4−6 恋愛イベントの活路
程よく凝った作りの、豪奢な応接室。ディアメロに引きずられるまま、そんな王宮の一室に通されたはいいが。想定外が多すぎて、ミアレットは言葉どころか、息も忘れそうな勢いで緊張していた。
(うあぁぁぁ……! この状況、どうすればいいの⁉︎ こんなの、聞いてないんですけどぉ⁉︎)
ミアレットは勧められたソファの上で、またもガチガチに固まっている。そして……さっきまで、貴族由来の余裕を見せていたエルシャも、右隣でカッチカチに固まっている。ついでに、ドルフとアリラはお嬢様達の背後に姿勢を正して控えているが……やっぱりガッチガチに固まっている。それもこれも、正面にいらっしゃるやんごとなきお方の存在感のせいだ。
「そんなに緊張するなよ……。父上には、お前を怯えさせるつもりはなくて、だな……」
「は、はひ……(そんな事言われましても、無理ですってぇ……! 王様とお喋りなんて、あり得ませんからー!)」
左隣から、宥めるような声が聞こえるが……ミアレットには、ディアメロの取りなしに反応する余裕もない。いくら「お飾りの王様」とは言え、相手はローヴェルズの国王である。要するに、人間代表の偉い人である。そんな相手に粗相を一発かましただけでも、不敬罪まっしぐらな局面なのだ。それで怯えるな、はごく普通の少女には難題でしかない。
「えぇと、父上。すみません……ミアレットは非常に緊張しているみたいでして。慣れるのに、時間がかかるかと……」
「良い良い、分かっている。突然、余と顔を合わせて緊張するなと言う方が無理だ。それに……どうせ、お前が強引に連れて来たのだろう?」
「その言い方はどうかと思いますが……まぁ、否定はしません」
しかし、意外や意外。「お飾りの王」と言われている割には、ディアメロの父・ハザール王は息子の傾向もよくよく把握している様子。ミアレットやエルシャが必要以上に緊張しているのにも理解を示し、気さくに話しかけてくる。
「お嬢さん方、すまないな。これで、ディアメロは真剣なのだよ。やや自分勝手な部分もあるが、是非に良きに付き合ってやってくれんか」
「父上。……それ、あまりフォローになっていませんから。いつ、僕が自分勝手だと……あぁ、いえ。そうですね。……そのご指摘は、真摯に受け止めておくことにします」
「自覚があるだけ、マシだな。お前は少し、事を急ぎ過ぎる。……ナルシェラのように慎重過ぎるのも考えものだが、無鉄砲なのはもっと危うい」
「……肝に銘じます」
自分勝手だと言われ、抗議をしてみたものの。あっさりと返り討ちにあっては、呆気なく消沈するディアメロ。いつもこの調子なのかは、分からないが。今しがた繰り広げられたのは、王と王子の会話というよりは、親子の会話でしかなく。あのディアメロが素直に応じているのを見ても、父親との関係性は悪くないらしい。
「えっと……お、恐れながら……私なんかで、いいんでしょうか? こちらのエルシャはともかく……私、平民ですけど……」
しかしながら、彼らの親子仲が良好なのと、ミアレットが王子様の婚約者になるのとでは、話題の次元がそもそも違う。そうして、おずおずとミアレットが「当然の疑問」を投げてみれば。これまた真っ当な父親の言葉が返ってくる。
「人間同士の婚姻に、身分を気にする必要はないだろう。少なくとも、余は息子達の伴侶に条件をつけるつもりはない。ディアメロが生涯を共にしたいと言うのであれば、親として快く受け入れるべきだと思うがな」
しっかりとした受け答えに、安定感のある佇まい。噂で聞いていた「お飾りの王」のイメージとはかけ離れた人物像に、ミアレットは戸惑うと同時に……俄に、興奮を覚え始めていた。なぜなら……。
(そう言えば……お父様、めっちゃ渋ダンディじゃない⁉︎ イケメン王子のお父様も、しっかりイケメンなのね……! あぁぁぁ……! ダンディボイスが麗しいぃ……!)
……じゅるり。心の中で涎を垂らしては、ミアレットは明後日の方向に、新たな恋愛イベントの活路を見出す。
もちろん不倫は以ての外なので、ハザール王を恋愛対象にする気はないものの。目の前のダンディキングは、紛れもなくナルシェラ達の実父である。要するに、ある意味でナルシェラ達の未来予想図が、こちらの王様なのである。
美しく整えられた髭に、引き締まった顔つき。壮年の働き盛りと思われる王様は、それはそれはもう、理想の「イケオジ」そのもの。これはもう、是非に王子様達にもこちらの方向に進化するよう、頑張ってもらわねばなるまい。
【登場人物紹介】
・ハザール・ヴァンクレスト・グランティアズ
ローヴェルズ王国の国王。37歳。
ローヴェルズ王族の例に漏れず、魔法能力がないが故に、魔法社会に逆戻りしたゴラニアで生きづらい思いをしている人物の1人。
しかしながら、魔法を使えない逆境を嘆く事もなく、腐らずに民の事を第一に考えている優しい王様である。
表向きは大臣・ガラファドの傀儡と称される「愚王」で通っているが、意外と計算高い部分もあり、敢えて「愚王」を演じているフシもある様子。