからね。……愛想は尽きるどころか、最初からなかったと言った方が適切でしょうし」
騎士団長にまで、この言われよう。どうやら、ナルシェラの婚約者は相当に「酷い相手」らしい……そんなことを考えながら、ミアレットとエルシャは顔を見合わせてしまうが。しかし、ここで婚約者のディテールを掘り下げるのはあまりに失礼だろうと、互いにグッと言葉を飲み込む。
(私みたいな平凡女子に惹かれるなんて、よっぽど切羽詰まっているんだろうと、思っていたけど。……やっぱり、王子様達の周りにはマトモな令嬢がいなかったのね……)
そうでもなければ、ミアレットを婚約者にだなんて、言い出すはずがない。
確かに、ミアレットも自分が「優秀な魔術師候補らしい」ことは自覚させられている。それこそ、イヤと言う程に。だが……それと同時に、外観はごくごく普通の少女であることも弁えているつもりだ。
(まぁ……日本人でいた頃よりは、今の方が可愛いとは思うけどぉ……)
しかし、しかしである。隣で王様のプレッシャーに巻き込まれたエルシャの方が、圧倒的な美少女であることは間違いないだろう。その上、セドリックの一件から頭角を現し始めたエルシャも、紛れもない優秀な魔術師候補である。ともなれば、家柄・容姿・素質の全てが揃っているエルシャの方が、王子様達の婚約者の相応しいとさえ、思えるのだが……。
(何が楽しくて、私がいいんだろうなぁ。それに……まさか、こっちの世界で結婚話が出るなんて、思いもしなかったわぁ)
「マイ」だった頃には浮いた話1つ、なかったのに。異世界転生先で恋愛イベントが発生した挙句に、相手が王子様だなんて、ミアレットは内心で苦笑いしてしまう。いずれにしても、気に入ってもらえているのであれば、それなりに前向きに検討しようとは思うものの。なんとなく、王宮の人間関係に不穏さを感じては……面倒なことにならなければいいなと、漠然と考えていた。
【登場人物紹介】
・リオダ(水属性)
グランティアズ騎士団・騎士団長。35歳。
実弟・ラウドと同じく、剣と魔法に優れた魔法剣士。
ラウドとは腹違いの間柄ではあるが、兄弟仲は良好である。
母親の生家がサイラック家の遠縁であることもあり、元はガラファド派の貴族ではあったが、とある事件にて弟が理不尽に処罰されそうになったのを、ナルシェラが助けたことにより、大臣一派とは決別。
それ以降はナルシェラに協力的になると同時に、ハザール王へ一層の忠誠を誓うようになった。