4−5 しでかしたつもり、ないんですけど
「着きましたよ。それにしても……やっぱり、お城ともなれば別格ですね」
「そうね。ウチも結構大きい方だと思っていたけど、お城は立派だわ」
ドルフに手を差し出され、エルシャが優雅に魔法駆動車から降り立つ。そうして、続くミアレットにも恭しく手が差し伸べられるので……ぎこちなく、手を差し出したが。グローブ越しでも伝わる温もりに、妙な緊張感をぶり返し、ミアレットは城を眺める以前にガチガチに固まっていた。
(男の人に手を差し出されるなんて、初めてなんですけど……!)
とてもではないが、優雅とは程遠いミアレットの降車。それでも、ドルフとアリラはミアレットを馬鹿にする様子もなく、緊張しなくても大丈夫ですよと、優しく微笑んでくれる。
「ところで、ミアレット。お城に来たはいいけど、入れてもらえるのかしら……」
「う、うん……そこは大丈夫。ラウドさんを呼べばいいって、言われているの」
「ラウドさん……?」
「ナルシェラ様の護衛の人よ。ほら、学園の前庭にも付いて来ていた」
ミアレットの説明に「あぁ」と、納得の声を上げるエルシャ。そうして、ツテがあるのなら大丈夫ねとミアレットの背中をグイグイと押す。
「ふふ。そういう事なら、早速呼んでもらいましょ?」
「え、えぇ……そうね(なんか、エルシャが妙に乗り気なんですけど……?)」
悪戯っぽい笑顔を見せるエルシャに、文字通り背中を押され。ミアレットは立派な門の前に立っている、衛兵に声を掛ける。
「あのぅ……ラウドさんを呼んでいただけないでしょうか……?」
「おや?」
そうして、絞り出すように用件を伝えるミアレットを繁々と見つめた後……年若いと思われる衛兵さんが、何かに気づいた様子。一緒に立っている他の衛兵達にもミアレットを示して見せると、彼自身はいそいそと門の奥へと入っていった。
「あぁ、失礼致しました。貴方様が、ミアレット様でいらっしゃいますね」
「そうですが……」
「すぐにご案内しますので、今しばらくお待ちください」
「ご、ご案内? えぇと、今日はちょっとしたお届け物があって来ただけで……お邪魔するつもりはなくて、ですね」
王子様達はきちんと、話を通してくれていたのだろう。先ほどの衛兵は疑う事もなく、ラウドを呼びにいってくれたようだが……そうミアレットは考えつつ、残された方の衛兵さん達の言い回しが気になって仕方ない。「ご案内」と彼はおっしゃるが、今日は魔法道具を届けに来ただけだ。ご案内が必要な用件ではないのだが。
「陛下からも、お話をお伺いしております。ディアメロ様の婚約者候補がいらっしゃるから、丁重にご案内せよと厳命されておりまして」
「へぁっ⁉︎」
「いやぁ、それにしてもディアメロ様も隅に置けませんねぇ」
「ホント、ホント。婚約者なんていらないって、あんなにも息巻いていらしゃったのに」
「そ、そうだったんです……?」
確かにナルシェラもディアメロも、ミアレットを「是非、婚約者に!」と望んでもいたようだが。きっと、表向きは婚約者がいるナルシェラよりも、ディアメロの婚約者(候補)としてミアレットを紹介してしまった方が、内情的にも好都合だったのだろう。
(でも、ナルシェラ様はあんまり、婚約に乗り気じゃないんだっけ……?)
そうでなければ、ナルシェラもミアレットを婚約者になんて、言い出さないだろう。少し優しくされただけで、12歳の小娘に骨抜きにされるのだから、ナルシェラと婚約者とやらの相性はあまり良くないのかも知れない。
(それにしたって、急展開すぎるんですけど……?)
しかし、衛兵さん達のこの反応である。既に婚約者候補に祭り上げられているなんて、聞いていない。しかも、(会った事もないが)国王陛下までもがミアレットの存在を認知している上に、前向きに歓迎してくれるなんて。……予想の遥か斜め上を越えている。ナルシェラ達がどんな事を吹き込んで、国王陛下のご了承をもぎ取ったのかは、定かではないが。ミアレットが預かり知らぬ所で話が大きくなっている事だけは、間違いなさそうだ。
「ミアレット、すごいじゃない! 国王様に歓迎されるなんて、なかなかないわ!」
「えっとぉ……私は何も、すごい事をしでかしたつもり、ないんですけどぉ……?」
興奮気味の親友の一方で、テンションを急降下させるミアレット。またも面倒になことになったと、頭を抱えたくなるが。しかし、そんなミアレットの苦悩を知ってか知らずか、衛兵さんに呼ばれてやって来たのはラウドではなくて……。
「ミアレット!」
「はひっ⁉︎ って、ディアメロ様⁉︎」
まさかのご本人様の登場である。いつもながらにキラキラとした空気感を撒き散らす王子様は、肩で息をしていても優雅さが損なわれないのだから、流石としか言いようがないが。……もちろん、気にすべきところはそこではない。
「ディアメロ様、大丈夫です? そんなに急いで来なくても、よかったのに……」
「い、いや……こっちから呼んでいたのに、待たせるなんてできないだろう。それに……こんなに早く会えると思っていなかったから、驚いたのもあるが……居ても立っても居られなくてな……」
「左様ですか……?」
息を切らしながらも、ピシリとジャケットの襟を正すディアメロ。そして、その手を今度はミアレットに差し出してくる。
「ほら、行くぞ」
「えぇと……どちらに?」
「まさか、このまま帰る気なのか? ちゃんともてなしの準備くらいはしてあるから、心配するな」
「おもてなし……? い、いや、私はただ、ちょっとした道具を届けに来ただけで……」
しかしながら、ディアメロにはミアレットの弁明を受け入れるつもりもないらしい。なかなか重ねられない手の平に痺れを切らし、ディアメロがやや強引にミアレットの手を掴む。
「ちょ、ちょっと、ディアメロ様!」
「とにかく、一緒に来い。あぁ、それと……皆さんもご一緒にどうぞ。ミアレットが緊張してもいけないし、来てくれると嬉しい」
「え、えぇ……もちろん、私達は構いませんけど……」
ミアレットにはやや乱暴な言葉遣いなのに、エルシャ達には差し障りのない丁寧な口調で接するディアメロ。しかしながら……堂々と態度を鮮やかに切り替えるのだから、ディアメロには特段猫を被ろうとか、いい子ちゃんを演じようとか、そういった狡猾さはないらしい。おそらく、これがディアメロの自然体なのだろう。……とは言え、エルシャ達が困惑しているのを見る限り、しっかり誤解は量産されそうである。
「……お前達も、ご苦労だった。引き続き、頼むぞ」
「はっ!」
しかも、衛兵さん達にきちんと声を掛ける律儀さもある様子。命令口調で、やや偉そうではあるものの。ちゃんと労うことができる時点で、ディアメロは傲慢な王子様でもなさそうだ。
「えっと……」
「……とにかく、よく来てくれた。お前が会いに来てくれただけでも、素直に嬉しいよ」
更に、はにかんでそんな事を言うのだから、敵わない。
城門から伸びる、庭園の道を進む合間。今度はグローブ越しではない、ディアメロの手の平の温度を感じながら……普通の女の子だったら、ここでトキメキMAXになるんだろうなと、想像するミアレット。さりげなく「キュン要素」を盛ってくる王子様相手に、ミアレットが今ひとつ盛り上がれないのは、偏にディアメロがヴィンテージ感に乏しいからかも知れない。